第12話 革命の魔女
まるで魔女のお茶会だ。
貴婦人達に囲まれて飲む紅茶は味なんてしなかった。
いや、実際はとても甘美な香りが漂っていたのだが、何分、クズニート時代は女性との接点など持っていない。
従って、緊張で味などわかるはずもなかった。
「そ、それで、おっ……私に何か御用だったのでは?」
一刻も早く居心地の悪いこの場から立ち去りたい俺は、ティーカップの中の紅茶を一気に喉の奥へと流し込んだ。
それからすぐに話しを切り出す。
貴婦人の茶会というのは本題に入るまでが恐ろしく長い。
言い換えれば中身なんてろくにない映画を、延々と2時間見せられるそんな感覚。つまり、退屈ということ。
それに、俺にはもう一つ、この場を直ちに立ち去りたい理由があった。
それは目前の女性、リズベット・ドルチェ・ウルドマンにある。
そう、俺は席に着いてすぐに大切なことを思い出した。
それは現在俺を支持してくれている門閥貴族達に関すること。
エンディングでアメストリア国に戦争を仕掛けられ、呆気なく滅びゆく帝国。
世界の1/3を占める帝国が、一小国に負けることなどあり得ない。
が……それがあり得た。
その原因は門閥貴族達の不正と裏切りにある。
世界の1/3を占めてしまうほど広大な帝国が、そのすべてを監視することは不可能。
その中で門閥貴族達の不正が日夜行われている。
その不正を隠すために、彼らは民草の味方だと演じて、呆気なく俺をアメストリアに差し出したのだ!
民草からなる革命軍は、裏でアメストリアと繋がっており、彼らが敵国を我が国に招き入れる。
そして、一番の問題はウルドマン家にある。
ウルドマン家の当主グリム・ウッド・ウルドマンは帝国を愛する右翼的な人物。対して娘は左翼的な思想の持ち主だと設定されていた。
早い話しが、このリズベット・ドルチェ・ウルドマンが、民草からなる革命軍に資金を提供している張本人。
実の父を殺害し、俺を処刑台に
「うふふ。まさか、我らがリグテリア帝国第三王子であらせられる、聡明と名高いジュノス・ハードナー殿下が、アルカバス魔法学院に御入学なさるなんて……意外でしたわ」
まるで品定めするような黒い双眼が俺を捉えると、暗闇の牢獄に閉じ込められたような自分自身がそこに映し出される。
お前の未来を暗示していると言わんばかりの瞳に、思わず顔を逸らしてしまう。
「王宮に居ては学べないことや、出会うことのない方々と直接お会いし、飢餓や貧困に苦しむ方々のお力になれたらと思いまして……」
「まぁ、とても素晴らしいお考えですこと。一帝国民としてとても誇らしいですわ」
その証拠に口元は綻んでいても、目元はこれっぽっちも笑ってなどいない。
「それで……このセルーヌというのはどう言った場所なのでしょうか?」
魔力を秘めたような魔女の蠱惑に耐えきれず、つい話しをすげ替えてしまった。
「そうでしたわね。ジュノス殿下はまだ御入学されたばかりで、この学園のルールや派閥を知らないのでしたわね。うふふ」
「では、僭越ながら私がご説明させて頂きます」
「お願いできるかしら、メネスさん」
メネス先輩の話しを要約すると、この学園には3つの派閥が存在する。
――セルーヌ、ボルテール、アヴァン。
セルーヌは学内に新たな風を取り入れようとする革命派。
ボルテールは保守的な生徒の集まりで、伝統を重んじ、これまでの流れを受け継ごうとする保守派。
対してアヴァンはそのどちらでもない。謂わば自由党。
自分達に合った新たな風なら取り入れるし、これまで培ってきた大切な伝統はそのままでという、どっち付かずの者達が集まった派閥。
学内には大きくこの3つの派閥が存在し、その派閥のリーダーには階級の高い者が就く仕来たりなのだと言う。
各派閥には隠れ家的なサロンが用意されており、各々のサロンで幹部達が学園生活をより良いものに変えるために、知恵を絞っているのだとか。
ちなみに、セルーヌのトップ――リーダーは言う間でもなくリズベット先輩のようだ。
まぁ要するに、俺にセルーヌに――仲間に入れと言うことを遠回しに言っているのだろう。
もちろん俺としてもそれは有り難い。
ここでリズベット先輩と信頼関係を築けたなら、俺の最悪が回避される大きな一歩になるのだから。
だが、
「お断りします!」
「え……っ!? 今、なんと?」
リズベット先輩をはじめ、この場に居合わせた淑女方が雑然とした御様子で、麗しの瞳を大きく見開いていらっしゃる。
その様子からして、俺がすんなりセルーヌに入ると思い込んでいたのだろう。
もちろん、俺もリズベット先輩とは敵対関係になりたくはない。
互いに信頼関係を築き、最悪を回避したいと思っている。
だけど、それとこれとは話しが違う!
メネス先輩から3つの派閥について聞いた瞬間から、俺が入ると決めたのはアヴァンだ!
セルーヌに入ることは俺がこの学園に来た本質から離れ過ぎている。
いや、寧ろ真逆と言えるだろう。
俺がここ、王立アルカバス魔法学院にやって来たのは、バッドエンドを回避するため。
そのためには味方は作れど、敵を増やすことはしたくない。
もしも、ここで俺がセルーヌに入ると言えば、リズベット先輩の俺に対する評価や考えが変わるかもしれない。
だけど、それと同時にボルテール派を全員敵に回すことになる。
昨夜、ステラ・ランナウェイから手紙を受け取った俺は、ある一つの考えが脳裏によぎっていた。
それは物語の収束。
このゲームを作った2人の呪いが俺の想像以上に強力だとすれば、主人公ジュノス・ハードナーを何がなんでも地獄の底に叩きつけようとしてくるはず。
仮にそうだった場合、ここでリズベット先輩を仲間につけたとしても、第二第三のリズベット先輩が登場してくる危険性がある。
そうなった場合、俺には打つ手がない。
今現在危険人物を少しずつではあるが把握してきている中、突然謎の敵が現れたら、今の俺にはどうすることもできない。
だが、リズベット先輩という明確な敵がいるとわかっているのなら、今の俺にも対応することは可能だ。
俺が最も恐れるのは、俺の知らぬところで誰かが俺を陥れるために暗躍すること。
そう考えた時、リズベット先輩のセルーヌに入るのは明らかに自殺行為でしかない。
監視対象者がわかるかわからないかでは、攻略難易度がまるで違う。
それに、リズベット先輩の帝国に対する革命の仕方は間違っている。
武力を持って革命したところで、本当に人々が笑って暮らせる世界になると俺は思わない。
真に人々の安住を求めるのだったら、外側からではなく、内側から改革していかなければ意味がないと、俺は思っている。
例えば貴族制度の撤廃。
これは一歩間違えれば世界大戦に発展しかねない大事だ。
各地を統治している貴族がいるからこそ、少なからず治安は守られているし、かつて帝国と呼ばれた地には身分格差が存在しない。
そんな噂が世界中に拡散すれば、多くの人々が集まってくるだろう。
しかし、一方で人を失った国は痩せ細り、大量の死人が必ず出る。
挙げ句、人手を取り返すために争いの火種が広がるだろう。
そうなれば革命は失敗だ。
革命とは入念な準備と計画、それに多くの人々の協力があってこそ成立するもの。
常道的なやり方ではダメなんだよ。
奴隷制度の撤廃も又しかり。
生まれてから奴隷として育った者達に、今日から自由だから好きに生きておいでよと言ったところで、それは無責任というものだ。
彼らの多くは文字の読み書きができないし、住む家ももちろん持っていない。
そんな彼らが今日から自由だと言われても、その先の未来は決して明るいものではないと思う。
俺が目指すのは完璧な改革であり、ハッピーエンド。
そこに涙を流す者が居てはダメなんだよ。
だから、
「お断りします! 私はこの学園に入学仕立てであり、新たな風を入れるということも、これまでの伝統ということに関しても、まるで何のことかわかりません。そんな中で適当なことは言えません! だから、申し訳ありません」
「そ、そうですか。それは……仕方ないことですね……。ええ、本当に仕方のないこと」
含みのある言い方をする人だな。
決して言外することはないが、決然とした眼が……それを雄弁に物語っていますよ、先輩。
やはりお前は敵なのだと。
だけど俺も、ここであなたに下る訳にはいかないんですよ。
リズベット先輩。
「さぁ、そろそろ時間ですね。授業が始まってしまいます」
「あっ、私達も早く行かなくてはっ」
「そうですね。私も初日から遅刻したくはありませんし、この辺で失礼致します。お紅茶、大変美味しかったです。ご馳走さまでした」
恭しく頭を下げ、俺はサロンを後にする。
背を向けた直後、短い舌打ちが微かに鼓膜を揺らした。
が、俺は振り返ることなく、前を見据えて歩いた。
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