第3話 真向かいの小児病棟の坊や

 翌朝、森一は子どもの声に目が覚めた。


「どこからだろう。」

ふと窓を見ると、開いた窓から入ってくるそよ風に、白いカーテンが緩やかに揺らめいている。


起き上がって窓に寄り、森一がカーテンを開くと、小さな花壇の点在する狭い中庭を挟んで向かいの病棟の真向かいの病室の窓から


「おじさ~ん、おはよう。」と手を振る男の子がいた。


 その屈託のない笑顔につられて、森一も思わず笑顔になり


「やあ、坊やおはよう!おお、美味そうなイチゴだなぁ。」

と手を振り返した。


 窓際に置かれたイチゴの乗った皿を見て、うらやましがるように森一が指差して応えると、その坊やは、嬉しそうにイチゴを一つ摘んで、一旦森一に見せると、

そのまま自分の口にパクっと放り込んだ。


「あ~悔しいなぁ、美味そうだなぁ」

と森一が悔しがって見せると、坊やは満面の笑みを残して手を振り、自分のベッドに戻っていった。


「なぁに?朝から大声出して。」

という声に森一が振り向くと、カルテを抱えた遥が病室に入ってきた。


「いや、向かいの男の子に声をかけられたんだよ『おじさんおはよう』ってさ。」


「あら、おじさんに反応したの?おはように反応したのかしら?」

 遥がいたずらっ子の顔をして森一の顔を覗き込む。


「いやぁ、俺どこかでまだ、若いつもりでいたかなぁ。

考えてみればあの子から見れば十分すぎるおじさんだよな。」


「ふふふ、今頃気づいた?」と言いながらも、遥の顔から笑顔が消えていくことを、森一は見逃さなかった。


 その森一の心配そうな眼差しに気づいた遥は、向かいの窓から聞こえて来た注射を嫌がる坊やの声にちょっとおどけて舌を出して、何かをごまかすように


「ここにも注射がいやだと泣きそうな、おじさん坊やが一人いますぅ。」

と森一の右腕をとって注射器を持つ真似をした。


 森一に検温と血圧測定をして、カルテに数値を書き込み終えると、遥は病室から出て行く直前に振り返り


「明日非番だから、一日中そばに居てやろうと思ってるんだけど。いいよね?」

と森一に向かって声をかけた。


「ありがとう。助かる。」と、本心本音で森一は答えた。


 安心したような笑顔を見せながら頷いて病室を出て行こうとする遥を見て、ふと思いついたように森一が遥に声をかける。


「遥、悪いけど明日、色鉛筆とスケッチブック買ってきてくれないかな。」

という森一に


「承知しました!」

と遥は答えて病室を後にした。

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