三章 巫子えらびと消えた死体 3—1

3



吾郷に続き、早乙女の死体まで消えた。


いや、正確には首から下だけが、あとかたもなく消えていた。


「どおりで、かるいと思ったよ」


やはり、威はちゃっかりしてる。


今なら、下男たちが墓穴をほったところだ。労せずして早乙女のひつぎを確認できると計算したのだ。


魚波はあわてた。


見られてはいけないものを威に見られたせいもある。だが、それだけではない。


「ちがう。威さん。なんぼなんでも、こうは、おかしい。首だけだなんか……ああはずがない」


必死に、とりすがる。


すると、威も頭をひねる。


「たしかに、あのときの棺おけは、人ひとりが入ってるにしては、かるすぎた。でも、首だけだったら、もっと軽かっただろうな。


葬いで、おれたちが、かついだときには、もう少し重さがあった。少なくとも、体半分くらいの重さは」


そう。そこなのだ。


あのときの早乙女の死体は、今よりは五体満足に近かったはずだ。あのとき、ひつぎのなかまで見たわけではないが。村人だからこそ、それは断言できる。


祭に使う『キジ』肉。


せいぜい、手足の一、二本でよかったはず。


あるいは、やわらかくて食べやすい胸や尻の肉……。


「魚波。やっぱり、何か知ってるんだな? それが村の秘密にかかわることなんだな?」


威にせまられ、答えにつまる。


そのとき、足音が聞こえた。こっちに向かってくる。


威は魚波の肩をつかんで、墓石のかげに身をひそめる。


やってきたのは、龍臣と下男だ。


「早乙女の死体もなくなったんだって?」


「そげです。なんでだらか(なんでだろう)。もう、おぞて(恐ろしくて)、おぞて」


「いくら巫子でも、首を切り落とされたら死ぬよ。死体が動くわけじゃない。消えたというなら、誰かが持ち去ったんだ」


話しながら、やってきて、墓穴をのぞいた龍臣は、うなった。


「みごとに、ないな。いったい誰が、こんなことしたんだ」


魚波は気づいた。


そうだ。寺内だ。寺内が墓を荒らしていた。


あのとき、魚波たちを追いはらったあと、寺内は、あらためて墓をほり、早乙女の死体を持っていったのだ。


魚波は巫子の高価な衣装などを売るためではないかと考えた。が、それなら、たとえ裸でも遺体は残っている。体ごと持っていったのには、別の用途があったから……。


たまらなくなって、魚波は立ちあがった。


「龍臣さん! 寺内が……寺内が、墓荒らしちょった」


「わッ、魚波! おまえ、まだ、こんなところに——威は?」


「威さんは、さきに帰った。雪絵が待っちょうけんね。わだけ(私だけ)気になって」


「ほんとか? そのへんに威もいるんじゃ……」


龍臣がキョロキョロするので、魚波は声をはりあげる。


「こぎゃんもん(こんなもの)見らいたら、威さんを殺さんならんがね! そうぐらい、わだって、わかっちょうます」


これだけ言えば、カンのいい威だ。身の危険を感じてくれるだろう。のこのこ出てくることはないはずだ。


「それならいいんだ。おまえも村の人間だ。おきては守れよ」


「あたりまえですがね。そうより、この墓だども……」


魚波は先日、威や銀次と見たときのようすを告白した。


龍臣は、また、うなる。


「ああ……威のやつ。なんで、そんなにカンがいいんだ。なか、見てないよな?」

「あのときは、寺内に見つかって、すぐ逃げたけん」

「それならいい」


ほっと息をついたのち、龍臣は考えこんだ。


「早乙女の死体を持ってったのは、寺内か」

「たぶん」


「なあ、魚波。寺内たち、何さいに見えた?」

「さあ。わは五十がらみかと思っちょうましたが」


「八十すぎだよ。よく考えれば、あの夫婦、年のわりに、ずいぶん若く見えた。てっきり、あいつらも元御子なんだと、おれは思ってた。ナイショにはしてるけどな。今御子になる年齢が遅いと、若返りが充分でないときがあるんだ。きっと、やつらも、そうなんだと。でも、もしかしたら……」


ほんとは八十なのに、五十に見えた夫婦。


藤村の人間なら、誰しも実年齢より十は若く見える。とはいえ、元御子でも巫子でもない人間が、じっさいより三十も若く見えるはずがない。


「あいつら、まさか……」


龍臣の声は中途で消える。

誰だって、みとめるのはためらう。

魚波も、低くささやく。はっきり言いたくない。


「そげじゃないですか。体が丸ごと、なくなっちょうってことは……」


言いたくはないが、みとめざるを得ない。


寺内夫婦が殺されたとき、自宅は全部、しらべられた。夫婦以外の死体は出てこなかった。


早乙女の死体は消えた。


その行方を、藤村の人間なら、すぐに直感できる。

寺内は食ったのだ。

早乙女を——


ぞッとした。

もちろん、魚波だって、早乙女の肉は食った。

でも、あれは祭だからだ。

御子さまと村民をつなぐ儀式みたいなものだ。

なんでもないときに、人間を食ったりしない。

それでは人でなくなってしまう。


銃で撃たれても死なないうえに、人喰いの食人鬼。

そんな、おぞましいものにはなりたくない。


「巫子の肉では、若返りまでは起こらない。でも、大量に食えば、不老の効果くらいはあるのかもしれない。今まで、誰も試したことはなかったが」と、龍臣が、つぶやく。


「大量に……でも、どこから……」


言いかけて、魚波は気づいた。


そういえば、あったではないか。


二十年前にも、大量の巫子の肉が手に入る事件が。


「川上の……」


龍臣はうなずく。


「しらべてみよう」


龍臣の指図で、川上家の墓石が、どけられた。


魚波も龍臣も、下男といっしょになって、ドロまみれになって土をほった。道具は早乙女の墓をほりおこしたときのものが、そのまま置いてあった。


四人ががりで、ほりすすめる。


みるまに一メートルほどの大穴ができた。


すくった土は、となりの早乙女の墓穴へ移せばいい。ドロを運ぶ手間がいらない。


むわっとする臭気が、あたりに、たちこめた。


死後まもない早乙女より、二十年も前に埋められたものだ。土のなかで、遺体は、とっくに骨になっているだろう。


「わッ」と、一番下にいた下男が声をあげた。


古い、ひつぎのふたをふみぬいたのだ。


龍臣が下男の手をとって、穴の外へ引きあげる。魚波も外へ出た。全員が上がると、龍臣がシャベルで、お棺のふたをつきくずした。


死体は——なかった。


早乙女と同じだ。

小さい子どもと、大人のシャレコウベが、いくつか並んでるだけ……。


龍臣の顔が、かたく、こわばっている。


「まちがいない。寺内のやつ、二十年前にも……」


いや、ことによると、それだけではないかもしれない。これまでにも巫子が死ぬたびに、寺内は墓守という立場を利用して、墓をあばき、その死体を……。


そこで、魚波はハッとした。


(おトラさん——まさか……)


いや、きっと、そうだ。

ナイショ話をしてる寺内とトラを見て、魚波は不倫の関係だと思った。だが、じっさいには、それどころではなかったのだ。


思えば、トラも年のわりに、かなり若く見えた。

二十年前から、あまり年をとっていないかのように。


まちがいない。

おトラは寺内から、川上家の誰かの肉を買ったのだ。

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