第47話 狸は外出予定があるらしい
「ねえ、何でいきなり本格的に、私に料理を覚えさせようとしたの?」
「そりゃあ簡単だ、おいらが留守にしなきゃならねえ時だって、鶴がうまいもん食べられるようにだよ」
「ブンブク、どっか行く予定があるの?」
「季節になったら、子分たちの顔くらい、見に行きたいからなあ。鶴がその時、仕事があるから一緒に行かない、って言ったら、鶴は自分で自分の食い物用意しなきゃならねえだろ? そりゃ、おいらだって色々冷凍して用意しておくだろうが、やっぱり味噌汁は、出来立てがうまいと思わねえか?」
「確かに、お味噌汁は、出来立ての方がおいしいと思うけど……そう言う理由なの?」
「おう!」
断言した鍋狸は、色男の容姿ではなく、慣れ親しんだ鍋の胴体の姿になっている。
その状態で、もりもりと食事をしているのだ。
大きなお皿でなければ、やはり口の問題なのか、食べこぼしが多いように思われるのだが……
「狸って皆、ブンブクみたいに食べ方が汚くなっちゃうものなの?」
「これはこの胴体の問題だな。胴体を鍋にしていると、どうしても腕が届きにくくってしょうがない」
じゃあなんで鍋狸の見た目に化けたの、という質問は野暮のなのだろう。
だってブンブクは、この姿を爺様との思い出として、大事にしているのだ。
確かに、愛嬌という部分では、この鍋狸の見た目の時の方が、格好いい男の人の時を上回っているが……
まあ、あの素敵な男性の姿は、商店街とかで、おばちゃんとかにオマケをもらうためとっていると、言う理由もあるから、それ以外の時に、こうして鶴が何となく安心してしまう、鍋狸の、見た目をとるという事は、おかしな話じゃないだろう。
「それに、この姿の時の方が、飯がうまく感じるんだよな」
「何その原理……」
「人間に化けてる時は、やっぱり嗅覚もちょっとくらいは鈍るって事じゃねえのかな」
そう言って笑ったブンブクは、鶴に問いかける。
「どうだ、自分で材料を切った味噌汁の味は?」
「ブンブクが言った通り、定規で測らなくても、根菜にちゃんと火が通っていて、あれくらいの感じでいいんだな、って思ってる」
「美味いか?」
「まあまあ。やっぱり、ブンブクが作ってくれたものの方がおいしい」
「嬉しい事言ってくれるじゃねえの」
ブンブクはその言葉を、目を細めて聞いている。
そんな平和な食卓であるが、そろそろブンブクは、また美男子に変身し、銭湯に戻らなくてはいけない。
時計を見たブンブクが、茶碗に残った最後の一粒のお米を口に入れて、軽やかな音とともに変身する。
そうすると、色々な人々を魅了する、爺様監修の美丈夫の出来上がりだ。
きゅっと帯を確認したブンブクが言う。
「それじゃあおいらはまた、銭湯の番台に昇らなきゃならねえから、ちゃんと戸締りしておけよ」
「うん。ねえ、玉藻さんは今どこにいるの?」
「お玉の奴は面白がって、いま番台にのぼってるはずだぞ。なんでも若い男の子をからかうのが面白いらしい。あいつそう言うところがまだまだお嬢ちゃんなんだよな」
年はそんなに離れていないのだろうか。でもブンブクはかなりのお歳だ。
玉藻さんの方が若いなら、ブンブクがお嬢ちゃん扱いするのも、納得がいった。
「八時になったら子分たちがここに押しかけて来るだろうから、それまでに、出来たらでいいから味噌汁温め直してくれると嬉しいぜ」
「うん、覚えていたらやっておく」
「鶴は本当にいい子だなあ」
「そんな子供扱いしないでよ」
「おいらは大狸で古狸だからな、鶴なんてお嬢ちゃんもいい所だ」
玉藻さんもお嬢さんで、自分もお嬢ちゃんなのか。
ブンブクは、自分より年下は皆お嬢ちゃんだろうな、と鶴は勝手に判断した。
そうしてブンブクが銭湯に戻ってしまったので、鶴は持ち帰って来るほかなかった仕事の材料を、鞄から取り出した。
そして食器は後で子分さんたちの分も含めて、皆食洗器にかけてしまうため、まだスイッチは押さなくていい。
取りあえず、この家で一番大きな平らな場所である、ダイニングテーブルに、鶴は幾つもの観光の広告を広げた。
不本意だが、じゃんけんで勝ってしまったので、王子様の観光に付添わなければならないのだ。
その時、名所とか、疲れた時に立ち寄る喫茶店とかを調べるために、鶴は城島のあちこちに置かれている、フリーペーパーを持ってきたのだ。
そして城島とその周辺の地図も取り出して、観光案内をするならどうするか、を考えるわけである。
本来ならこれも、仕事なので、勤務時間中に行うのだが、今日いきなり入った仕事でもあるため、今日は他の期限が迫っている仕事を片付けるため、これに時間がさけなかったのだ。
しかし王子様がやってくる日は決まっているし、観光案内の係になったら、一応上にそのスケジュールは知らせておかなければならないし、その観光の許可も取らなければならないのだ。主に警備上の問題で。
そのため彼女は、マーカーをひいたり、経路を確認したり、といった地味な作業を始めだした。
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