第24話

「――チェス、本当に君の計らいには感謝している」


 デイモンの遺体、それから現れた黒い翼竜、全ては海の底に沈んだ。

 船に乗っていた人間が無事に避難できたこと。

 あの翼竜が街に行かなかったこと、そして再び海から現れていないこと。

 それだけが不幸中の幸いだった。


「いいや、こちらこそ今日の今日まで色々と付き合わせて悪かったね。

 君の、君たちの存在はセルタリスでも高い注目を集めていたんだ」


 デイモンの遺体は、受け渡し前に沈んでしまった。

 だというのにチェスターは予定の金額をこちらに支払ってきた。

 それと引き換えに私とナビアを無数の講演会や取材に駆り出した。


「デイモンの遺体は引き上げるつもりなのか?」

「そうしたいとは思っているけれど、現状それをやれるだけの技術はないだろうね」


 10メートルの巨体、それも岩の重さだ。

 確かにチェスの言うとおりだろう。


「……スペンサー、改めて君が無事で良かったよ」


 セルタリス商会が開いた舞踏会、その控室。

 久方ぶりに2人きりになったところで、しみじみとチェスターが呟く。


「流石に今回ばかりはダメかと思ったよ。ライテスなしで怪獣と戦う羽目になるなんてな」

「……うん。今回のこともそうなのだけれど、君がメタリアに行ってしまった時からずっと不安だったんだ」


 3年よりも前に交わした、あの日の会話を思い出す。

 私がセルタリス商会を去ったあの時の会話を。


「けれど、今の君を見ているとあの日とは違うんだと思うよ。

 根を張ったね? スペンサー」


 根を張らない植物のようだと言われたんだったな。あの時には。


「ふふっ、どうだろうな。ただ私はナビアに暴利な契約を結ばされている身でね」

「利益の半分を持っていかれているんだよね? でも、怪獣使いがそれだけで味方についてくれているのは僥倖なんじゃないかな?」


 ……チェスの言うとおりだ。

 オルブライト防衛隊の莫大な利益は、ナビアとライテスが居てのことだ。

 そこに噛ませてもらっている私が、その半分も貰っているのは破格の待遇と言っても良い。


「ああ、オルブライト防衛隊だなんて名前までつけてもらってな」

「君の発案じゃないんだ?」

「私は孤児であることを全面に押し出すような動きはしないよ。基本的にはね」


 けれどナビアが言ったのだ。まず組織の名前にエウタリカの人間の名前を付ける必要がある。

 そして、君を育ててくれた父のために名前を残せと。

 あの俗世に興味を持たない牧師がそんなことを望んでいるとは思っていなかったし、セルタリスではオルブライトの名前を出すと自分が孤児であることを気取られる。

 ことさらにそういうことをしようとは思っていなかった。


「なるほどね。何からしくないと思っていたけれど、そうか、ナビアさんの考えだった訳だ。

 でも、本当に百年残るかもしれないね。オルブライトの名前は」

「そこまで行くだろうか?」


 こちらの問いに、笑みを浮かべるチェスター。

 彼の青い瞳が相も変わらず愛らしい。


「どうだろうね。未来のことは分からないから。

 けれど、確かに今の君たちはメタリアで最大の勢力だよ。怪獣を打ち破り、メタリアの地下資源採掘を再開させた。

 その功績は間違いなく歴史に記されることにはなると思う」


 こちらの肩を軽く叩いてくるチェスター。


「おめでとう、スペンサー。あの日、僕は君を引き留められなくて良かった。

 君は本当に大きな成果を生んだ。君の賭けに君は勝利したんだ」


 チェスターから向けられる賞賛に、どう答えればいいか分からなかった。

 ただ、静かに受け止めることしかできなかった。

 そうしているうちに、彼女が戻ってきたから。


「――すまない。このドレスというものには慣れなくてな」

「いえ、そんなことはありませんよ。とても麗しい姿だ――」


 セルタリス式のドレスに身を包んだナビアを前に、私は気の利いたセリフのひとつも出てこなかった。

 チェスターのような真似はできなかった。

 ただ、息を呑んだのだ。本当に、ただただ美しくて、言葉も出てこなかった。


「ありがとう、チェスター殿。それでスペンサー、君からの感想はないのか?」

「……ぁ、ああ、綺麗だよ。本当に、綺麗だ」


 情けない回答をする私の腕に、腕を回してくるナビア。


「――胸を張れ。私が君のものなのだと思われないと面倒だろう?」

「あ、ああ。ここはセルタリスだからな……」


 メタリアの原住民に対する奇異の視線は激しい。

 それが最強の怪獣使いであれば畏怖が加わる分まだ良いが、それでも酷いのだ。

 だから私がいる。


「さぁ、行こう、スペンサー。せいぜい私を使って商売相手を増やせ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る