第3章 誘拐されたことより悲しかったこと

みずほは全ての時間の流れが止まったような、まるで太陽が凍りついたような気持ちになった。

絵里に持っていくはずだった手作りクッキーを落としたことさえも気づかぬうちにみずほは走り出していた。


「ふぁー」大きな欠伸をしながらゆっくり歩いている飯塚警部補は強烈な眠気に襲われた。自転車に跨ろうとした時、みずほは飯塚警部補をめがけて両手をかざしながらすごい勢いで走り込んできた。

「どーしたんだよ。碧名さんとこのお嬢さんだろっ?」

「おまわりさん!!すごいことを知っているかもしれないんですっ!!」みずほは高ぶる気持ちを必死に抑えるようにいった。

「どうしたんだ?すごいことって」

「知っているかもしれないんですよ!」みずほは不自然なくらい両手を動かしながらいった。

「何を?」

「誘拐犯です!!」かろうじて出てきた言葉だった。

「誘拐犯?」飯塚の目の色が突如変わった。

「はいっ!テレビでやっている誘拐事件の男の子がどこにいるか知っているかもしれないんです!!」

「ええっ?」飯塚は思わず絶句した。

「来て欲しいんです」

「わかった。どこだ。場所はどこだ?」

みずほが走りだすと、飯塚は自転車から降りて、みずほのあとを追いかけた。

(なんで、もっと早くに気がつかなかったのだろう?お願い、生きていて!神様、あの子を助けてあげて!)みずほは心が潰れそうな気持ちで家の方へむかった。


みずほと芙美は交番からの帰り道を、ゆっくり歩いていた。

「お隣さんにいたなんて、なんで」芙美は思わず本音を呟いていた。

「あそこはたしか中古で買い取った新婚が一カ月もいられず出ていってさ、時々窓が開いているって有名だよね。誰も住んでいなくて、誰も住んでいないはずなのに、窓が少し開いていたりするのは有名よね。いくら窓を閉めても閉めても微かに窓が開いていたりするって。昔、幽閉されていたものでもいたのかしら?」芙美は推理するようにいった。

「もっと早くに気づいてはずなのに。もっと早くに交番の人にいっていたらこんな風にならず、助けてあげられたのに。これで死んじゃったら見殺しにしたようなものだよ」みずほは泣きそうになった。

「まさか、誘拐された子だったなんてわかるわけないわよ。どこか他の子が忍び込んだ悪戯かと思うわよ」芙美はみずほを庇うようにいった。

「何度か見た時、気持ちが悪いと思ったりして、見ないふりをしていた」

「そんなものよ。でも気がついて交番までいって、病院に運んで貰えて、みずほが気がつかなかったらそれこそ、亡くなっていたかもしれないから、あなたは間違えてなんかいなし、エライわよ。よく頑張っておまわりさんの所に勇気をもっていったわね。お友達にあとから事情を話すのよ!!」

「あっ!!」みずほ思わず素っ頓狂な声をだした。

「どうしたの?」

「忘れてた」

「何が?」

「絵里ちゃんとの約束!!」みずほは絵里との約束を反故してしまったことに気がつき、別の意味で気持ちが凹んだ。

「折角、クッキーも作ったのに・・」

「今日は仕方ないわよ。絵里ちゃんのお母さんには私から謝っておくわよ。だから今日のことは早く忘れなさい。あまりグズグズしないの。あなたには関係がないことなんだから」芙美の言葉にみずほはうなづいた。


「あなた!!」尚代は暢三をみると駆け寄った。

「悠人は?」

「今、治療室にいて、点滴を打っている」

「意識不明で心肺停止だって」芙美は目に涙をボロボロ流していた。

「あいつはどこにいたんだ?」

「隣町の民家みたい」

「どこの民家だ?まさか犯人の家か?」暢三の問いかけに芙美はかぶりを振った。

「違う。誰も住んでいない家の一室にいて、隣に住んでいた家の人が通報してくれたみたい。誰も住んでいない家なのに、不審な男が出てくるのを目撃したんだって!!」

「そっか?わかった。あとは警察に任せよう。犯人がいることだけはわかった訳だ。事故ではなく、事件だってことがわかった。なんで、こんなことに・・・」暢三はソファーに腰をかけた。




治療室で悠人は目を瞑ったまま、心臓のペースメーカーが低い数値のまま推移していた。

悠人は知らない道を歩いていた。悠人は平坦な道のりを歩いていて、信号を渡ると一面に海が広がっていた。海の向こうには見知らぬ女性がワンピースに帽子をきたスラリとした女性が立っていた。女は振り返ると立ちすくんでいる悠人をみると、ずっと悠人を見つめていた。

「悠人!」はっきり名前を呼ばれると悠人は女の方にいった。

「悠人!何歳になったの?」

「今、10才!!」

「そっかー!もうそんなに経つのねぇ。一緒に歩かない?たまにはちゃんと遊んだ方がいいよ。いつも身勝手な大人たちと一緒で、君はちゃんと遊んだことがないでしょう」女の問いかけに悠人は素直にうなづいた。

「一緒に歩こうか?」


















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