第15話

 ――グランドアーク奪還戦、それはとても静かに始まった。

 無論、オルブライト防衛隊の代表として私が、ウィルドマスター社の代表として魔術師殿が、そして唯一の怪獣使いとしてナビアが全体に対する激励を行った。

 それはそれとして戦意高揚に大きく役立ったのだが、そこから始まった作戦の緊張感を和らげるものではなかった。


「各員、標的を見つけたらすぐに信号弾を使え! 全体に知らせることを優先しろ!」


 グランドアークの構造はかなり独特で、切り立った台地の中に網目状に谷が走っている。

 この谷を見るだけで石炭が埋まっていることがよく分かるし、この構造があるがためにデイモンはその巨体を隠すことができている。

 我々はまずグランドアークの台地のひとつに進み、そこに陣を構えた。谷の底を進んで陣が縦に伸びるよりも台地の上に陣を構えた方が良いという判断だった。


「……この方法で見つかると思うか? スペンサー」

「やらないよりは良いだろう。けれど、このグランドアークは広い」


 台地のひとつに陣を構えた後に行った作戦。

 それが兵士たちを分散させて谷の底を目視によって確認させるというものだ。

 しかし、このグランドアークは広い。この台地に面した谷にデイモンがいるとは限らないだろう。


「……長期戦も視野に入れないといけないか」

「どうかな。こちらが見つける可能性は低いかもしれないが、意外とあちらから来るような気がしている」

「デイモンは明確に人間を敵だと判断しているからか」


 ライテスの上、ナビアとの会話をしながらまだ誰にも話していない作戦を、また考えてしまう。

 ……私とリックが先行して偵察をしたときに、理解したことがあった。

 デイモンはダイヤモンドの柱を敢えて放置している。あれに惹かれて寄ってくる人間を効率よく殺すために。

 だからひとつダイヤと死体があれば、その近くに複数の死体があるのだ。


(――誰かを囮にしてダイヤに近づけさせれば、デイモンの方から襲ってくる)


 実行していないから成功するかどうかは分からないが、現状のように闇雲に探すよりは実現性が高い。

 問題は囮役が死亡するリスクが極めて高いことだ。戦いの中でやむなく死ぬのではない。

 死ぬことを前提に作戦を組まなければならなくなる。……どうにもそれが嫌で私はこの作戦を提示しなかった。

 台地の上からひとつひとつ谷を目視確認するという途方もない作業に甘んじた。


「ッ――!」


 ライテスが動いたからナビアが反応したのか。

 何かに気づいたナビアがライテスを動かしたのか。

 どちらにせよ、今、分かるのは察知したのだ。我々は、敵の襲来を察知した。


「石化だ、ライテス!」

「ガァアアアア!!!!」


 風を切る音がした。そこからは何も見えていなかったが、ナビアとライテスは反応した。

 そして石化させた右腕を盾に、弾き飛ばした。放たれた矢を、ダイヤモンドの槍を。

 今まさに殺されそうだったウィルドマスター社のガンマンたちを守り抜いた。


「――下がれ! 下がって陣形を組め! 後は頼むぞ、魔術師!」

「了解した。行け、スペンサー! ――各員、敵は見えた。騎乗しろ!」


 我々の乗る台地へと這い上がってくる巨体。

 10メートル級の化け物。その常軌を逸した構造に背筋が冷える。


「ッ……!」

「怯えるな、スペンサー。いいや、お前はそれくらいが良いか」


 ナビアの声に背筋の冷えが失せていくのを感じる。

 ここまであからさまに怯えてしまったのは久しぶりだ。

 でも、だってそうだろう? なんなんだ、あの歪んだ円錐に腕だけが生えたような化け物は。

 腕だけで言えば最初に戦った岩の怪獣に近い。けれど、あいつには足があった。

 しかし、この悪魔にはない。腕だけで移動している。それが無性に気持ちが悪い……ッ!


「ヤバい……! 来るぞ、ナビア!」

「ッ――尻尾か!」


 楕円錐の本体から生えた腕、その奥に尻尾が隠れていた。

 そして、その先端が鋭く輝く。ダイヤモンドだ、あいつのダイヤモンドは尻尾から放たれる!


「ガァアアア!!」

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