第44話 今度の仕事も難敵です
数日の休暇を終えて仕事に戻った鶴は、何やら今日も上司たちが、頭を抱えて何かの資料とにらみ合いをしている現場に出くわした。
まだ始業時間ではないのに、上司たちは何を悩んでいるのだろう。
なんだろう、もしかして蚤の市で何か、自分の知らない大規模な問題が発生したとかいうんじゃないだろうな。
蚤の市と言われるもので、大規模な盗難が発生する可能性はある、スリの集団が出るかもしれない、といった意見は、当初からあった物なのだ。
それのための対策を立てて、警備を増やし、他の部署の腕利きを引っ張り込んで、と総務課は色々な課の相談を受けながら、あちこちに橋渡ししたのは記憶に新しい。
またそれに似た事をするんじゃないだろうな、と鶴は自分の仕事机に座って、自分のもとに集まってきていた書類などを確認した。枚数などは確認しておいて損のある事ではない。
印刷の失敗などで、数枚足りない資料がある事も、ないわけではないのだ。
鶴は上司たちが、部下に何か仕事を回す時は朝礼で知らせるだろうと判断し、大きく肩を回した。
そろそろ城島の中で最も高い建物である、城の鐘が、始業時間を知らせて来る頃だと、鶴は上官の机のある壁の上部につけられた、からくり式の時計を見て思った。
「さて、今日も皆揃って結構だ! 聞いてくれ、何と総務課に、珍しい依頼が入ったぞ!」
「用件は手短に」
「時間は有限です上官!」
いつも通りの言葉が飛び交い、上官が咳払いしたのちに、こう告げた。
「この度総務課にも……」
上官が勿体をつけて言葉を切った後、部下たちの早くしろ、という視線に屈してすぐに喋りだす。
「北の国の王子様の、観光案内の仕事が回ってきた!!」
「上官、それは外交課に任せる案件では?」
「こういう時のための、外交課では?」
仕事が山のようにある部下たちの意見を聞きながら、上官は苦い顔でこう言った。
「外交課も参加する、だが今回、北の国の王子様は……お忍びなんだ」
ああなるほど……と鶴は思った。お忍びだから、目立つ外交課の案内係が付けられなくなったのだろう。
外交課の人員は、見た目も華やかで、教養も抜群、つまり連れて歩いたら目立ってしょうがない人物たちが多いのだ。
外交課以外の部署に、仕事が回ってくるわけである。要はこっそり旅行を楽しみたい王子様たちの意図を組んでほしいとかそんなのだ。
鶴はあまり関係がないな、きっと王子様たちの観光案内なら、総務課の綺麗な人たちがやるだろう、と考えた。
「王子様たちは、全部で三人いらっしゃる。うちと後他の課にも応援が頼まれていて、王子様たちの事を全力でサポートする事になる」
「お忍びなのに?」
「お忍びだから、入ってほしくない場所に迷い込まないように、しなきゃならないんだよ!」
そっちか。どうして上官たちが頭を悩ませているのかも、理解できる。
どこの地域でも、王子様とかに立ち入ってほしくない場所はあるし、立ち入り禁止の危険区域という物はある。
王子様たちがいくらお忍びだからって、完全に自由にさせるわけにはいかないのだ。なんてったって王子様だし。
もしもの事があったら外交問題まっしぐらである。
そんな理由をひしひしと感じさせる上官が、とどめの一言を告げた。
「王子様、北でも知られたイケメンなんだってな!」
女性の部下たちが、ざわざわと色めき立った。なにそれ玉の輿狙っていいわけ、という感じである。皆玉の輿やハクバノ王子サマにあこがれるものである。事実だからしょうがない。
自分はイケメンに関しては間に合っているから、あまり関係がないけれど、と鶴は思った。だってブンブクの方が絶対に色男なんだもの。イケメンにはときめかなくなってる自覚が、彼女の中にはあったわけだ。
とにかく、今からお忍びの旅行に付添う観光案内の、人員を選ぶのだ。
「上官、女全員で、恨みっこなしのじゃんけんを行います! それで決めましょう!」
一人が手をあげて発言する。確かにじゃんけんであれば、恨みっこなしになりえるだろう。
じゃんけんは動体視力が勝っていれば有利だが、手がそれに対応しなければ意味のない事なのである。
その一人に周りの女子たちが同意し、関係ないと思っていた女子まで巻き込み、一大じゃんけん大会がはじまってしまった。
総務課そんな乗りでいいのか、と思われるかもしれないが、これ位あけっぴろげな選定の方が、何かと後々恨みつらみが起きたりしないのである。
上官もそれが分かっているため、止めたりはしない。
「加藤さんも入って入って、最初はグー、じゃんけん……」
ぽい!
「おめでとう加藤さん。あなたじゃんけんに強かったのね」
「あの……他の誰かにその権利を譲る事は……」
「そんな事したらまた妬みだのなんだのが始まっちゃうわよ、諦めて王子様の観光案内になってちょうだい
そう、鶴はまったく予期しなかった事に、じゃんけんで連戦連勝してしまったのだ。
まさか自分がこんなにも、じゃんけんに強いだなんて思わなかった。
鶴は自分のそんな所での勝負強さに頭を抱えたくなってしまったが、決まってしまった物に抵抗しても、無理な様子である。
恨まないためにじゃんけんになったのだから、それも仕方のない事だ。
鶴は思い切り頭を抱えたくなったものの、仕事だ仕事、と割り切るしかなく、上官から詳しい資料を受け取る事になった。
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