第16話 クラゲ姫
朝のホームルームを終えた俺は、レイラに嫌味を言われるより早く、ステラがやって来てしまうよりも前に防御魔法の授業が行われる教室へと向かう。
学内に存在する3つの派閥、アヴァンからの接触が未だにないことが少し気がかりだ。
やはり、帝国の王子だから仲間にしたくないという心理が働いてるのだろうか。
だとしたら非常に残念である。
「しかし、広い校舎だな」
校内図を見ながら進まなければ迷ってしまうほど広い。
授業によって教室が異なるため、移動も一苦労だ。
俺がこれから向かうのは……防御魔法Ⅰの教室。Ⅱは中級防御魔法で主に二年生、Ⅲは上級防御となり、言うまでもなく三年生が大半を占めている。
もちろん、自分の実力に見合っていれば、一年生でも上級防御Ⅲの教室で授業は受けられる。その逆もしかり。
内心ウキウキ気分で教室に向かっていると、何やら騒がしい。
教室の前で大勢の生徒が円形状に集まっており、一人の女子生徒に詰め寄っている。
詰め寄られている女子生徒は褐色の肌にバイオレットアメジストの髪と瞳の持ち主で、勝ち気な猫のような目元が印象的な美人。
だけど、今は逆毛が立った猫のように周囲を威嚇している。
あれでは反って逆効果に思えてしまう。
案の定……。
「なぜ貴様のような小汚ないクラゲがこのような所にいるのだ!」
「ここは由緒正しきアルカバス魔法学院なのよ!」
「あなたのようなクラゲが来る場所ではないわ」
「まったくだ! 同じ空気を吸っていると思うだけで吐き気がする!」
「クラゲはクラゲらしく海に帰れ!」
「そうだ。今すぐ帰れ! このクラゲ女っ!」
うわぁ、嫌なものを見てしまった。
どこの世界にもいじめってあるんだな。
こういうのは見ていて気分が良いものではない。寧ろ不愉快だ!
一人の生徒によって突き飛ばされた女の子が顔をしかめている。足首を押さえているところを見ると……挫いたのかもしれない。
今、ここで出て行って彼女を助けてしまえば……間違いなく他の生徒から総スカンされるだろう。
された挙げ句、彼らが俺のことを逆恨みするリスクもある。
助けてあげたいのは山々だけど……俺も自分の命に関わることだからな。敵を作る訳にはいかないんだよ……申し訳ない。
見ざる言わざる聞かざるに乗っ取って、そっと通り過ぎよう。
二歩、三歩……歩いてチラッと女子生徒を見やる。脂汗を掻いている。足は……めちゃくちゃ腫れてるじゃないかっ!?
そして……少女と目が合ってしまった。
「なんだよその目はっ!」
「私達はクラゲのあなたとは違い、高貴な身分なのよ!」
「立場をわきまえろよ、このクラゲ」
「誰もお前と同じ授業なんて受けたくないって言ってんだよ!」
怪我をしている足首を踏む男子生徒、それを目の当たりにした瞬間――ああああああああっ!? もぉぉおおおおお!
仕方ないなぁあああっ!!
自分の立場とか、この後のこととか、そんなことどうでもいい!
いい歳こいたおっさんがいじめを見て見ぬ振りなんてできるかっ!
何より、目が合ってしまった以上、無視したら今度はこの
それだけは絶対に嫌だ。
「おい、そこっ! 一体何をしているのだ!」
「げっ……帝国の第三王子だ!」
「なんか……物凄く怒っていらっしゃるようですが……」
「俺達何かしたか?」
ドスンッドスンッと鼻息荒く彼らに近づくと、皆一斉に顔を逸らし始める。
やましいことがあるとわかっているからそのような態度を取るのだろう、この馬鹿者がッ!
これでバッドエンドになったらお前達のせいだからな!
「そこの君、大丈夫か?」
「へ……?」
倒れ込む女の子の前で膝を折ると、目前の少女がキョトンとした顔を向けてくる。
「凄い腫れているじゃないか!? すぐに手当てをしなければ! さぁ、俺の肩に捕まって」
「お言葉ですが殿下、それは平民以下、奴隷未満のクラゲでございます。そのような義理立てや情けは不必要かと?」
「その通りですわ。殿下も御立派なスピーチで仰っていたではありませんか、私達他国の由緒正しき貴族と友誼を結びたいと」
「それなのに……帝国のジュノス殿下ともあろう御方が、我々を無視してクラゲを助けると仰るのですか?」
「それでは、友誼など到底結べますまい!」
「お立場をお考えになられた方が宜しいのでは?」
嘲笑うような声と威圧的な声、それが四方から見えない壁となり圧迫してくる。
誰も彼もが他者を見下すような視線を向けている。
こいつらは一体様何なんだ!
立場や身分が上なら寄って集って女の子を突き飛ばしてもいいとでも言いたいのか?
他人をいじめても許されると?
ふざけるでないわっ!!
第一、この俺に危険な役をさせやがって。
ふざけんじゃねぇよ! こっちは命が懸かってるんだぞ!!
俺は立ち上がり、この場に居るすべての者に咎めるような眼差しを向ける。
言ってやる!
それで嫌われたとしても敵になられたとしても、俺は俺が正しいと思ったことに素直に行動するまでだ。
そうだよ、俺はもう二度と自分を恥じた生き方などしたくない!
ついでに恨み節をぶつけてやるからな!
「勘違いされては困るっ! 確かに私はあなた方と友誼を結びたいと申した。その言葉に嘘も偽りもない! だがっ! それは互いに心から尊敬し合える者達と思ったからであり、一人の少女を寄って集って侮辱し、挙げ句暴力を振るう貴殿らと友になどなりたくないわ!」
「お、お言葉ですが殿下! その者は海賊の末裔であり、祖国を国としても認められぬ無法者!」
「それがなんだという!」
「は?」
「彼女が誰かを傷つけ罵ったか? 人の心を踏みにじり、あまつさえ怪我をさせる貴殿らの方が余程海賊ではないかっ!」
ダメだ、怒りが……止まらん!
「ここは誇り高きリグテリア帝国! そこに足を踏み入れた者、すべてに等しく、私の寵愛は与えられる! 貴殿らの故郷ではどうであったかは知らぬが……私の目の届く範囲で二度とこのような愚かな行為をしてくれるなっ! 不愉快だ!」
ふ、普段、怒ったことなんてないから……怒りで体が震えてしまう。
ああ、泣きたくないのに涙が出てしまう。
なんてカッコ悪いんだろう。情けな過ぎるだろ!
すぐにここを離れたい。
「さ、さぁ、私の肩に捕まって!」
「は……はい」
「す、すまぬが……そこ、道を開けてはもらえぬか」
その時だった。
やはり敵意を買ってしまったようで、突然眩い煌めきが後方から放たれ、振り返った時には火の玉が目前まで差し迫っていた。
ああ、俺また死んだ。
そう思ったのだが……、
「ミザフォース!」
突如現れた長身のイケメンが、光の壁みたいなのを俺と少女の背後に作り出し、火の玉を直前で防いでくれた。
一体この命の恩人は何者だろうと目を向けると、どこかで見覚えが……。
ああ、思い出した。スピーチの時に俺を鼻で笑っていた褐色の王子だ!
「兄上!」
「えっ……!?」
「無事か、シェルバ」
「はい。その……この御方が……」
「ああ、知っている。すべて見ていた」
む、無駄にでかいな。身長190センチ近くあるんじゃないのか?
こいつ本当に15歳か?
それに……似ている。シェルバと呼ばれた少女と物凄く顔が似ている。
ひょっとして……双子かな?
「妹が世話になった。礼を言う。授業に遅れる訳には行かぬだろ? 後は俺がやろう」
そう言うと、軽々とシェルバちゃんを抱き上げてお姫様抱っこ。
凄く……男らしい奴だな。
「ちょっ、ちょっと兄上!?」
「騒ぐでない、シェルバ。それと、そこのお前っ!」
ん? イケメンが後ろの男を睨みつけている。
「先ほどの行いは重罪だ! こともあろうに帝国の第三王子にファイアボールを放つとは、愚か極まりないな」
「わ、私ではない!」
「どちらにせよ、このことは理事長に報告させてもらう」
そう言い残し、イケメンはシェルバちゃんを抱き抱えたまま悠然と歩き出した。
カッコいい……それが素直な俺の感想だった。
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