ボクとAIの47時間戦争
抜きあざらし
-19:05:22
「リズベット、水を流して」
虚空に向かって話しかけると、壁のスピーカーが若い女性の声で喋る。
「わかりました」
便器の水がつつがなく流れ、辛く苦しい戦いの痕跡を水道管の奥へと消し去ってしまう。辛かった便秘ともこれでオサラバデゴザイマスだ。
それにしても、いくら自社製スマートスピーカーとはいえトイレにまで実装しなくてもいいのではないか。いくら個室の防音性が優れているといっても、トイレで独り言のように呟くのは少し恥ずかしい。
……文句を言っても仕方がない。社内システム統合AI制御はこの新社屋の目玉として各メディアに喧伝していたのだ。今更変えるわけにもいかないだろう。
溜息を漏らしながら、ボクは事務所のデスクに戻る。
ボクはとある大規模IT企業の運営するソーシャルネットワーキングサービス――SNSのエンジニア。検閲AIの教育係をしている。
教育係というのは、強化学習を行うAIが不本意な成長をしないように適宜調整する役割の、社内での俗称だ。実際にはデバッカーとバグフィクサーの間の子といったところか。
特に昨今ではAIを用いた検閲での不手際が多発しており、たとえば某社のAIが砂漠に咲いた花の画像をローティーンのヌードと見間違えて不適切削除してしまったり、アングロサクソンの顔写真に
二時間に一度のログチェックを終え、今日も異常な動作がないことを確認。昨日からプレ稼働している『フェイクニュース検閲プログラム』は概ね問題なく機能しているようだ。ある程度はジョークとデマの区別もついているようだし、AIの目覚ましい進歩を感じる。
ゴシップ系のアカウントにやたらと厳しいのが玉に瑕だ。『衝撃! 大統領に隠し子!?』だとか『某独裁者はハト派だった!?』だとか『ゲイ疑惑!? あの俳優に男の影!』だとか、ゴシップニュースの削除率が異様に高い。確かにプライベートに過剰に踏み込んだ記事やマイノリティへの配慮が欠けている記事を不適切に感じる人間は多いだろう。しかし取るに足らないかさ増しじみた記事までまとめて削除してしまうのが正しいかと問われれば、首を捻るところだ。ボクはいくつかくだらないニュースが紛れていてもいいと思う。明日はこのあたりの調整をしてもいいかもしれない。
それから隣席のロブに目配せし、お互い不備がないことを確認。帰り支度を始める。もうすぐ定時だ。さっさと帰ろう。
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