④
一方そのころ、先生と呼ばれる鑑定士は一人プライベートシャトルに乗り、協会本部に来ていた。
周りにはマスコミがごった返しており中に入るのにも苦労しそうである。
彼はそんな人込みからのマイクに何も答えず中に入っていった。
先日案内されたことから場所はわかっているのか、入口の受付に話しかけずにそのまま進んでいく。
「困りますお客様。現在当協会ではアポイントのない方をお通しすることは」
「A一〇地域の鑑定士だっ。これだけ言えばどういう要件かわかるだろう」
道をふさぐように現れた職員にそういうと、職員は慌てて頭を下げ、走り去っていく。どうやら御堂教授に連絡をしに行ったらしい。
彼はそのまま御堂教授のオフィスに入っていった。
「やあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「何が目的だ?」
鑑定士を歓迎する御堂教授に対し彼はそう言い放つ。
「目的とは?」
「先日のニュースの件だ。窃盗? 紛失? そんなのあるわけない。ここのセキュリティの強固さは私も知っている。そう簡単に一介の職員が内部の物を、ましてや宝石なんか盗めるわけがない」
「なら何だというのだね。 私は何のために自分のマイナスになる嘘をつかなければならないのかね」
「そんなのわかりきったことだ。判断がつかなかったんだろう。西暦年代の宝石には判断基準が存在しない。そのため規制外の高性能なプリンタを使った自家製品とは判断がつかない。それに、女性が本物の宝石を持っているなんて所有者登録したら、彼女に対しすぐに多くの人から購入の依頼が届くだろう。本物の宝石だ、絵画とはわけが違う。場合によっては強引な手段で販売を迫られるかもしれない。場合によってはIDの埋め込まれた右手だけ切り落とされるかもしれん。宝石よりも人の命を優先した結果あんな会見を開いたんだろ」
本物を持つことはそれだけでリスクがある。
高価なものを持つならばそれを狙うものも存在するのだ、そのため多くの所有者はどこかの博物館等に自分の所有物を寄贈したり、セキュリティのしっかりした家に住んでいる。
ただ、今回の依頼人である玲子は首都で一人暮らし。
どう考えても美術品所有者が満たすべき程度のセキュリティがある部屋に住んでいるとは思えない。
そして品物は祖母の形見、博物館への寄贈など絶対にすることはないだろう。
売る可能性もあるが、その場合買い手が誠実な相手という保証はないのだ。
「それがわかっているなら、なんで来た? この判断には君だって納得せざるを得ないだろう。安心したまえ。宝石自体は返すさ。ただ、鑑定書を出すことはできないがね」
そう言って御堂教授は鑑定士に箱を渡した。
中には先日依頼した宝石が入っていた。
彼の言葉に嘘はなかったことを証明している。
「ここまで大事にする必要がどこにある? 自家製品と言って突き返せばそれで済むだけじゃないか。それにあっさりとこれを返すんだな」
「君は実物を見て判断を保留したんだろ。宝石に対して行うべき検査を全て行って判断不可だった。君ほどの人間がそう判断したんだ。別のそこいらの鑑定士が見たらその時点で本物と判断して終了さ。そうした場合、前回のようにマスコミに駆け込まれて本物だって騒がれる可能性がある」
そう言って御堂教授は続ける。
昨年の依頼人に何があったのか。
真贋判定に時間がかかっているすきに本物と騒いでメディアの注目を浴びてしまったがゆえに彼は多くの人間から本物を譲るよう、脅しをかけられたという。そして協会からの自家製品判定に安堵したという。
「あれはあからさまに自家製品だった。判断が遅かったお前たちの責任だろう」
「ああ、そうかもしれない。だが、宝石の作成すらプリンタで可能となった現在。依頼される宝石全ての真贋鑑定は不可能だ。そもそも成分が同じで製作者に価値がないのならば自家製品と本物の間に何が違う。我々協会は価値を補償する機関だが事宝石に関してはそれを完遂することは難しい。そのため今回のようなケースの場合、真贋判定を放棄し、本件を宝石紛いと認定する。宝石紛いなんてそこら中にあふれているからね。こうすれば依頼人を守ることもできるし波風は立たない。物の価値は世間が決めるものでもあるが、一人一人が決めるものでもある。宝石に関しては僕らは後者を取ったまでさ」
そうこぼす御堂教授の姿は、現実に対して諦めたように見えた。
彼の言うことも最もだ。見た目が変わらないなら何が違うというのか。
ただ自家製品でないということをステータスにする意義がどこにある。
それは協会自体の存在意義に反してはいるが、自家製品と本物の持つ問題を明確に示していた。
だが、その言葉は鑑定士としての言葉ではない。到底許せるものではなかった。
「成分が、見た目が同じだから宝石は判断しないだって。お前は馬鹿か! それは違う。宝石だって美術品だ。成分や見た目なんて小学校で習うような知識で表せるものじゃない。母なる大地を離れ空に移り住んだ私たちに、人としての故郷を思い起こさせるものだ、天然の大気でできたどこまでも続く青い空の風景画。地球の土によって作られた工芸品の数々。それのどこが自家製品と同じだ。美術品を美術品たらしめるのはその物が持つ付加価値だ。宝石だってそうだ。昔は結婚式には宝石のついた指輪を相手と交換し、上流階級はステータスを示す基準として高価な宝飾品をつけて人前に出た。母なる大地が長い年月をかけて生み出した奇跡の石たちをだ。それを理解しておきながら、判断がつかないだけでその価値を守ることを放棄するだと? お前の発言は鑑定士を名乗る者の言葉とは認めない」
それだけ言うと彼は部屋を出て行った。
御堂教授の引き留めようとする声をしり目に協会を出る。
報道の規制が行われたのか、入口にマスコミの人間は少なく、インタビューされることもなかった。
待たせていた無人タクシーに向かう最中に空を見上げる。
天井には周りと同じ白い立方体がぶら下がっていた。
昔から変わっていないが白で統一された街には空のどこを見回しても緑を見つけることはできない。
空港に到着しプライベートシャトルに乗り込む。
窓の外から見える真っ暗な空に浮かぶ星々を見る。
この星の海の中に自分たちの母星はどこにあるのか。
アナウンスを聞けばすぐにわかるかもしれない。
でも、距離がわかるだけでそこに何の感慨深さも、感動もない。
知識と情報だけが全てではない。
失ってはいけないものがある。
窓に映った自分の顔を見る。
いつもの不愛想な表情があった。
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