第7話
それから数日が経ち――キメラ機関と里の民たちの戦いは続いていた。
里の民による巧みな罠。そして、さまざまな全国の里と繋がった、強力なかく乱作戦により、キメラの尖兵たちは悉く退けられていく。
その中で――久方ぶりに、ハルト兄さんから、連絡がかかってきた。
「――決戦作戦?」
『ああ、そろそろキメラと決着をつけようと思う』
決然とそう告げる兄さんは、僕たちの顔をぐるりと見渡す。
例によって、この通話は里ともつながっている。長老やユウキさんに視線をやると、すでに伝わっているのか、ユウキさんは小さく頷いた。
『他の里にも協力をしてもらって、少しずつ進めていた計画なんです――例のキメラの刺客たちを、我々は捕らえ続け、十分な数になりました。それを元手に、今、キメラ機関と交渉を行っているのです』
『コンタクトの取りようはなかったが――キメラ機関の刺客の数人に取引を持ちかける文書を持たせて解放したら、あちらからコンタクトがあった。交渉したい、ということだ』
「――それは、信用できるのか? 兄さん」
僕の問いかけに、ハルト兄さんは首を振る。
『罠の可能性もある。だからこそ、こちらが場所を指定した』
そこで告げたのは、千葉のある地方――昔で言う上総の一角だった。
つまり、南総里見の里に、近い。
『そこにある廃校を指定したら、返事があった。承諾するが、供につけるのは俺を含めて四名。そして――フィアを連れて来い、ということだった』
そこでハルト兄さんは言葉を切り、画面越しにフィアに視線を移した。
感情の起伏の少ない彼女は、食い入るように兄さんの目を見ている。ハルト兄さんはそれを見つめ返し――視線を、僕に戻した。
『リント、サラちゃん、フィアをこちらまで連れてきてくれないか』
「まさか、兄さん――そのまま、交渉の場にフィアを連れていく気じゃ――」
『そんなわけないさ。だが、どこで目があるかは分からない。要求に応じる素振りだけは必要だ――駅に来てくれ。そこで、俺の妖狐の部下を迎えに行かせる』
その言葉と共に、意味ありげな視線を向けてくる。
なるほど、と頷いた。そこで、フィアとすり替わるのだ。
妖狐の変化能力は、声色からその人の気配までトレースすることができる。この前の、力写しの鏡以上の精度で、姿を作り出せるのだ。
「その後、僕とサラで、現地まで行って――」
『俺たちと合流する』
『そこには、アイリも派遣します。彼女の鬼の力、確かに役に立つと思います』
ユウキさんが口を挟む。僕とハルト兄さんは同時に頷いた。
確かに彼女の異能は一緒に戦って分かっている、凄まじい剛力だ。力になってくれることに間違いはない。
『俺とリント、アイリ殿、サラちゃん――この四人で供をすることになる』
その後、兄さんは確認するように長老とユウキさんを交えて説明していく。
他の面子たちもいざというときに備え、周りに集結。また他の里の異能者たちも有志で協力してくれることになるらしい。
その流れを確認し終えると、兄さんは面々を見渡して告げる。
『Xデイは、一週間後――各々方、よろしく頼む』
その後、里との連絡は切れ――フィアは大事そうに端末を抱え、兄さんと話し始める。それを邪魔したら悪い、と僕とサラは部屋を移動した。
もはや、物置と化している、サラの部屋――基本的に、彼女は僕の部屋に入り浸っているので、生活感がない。物が入った木箱を椅子代わりにすると、サラはその膝に腰を下ろす――僕に、向き合うようにして。
「――どうした? サラ」
自然と顔が目の前に来る。愛らしい顔を真っ直ぐに見つめると、彼女は間近でそっと目を細めた。小さな声で、そっとささやく。
「ん、この前のこと。思い出して」
「この前というと――力写しの鏡のとき?」
「うん、お兄ちゃんが助けに来てくれたとき――すごく嬉しかったんだけどね、すごく心配だったんだよ」
こつん、と額がぶつかり合う。長い睫毛が、小刻みに震えた。
「お兄ちゃんが傷ついたらどうしよう、って……」
「……サラ」
「もちろん、お兄ちゃんが竜人なのは、誰よりも知っている。お兄ちゃんが封印を解けば、私の何十倍も表皮が硬くなることも。だけど、それでも心配で――」
だからね、と小さくはにかみながら、彼女は優しく言葉を続けた。
「今回、私を連れて行ってくれる――ってすごく安心したの。もしかしたら、残れ、って言われる気もしていたし……」
「うん……まあ、少しはそれを考えた」
何しろ、相手は無数の異境人を差し向けてくる大規模な組織だ。
もしかしたら、その後ろには国家規模の陰謀がかかわってくるのかもしれない。そんな相手を前にするのであれば、サラは巻き込まない方がいい――。
だけど、と僕は目を細め、目の前のサラの頬に手を添える。
「それでも――戦うのなら、サラと一緒がいい。腕前は、誰よりも信頼できるし、それにやっぱり一緒にいて欲しいからさ」
「お兄ちゃん――」
「ダメな兄貴分でごめんな。結局、サラに僕が甘えたいんだ」
僕の言葉に、サラは小さく首を振る。頬に当てられた手の上から、そっと小さな掌を重ね、彼女は上気した顔でうっとりと目を細める。
「ううん――信頼してくれて、嬉しいよ。お兄ちゃん」
温もりが伝わってくる。視線が交じり合う。二人の距離が、そっと詰まった。
唇が柔らかく触れ合う。そのまま二人は見つめ合い、笑みをこぼした。
その笑顔は、幼なじみがふざけ合っているように無邪気で。
だけど、その瞳は限りなく濡れていて、熱っぽい。サラの甘い吐息が鼻先にかかり、揺れる瞳が食い入るように見つめてくる。
「ね、お兄ちゃん――いい、かな?」
彼女の求めが、何か分かってしまう。僕は苦笑いを浮かべて、頬から彼女の後頭部に手を回す。そっと頭を撫でながら訊ねる。
「今日は、満足じゃない――膨らみかけの、半月だ」
「それでも――お兄ちゃんが、欲しくなったの……ダメ?」
甘えるように上目遣いで訊ねてくる。じわじわと、僕の身体の方に体重を寄せてきて。
僕の太ももに股を擦りつけて、荒い吐息をついている。だんだんと野性の光を帯びてきた瞳を見つめ返す――僕も、気分が高まってきていた。
サラのことをもっと感じたい。傍にいたい――。
その気持ちを込め、小さく口を開いた。
「おいで。サラ」
その瞬間、彼女は僕に抱きつき。熱烈に唇を押し付けてきた。
甘く、激しい時間が幕を開ける。
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