【書籍化記念SS】ファンタジーには馴染めない ~アラフォー男、ハードモード異世界に転移したけど結局無双~

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番外編 諜報員DEET その後


 夕闇に紛れ、刺々とげとげしい緊張感を孕んだ気配が近寄ってくる。少なくとも、良い報せではないようだ。


「若様、勇者ヒットマン一行三名。越境を確認しました」


「……所属は確認できたか?」


「はっ。南方統括教会です」


「……またか。手筈てはず通り、宿場町で対処せよ」


「はっ」


 帝国とは講和を結び、建国と相成った魔我羅マガラではあったが、未だに魔王討伐の勇者を騙る教会の私的殺し屋ヒットマンが度々送られてくる。


 しかしながら、忍び部隊森羅の諜報・防諜網は国内向けに遍重へんちょうしており、勇者ヒットマン対応は完全に後手に回っていた。


「……対症療法ではらちがあかぬな」


 とはいえ、国外までを視野に入れると人員が足りない上に、我等森人では目立ち過ぎ、諜報活動には不向きなのだ。


「里の沙汰さたを仰ぐか……」


 長いため息が夜の帳に溶けていった。



 ◇◆◇



「里に……ですか?」


「そうだ。里への使者を長距離飛行の可能なお主に頼みたい。ディートよ」


 若様に呼び出された私は、森人の里への使者をお願いされていた。


「まだ気が進まないのか?」


 顔色を読まれてしまったらしい。


「……はい。また、何と言われるか」


「とはいえ、何時迄も避けて通る訳にも行くまい。良い機会だと捉えてくれまいか」


「……うけたまわりました」


 渋々と書状を受け取って退出する。



 私の名は、ディート。

 いや、コードネーム「DEETディート」だった。


 異世界から落ちてきた稀人まれびとの保護と、里の悲願である稀人との子孫を為すために余計な害虫が付かないよう監視役を仰せつかっていた。あわよくば、私が子種を頂戴するつもりでもあった。


 しかし、あの巨大な力の奔流の前では私の色仕掛けなど通じず、目論見もくろみことごとく失敗し、監視役を解かれてしまう。



 思い出すだけで、悔しさから歩調が乱れてしまっている。先程も若様レインに心を読まれてしまう失態を犯したばかりだと言うのに。


「私はもう、弱かった昔の私ではない」


 長い耳に気合いを入れて一歩を踏み出す。


「私の名はDEETディート。殿に悪い女エロフを近付けさせない。それが己が定めた私のお役目」


 私は闘う。


 例え、生まれ育った里や友人知人が相手であっても。



 ◇◆◇



 側仕えに作業の申し送りを済ませた所で、エメリーヌ師とサーラ様が見送りに来てくれていた。


「行くのですねディー。気を付けるのですよ」

「ディー、早く帰ってきて、ね?」


 お二方と軽く抱擁し、離れる。


「はい。早めに戻る予定ですが、殿の夜の身辺警護はお願いいたします」


「ん、一緒に寝る」


「ダリもこちらに移ってこられればと思うのですけど……」


 エメリーヌ師は苦笑いの混じった微笑みでそんなことをこぼしていた。


「それでは行って参ります」


 私はマナを循環させ、勢い良く蒼穹へと駆け上がり、里への方向を見定め水平飛行へと移行する。寒くならない程度の速度でも1時間程で到着するだろう。もう手慣れたものだ。



 ◇◆◇



 特に問題もなく、里付近の上空に到着した。問題はこれからだ。


 手前の森の中で着地し、マナ循環を停止させた。ここからはなるべく人目に付かないように隠密行動に移る。


 なにせ、里の上空を飛んでしまうと拝まれてしまうのだ。見つかるだけで面倒な騒ぎも起きるだろう。


 はなはだ不本意ではあるが、盗っ人の如く影から影へと里に忍び込む。



「何してるの? かくれんぼ?」


 里へ入って住宅街を縫うように進んでいると、不意に背後から声がかかった。

 防衛網に引っかかった? やはり日が沈んでから潜入すべきだったか?


 ビクリとしながら振り返り、声の主を見ると小さな男の子だった。安堵とともに止めていた息を吐き出した。


 ……里に入ったら、コソコソ行動している方が怪しかった。


「ご、ごめんね。かくれんぼしてたんだ」


「森羅ごっこだね!」


「そ、そうそう森羅ごっこ!」


「カッコいいよなー! 森羅!」


「そ、そうだねー」


 マナ循環を止めていれば目立たないはずだ。人混みに紛れてしまおう。


「……じゃ、お姉さん行くねー」


「まぁ待たれよDEETよ」


 そんな声と共に物影から現れたのは忍び装束の本物の森羅だった。やはり察知されていたのか。


「うわ! 森羅だー!」


 男の子は大興奮だ。


「何故、半端な隠形で里に侵入したのかはさておき、よく帰った」


「はっ。DEET戻りました」


「長老会がお待ちだ。大人しく付いてきてくれるな?」


「ははっ」


 こうなっては仕方がない。大人しく付いて行こう。余計な騒ぎを起こしたくなかっただけで目的地は同じなのだから……。



 ◇◆◇



 暗い庵の奧からしゃがれ声が響く。


「よくぞ戻ったDEETよ」


「はっ。スレイ殿より書状を預かっております。あらため下さい」


「まぁ待たれよ。今、長を呼びに行っている。今暫し待たれよ」


「はっ」


「それより、子作りの進展は如何か?」


「……順番を待っている段階にございます」


「一歩でも前に進んでいるのであれば僥倖。皆、期待している」


 随分と関係性が歪んでしまった。


 私は既に森羅には在籍していない。森羅の長老会彼らとの関係も上司と部下ではなく、目上の人だから敬っているだけになってしまった。これでも改善した方なのだ。



「相変わらず暗くて陰気だすな。明かりを点けるだすっ」


「ははーっ」


 長がやってきたようだ。


「お久しぶりだす。ディート様」


「お元気そうですね。ダリ」


「子供達も元気過ぎて困っているだす」


 明かりを点けてやってきたのは隻腕土人つちびとのダリだった。



 当初は開拓村からの労働力派遣でやってきていた土人ゴブリン達であったが、途中からマナ循環のできた彼等に森人達が従属するのは時間の問題であった。


 強きマナの奔流。


 それが目に見えてしまう森人達は、平伏するか服を脱ぐかのどちらかだった。


 魔我羅にいる森羅部隊は第1段階のマナ循環ができ、殿もおわすのでそんなことはないのだが、里の森羅本部はあっさりと土人つちびとに従属。殿に従属している土人なのだから何ら問題はないそうだ。


 殿も「面倒だから良きに計らえ」と仰せであったので森人防波堤としてダリが立っていた。


 大体、私もマナ循環を行うと誰も彼も皆、平伏してしまうのだ。殿が面倒というのも少し分かる気がする。何とか説得してようやく今の関係性になっているのだ。


 長老達から様付けで呼ばれたり、敬語で話されたりとか本当にやめて欲しい。居づらくてしょうがない。



「何々……魔王討伐の勇者ヒットマンだすか……。奴等には主様の偉大さを知らしめる必要がありそうだすな。ヌケさん、カワさん。ブリンガー隊1番から3番まで出撃準備! 懲らしめてやるだすっ!」


「「応!!」」


 ダリの夫達が気炎を上げる。ちなみにブリスロック隊と隊長でダリ夫の1人であるロイは魔我羅駐留単身赴任中だ。元々、配達ロジスティクスをやっていた者達で結成されたブリンガー隊は、ここ森人の里でも編成可能だった。ただし、ブリスロック隊のような編隊飛行やホバリング教練などは行ってはいないはずだ。


「目標、帝国旧王国領、北区、西区、南区の統括教会! 高高度から急降下爆撃による一撃離脱Hit-and-runだすっ! 各隊はそれぞれの目標地点を同時攻撃にて殲滅するだす!」


「「Yes, ma'am!!」」



 もりもりと膨れ上がる戦意とマナに、森人の里は恐慌寸前に陥ってしまう。


 道端で平伏する森人達が溢れる中、耐寒装備に食糧を背負ったブリンガー隊が次々と旅立っていく。


 私は他にやる事もないので、どさくさに紛れて飛んで帰ることにした。


 私は私のお役目を果たすために……。


 あ、殿にも事後報告しないと。今から戻れば夜には着きそうなので、同衾に混ぜて貰えばいいかな?



 ちなみに旧王都を統括していた主立った教会(東方面は魔我羅があるので統括教会は無かった)は数日後に穴だらけになり壊滅。勇者ヒットマンの来訪も無事なくなった。それどころか聖教自体が旧王都領から撤退してしまう事態に発展するのだった。

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