第五章 家族を護る為に
第1話
そして、一週間が何事もなく過ぎて行った。
その日の夕方――電車から降り立った僕たちは、その場所に来ていた。
ゆっくりと走り出した二両編成の列車が、汽笛を鳴らして黄昏の中へと消えていく――それを見送り、僕はその駅舎を見上げた。
大分、さびれた駅舎だった。ペンキも剥げてぼろぼろになり、手入れがされていない。
改札も無人だ。置かれている箱に切符を入れ、僕たちは外に出る。
外に広がるのは――予想通り、何もない場所だった。
「――ここが、決戦の、地?」
困惑したようにささやくフィアに、僕は軽く頷いて答える。
「千葉県の片田舎さ。里が近くて、人も少ない――決戦にはもってこいだよ」
そして――すでに仕込みは完了しているらしい。
どこかしこに、仲間たちの気配を感じる。頼もしい限りだ。
フィアがちょこんとベンチに腰を下ろし、サラが自動販売機で飲み物を買う。そうして時間を潰していると――駅舎の前に、ゆっくりと車が近づいてきていた。
普通の軽自動車――ゆるやかに、駅舎の前に停まると、中から一人の女性が出てきた。すっきりとしたスーツ姿の彼女は僕に目を留めると、小さく笑いかける。
「リントくん、久しぶりね」
「アヤメさん、ご無沙汰しています」
面識があった。ハルト兄さんの秘書をやっている、人間の女性だ。ただ〈異能〉に理解があり、彼をよくサポートしてくれている。
端正な顔つきの彼女はにこりとサラとフィアにも微笑みかけ、車の戸を開ける。
「二人とも、大丈夫だ。信頼できる」
「――本当に?」
「ああ、兄さんらしい采配だよ」
そう言いながら、ちら、とフィアの方を見やる。ぼんやりとした顔つきの彼女に声を掛けた。
「彼女――アヤメさんからは異能を感じないだろう?」
「……ん。れっきとした人間」
「なら、問題はないさ。異能を使った変身ではない」
どういうカラクリなのかは知らないが、フィアには異能を探り出す感覚がある。
その彼女の感覚を利用し、あえて普通の人間を差し向け、身内だと証明したのだ。
僕たちが車に乗り込むと、運転席に戻ったアヤメさんがゆるやかに車を出す。その中で、助手席に座っていた一人の少女が僕たちを振り返った。
「初めまして! 私、クズハ。伏見の里出身なの」
天真爛漫な笑顔に、思わずほっこりしながら頷き返す。
「ああ、話は聞いている。妖狐の子だね。僕はリント、こっちが――」
「サラです。よろしく」
にこりと微笑みながら、何故かぴりぴりしつつ、僕の腕を引き寄せてくるサラ。
なんで、警戒なさるんでしょうかね……? サラさん。
「あはは、別に取って食ったりはしないよ、サラちゃん。それより、貴方が、フィア?」
「――ん」
「うん、よろしく。じゃあごめんね、手筈通りに――っと」
クズハはそう言いながら手を伸ばし、フィアの顔に手を伸ばす。その指先が額に触れた瞬間――じわじわと、彼女の身体が〈異能〉の力に包まれていく。
そして、それが消え去った声には――無表情なフィアがもう一人そこにいた。
「……どう、かな? リント」
驚いたことに声色や喋り方もトレースしている。サラは驚いて犬耳をぴんと立てる。
「すごい、そっくり……!」
「クズハは、ハルト様直属の部下で、実戦も経験した、折り紙つきの強さよ」
アヤメさんがハンドルを切りながら解説をしてくれる。
なるほど、と助手席の彼女に頷く。クズハは表情を動かさずに頷いた。
「これで、私も、同行する――車は、廃校の敷地外で、待機」
「そちらは、私が待機するわ。心配しないで。ハルト様の護衛を務めているから、〈異能〉持ち相手であっても遅れは取らないつもり」
そう言いながらさりげなくタイトスカートの太ももに触れる。
その仕草で、分かる。帯銃、しているのだ。
ここは日本なのに――どこか、異国に来た感覚すら覚えてくる。
「南総里見の人たちも来てくれる――準備は、この上なく万全だね」
「とはいえ、相手も分かっているだろう、奥の手を使ってくる可能性はあるな」
話によれば、相手も五人で来るらしい。
「近くまで車で来ているみたいだけど。確かに、五人以外いなさそうなの」
アヤメはそう答える。その声は、やや訝しげだ。
素直に、交渉の席に収まる、ということだろうか。
こちらは、百人体制で警戒にあたっている、というのに――。
「とにかく、平和で済むに越したことはない――温厚に、物事を進めよう」
僕は自分に言い聞かせるように告げながら、窓越しに外を見る。
すっかり日の暮れた空は――雲に覆われ、あたりは真っ暗だ。見通せずに、どこか不安に思えてくる――。
ふと、小さな手でそっと握られる――振り返ると、サラが微笑んで頷いてくる。
励ますような笑顔に、僕は笑い返して手を握り返した。
「――見えてきたわ。決戦の廃校よ」
アヤメさんがそう告げる――その視線の先には、闇の中にそびえ立つ、不気味な校舎。
もう人のいない廃墟を見つめ、僕とサラは頷き合った。
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