第12話 来訪者


 あまり気乗りはしないけれど、一応「よろしく」と言われてしまった手前、上司へは話を通しておかなくてはならない。社会人の基本は報・連・相である。


 そういうわけで店に戻ったわたしは、副店長にかくかくしかじかと事情を話した。異世界人云々については正直、迷ったけれど、「下手に隠すと余計に面倒ですよ」というヴァルくんの助言に従い、手紙にある限りのことを伝えることにした。確かに、報・連・相に秘密はよろしくない。


「……ということなので、近々、そういう人たちがここに来るかもしれません」

「異世界からの方々、ですか……」


 頬に片手を当てて眉を顰める副店長は、今日もお上品にお綺麗である。プラチナブロンドの髪も艶やかに、結い上げられたうなじの後れ毛が眩いばかりだ。

 そんな方にこんな突飛な話をしなくてはならないことは、こちらとしても恥ずかしいやら申し訳ないやらなのだが、だからといってやめることもできなかった。


「あの、正直わたしも『なんじゃそりゃ』とは思ってるんですけど。姉と兄あのひとたちには本当に、これまでも面倒をかけられてきているので、無視はできないと言いますか」

「……異世界から、というのはともかくとして、ユッテちゃんを訪ねて来る方々がいらっしゃる、ということは皆で共有しておきましょう。日時もはっきりしないのなら、行き違いになる可能性もありますものね」

「ありがとうございます」


 そういう気遣いをあの双子にもしてほしかった。無理なのは承知してるけど。


 なにはともあれ、人心地ついた気持ちで息をつく。するとそれまでおとなしく隣にいたヴァルくんが、「ぼく、うえでほんがよみたいです」と繋いだ手を引いてきた。副店長も微笑んで頷いてくれたので、手続きをして上へあがらせてあげる。十日以上にわたって日参して、お行儀よく本に接しているヴァルくんは、すっかり彼女も認める常連なのだ。

 彼を見届け戻ってきたわたしに、副店長が「それにしても」と顔を和ませる。


「まさかユッテちゃんが、子どもさんとそんなに仲良くなれるだなんて、思ってもみませんでしたわ」

「うっ……いや、まあ……」

「ホントそうっすよ。ユッテさん、いつも手を繋ぐのもイヤイヤだったのに。なんかもうすっかり自然体じゃないっすか? 子ども好きになりました?」


 ひょいと脇から顔を出したハンスにまで言われて、「いやいやいやいや」と必死に両手と首を振る。


「あの子が特別なだけですよ。だっておとなしいし礼儀正しいし話が通じるし賢いし、こっちの言うこともとりあえずちゃんと聞いてくれるし」


 そういう子どもならわたしだって好きになりますよ、と言うと、副店長に「それはハードルが高いですね」と苦笑される。ハードルの高さは承知の上だ。あんな子は滅多にいないのだから、これで子ども好きになったなんて思われて、これまで以上の対応を振られるようになっては困る。絶対に困る。

 うふふと笑って副店長も頷く。


「確かにあの子は、とても賢い子ですわね。大人でも躊躇うような古書を、楽しそうに読んでいますもの。同好の士として、わたくしも好感が持てますわ」

「賢すぎて、オレ的にはちょっと怖いですけどね」


 あんな子ども普通いないっすよ、と冗談めかして怯えてみせるハンスに、心の内だけで同意する。その通り、あの子は普通の子どもじゃない。きみは正しい。それを口に出すのはオススメしないけど。

 幸い、わたしの主張は認められて、子ども好きの認定は見送られた。ぜひとも、そのまま一生涯、見送られ続けてほしい限りである。


 ……なんて。

 そんな平和的かつ呑気な会話をしていたわたしたちの元に、見送られることのなかった厄介事が歩いてきたのは、それから二日後のことだった。





「――おおっ! ここが〈魔王の書庫〉か! 体育館くらいありそうだ!」


 そんな歓声が店に響いたのは、昼下がりのことだった。

 店中が一瞬、驚きに目を集めた先にいたのは、入店してきたばかりの若者集団だった。人間が二人と水系亜人が一人、そして小鬼ゴブリンが一人の四人組。種族はまばらだが、どうやら全員、十代半ばほどのようだ。


「ヤスヤ……店の迷惑になるから、大声はやめろ」

「むっ、すまん。そうだな、本屋といっても図書館でもあるしな」


 大仰に呆れた小鬼の注意に、人間の少年がキリッと顔を引き締める。正直に驚いて正直に反省するタイプのようだ。それはまあ、いいけれど。


 ……なんだか嫌な予感がする。


 その予感に捕まりたくなくて、さっと目を逸らして作業に戻る。しかし虚しいかな、その動きが逆に目を引いてしまったらしく、少し距離があったというのに、わざわざ近付いてきて「すみません」と声をかけられた。


「ここに、ユッテ・T・カスターニエさんという人がいると聞いてきたんですが。どの人がそうか、教えてもらえませんか?」

「はあ……」


 ヤスヤと呼ばれたその少年は、見るからに真っ直ぐで正義感に溢れ、真夏の太陽のように眩しいオーラをまとっていた。刈り込んだ髪も意志が強そうな目も、夜のような暗い色なのに、眩しいとは変な話だ。でも眩しい。直視できない。


 ……ダメだ。わたし、このタイプとは仲良くなれない。


 あまりの眩しさに自分の薄暗さが際立つ気がする。仕事中でなければ逃げ出したい気持ちをどうにか抑え込み、わたしは渋々、名乗り出た。


「……わたしがそのユッテですが」

「ええっ! そうだったんですか!」

「……見ればわかるだろ。髪の色も目の色も、あの双子にそっくりじゃないか」


 顔立ちと口にしない辺り、この小鬼はわかっている。外見の美的要素は、すべて先に生まれたカーヤとクルトがさらっていったのだ。わたしは十把一絡げ。

 ……というのを、お連れの水系亜人の少女が、憤然とまくし立ててくださった。


「そこまで言うことないじゃないですの、フゴ! あの見目麗しいお姉さまとお兄さまの妹だと、髪と目の色だけでわかるわけありませんわ!」

「……おれはフゴじゃない。フベルトだ」

「まあ! またそんな……」

「落ち着け、エウラリア。他のお客さんの迷惑になるぞ」


 滑らかな青い肌色が真っ赤に変わるんじゃないかと思うほどに怒っていた亜人の少女は、ヤスヤ少年の言葉でピタリと止まる。そして、打って変わってとろけるような笑顔で「申し訳ございません、ヤスヤさま」と謝罪した。変わり身の早さがヴァルくん並みだ。そしてフゴだかフベルトだかは無視なのか。

 若さゆえの勢いに、少々ならず引いてしまう。そんなわたしを真正面からしっかりと見据えて、「ユッテさん」とヤスヤ少年が口を開いた。


「実は俺たち、とても困っていることがあるんです。それで、タールスタッドの街で知り合ったカーヤさんとクルトさんに、ここのことを教えてもらったんです」

「……ええと、あの……」

「急なことで迷惑なのはわかっています。でもお願いします、少しだけ、ほんの少しだけでいいので、俺たちに力を貸してもらえませんか……!?」


 口も挟ませず言い切ったヤスヤ少年は、切実な様子で頭を下げる。賑やかし要員にしか思えない亜人少女と小鬼少年はともかく、彼だけは、本当に切羽詰まっているようだ。けれど。


「…………いやあの、すみません。わたしまだ、仕事中なので……」


 初対面から頼み事をされるのも迷惑だけど、就業中に私的な会話をさせられるのも、多方面に迷惑だ。仕事に無関係な話は遠慮してほしい。

 そんな気持ちを全面に押し出していると、亜人少女が「まあ!」とまた高い声を上げる。「あなた、ヤスヤさまの頼みが聞けませんの!?」とヒートアップする彼女を止めるにはヤスヤ少年が出張るしかないらしく、しばらく待たされている間に、わたしはいろいろと諦めた。


 ……どちらにしろ迷惑なら、店に被害が出ないほうを選ぶべきだよね。


 落ち着いたところを見計らい、溜め息交じりに言葉を続ける。


「……わたしはまだ仕事中なので、休憩時間にならないと動けません。なので、今から休憩にさせてもらえないか、上司に相談してきます」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 ぱあっと顔を輝かせ、再び頭を下げるヤスヤ少年。礼儀正しさは花丸だけれど、声の大きさは不合格です。正面から受けると耳が痛い。


 水系亜人の少女はまだわたしへの視線が痛いし、フゴだかフベルトだかは、すかして「やれやれ」なんて呟いている。こんな集団に進んで関わらないといけないなんて、本当に、あの双子のことを呪いたい。

 そう思いながら副店長のところへと向かいかけたわたしは、ふと、ヤスヤ少年の陰になる場所に縮こまっている子どもに気がついた。


 黒い髪に黒い瞳。十代前半くらいの小柄な女の子だ。


 わたしと目が合うと、その女の子はきゅっと身体をすぼませて、ぺこぺこと何度も頭を下げてきた。せっかくの可愛い顔なのに、今にも泣き出しそうなのがやけに印象的だった。


 ……苦労性の子なのかな。


 妙な親近感を抱いてしまって、安心させるように笑ったつもりだったけど、それが彼女に届いたのかどうか、わたしにはわからなかった。




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