第7話

 外に出ると、うんざりするぐらいの熱気が包み込んでくる。

 思わず外に出たことを後悔するが――それでも、隣の少女の無邪気な笑顔を見ていると、そんなことも些細に思えてくる。

 ちなみに、サラは白い英字Tシャツに、ホットパンツ――来たときの格好に、麦わら帽子を被っている。尻尾は、上手く隠したらしい。

「――熱くないか、大丈夫?」

「うんっ、大丈夫だよっ――これからどこに行くの?」

「そうだな、ひとまず近くのショッピングモールかな。この暑さだから、近場で済ませたいし……あまり、お洒落なのはないけど、いいか?」

「どこでも大丈夫。お兄ちゃんと一緒ならっ」

 嬉しいことを言ってくれる幼なじみだ。なら、と手を引いて、道を歩いていく。

 徒歩五分ほど。もう近所といっても差し支えないところにある、三階建てのショッピングモールに辿り着く。量販店が寄せ集めになったような場所で、ここなら安く品物が手に入るはずだ。

 自動ドアをくぐると、涼しい風が吹き抜け、心地よさそうに目を細めるサラ。僕も、生き返ったような心地だ。

「んで、必要なものは、家財道具、とかか……? 机とか、冷蔵庫とか……」

「あ、別にお兄ちゃんの部屋、使わせてもらえばいいよ? お布団も……」

「……それは、勘弁してくれ。僕の理性が、持たないから」

「そ、そっか……うん、分かった。じゃあ、お布団だけお願い」

 少しだけぎこちなくなりながら、ホームセンターに足を運ぶ。大小さまざまな品物が、フロアに並んでいるのを見て、サラはふわぁ、と声をあげる。

「いろんなものがある――本でしか、見たことのないものばかり……!」

「ここだったら、家具とか一通り揃うぞ。欲しいものとか、ある?」

「んん……あ、歯ブラシ、とか、マグカップが欲しいかな」

「ああ――じゃあ、食器類は、ここで揃えようか」

 歯ブラシは、ドラッグストアで買えばいい――それ以外のものを買い揃えるか。

 食器のコーナーに行くと、サラはきょろきょろと棚を眺めていく。何かを探している、ようだが……? ふと、視線を止め、ぱたぱたと棚の隅に駆けて行く。

 大事そうに、何かを取り上げ――こちらに戻ってくる。

「これにするっ」

「ああ――って、これ、どこかで……?」

 見覚えのあるマグカップ、茶碗、お箸――。

 もじもじとするサラは微かに上目遣いになりながら、小さく言う。

「その、お兄ちゃんの、色違い……」

「あ……」

 そういえば、僕の食器と同じデザインだ。まるで……夫婦、茶碗のような……。

 いや、考え過ぎ、か? ちらりとサラの様子を伺うと、少し恥ずかしそうにしている。

 ――あまり考え過ぎは、よくないか。

「ん、んじゃあ、買い物を続けるか!」

「うんっ!」


 その後、ホームセンターで布団を買い、服屋で彼女の服を少し買う。

 いろいろな店を見ながら、サラの驚く反応を楽しみつつ、モール内は散策し。

 それでも、買い物のときは然程、悩まずにぽんぽんと買い物が進んでいく。

 一通り、買い物を済ませると、いい時間になって来たので、休憩を取ることにする。

 サラが、一番興味を示した、お洒落な喫茶店で、昼食もとりつつ、ゆったりと一息だ。

「――しかし、その荷物も一緒に、宅配でも良かったんだぞ?」

 イチゴパフェを美味しそうにぱくつくサラに、僕は苦笑い交じりに言う。

 その脇の椅子に置かれているのは、彼女が選んだ食器セット。その言葉に、サラはんーん、と首を振る。

「これは、私が自分で持って帰りたいから……それより、これからどうするの? お兄ちゃん。大体、言っていたこと終わったけど」

「そうだな、あとは食材を買い足すくらいだけど」

 コーヒーを口にしながら、時計を見やる。今は、大体、昼下がり。

 少し帰るには勿体ない気もする。ただ、サラにこの街を案内しようにも、ここしか案内するのにふさわしい場所はない。コンビニですら、徒歩十分――つまり、このモールよりも遠い場所にあったりするのだ。

「――大人しく家に帰って、のんびりするのでもいいか?」

「うんっ、お兄ちゃんが一緒なら、どこでもいいよ……んん、美味しい」

 パフェのいちごを食べながら、とろとろに頬を緩ませ、彼女は幸せそうに目を細める。

「どうだ? サラ。この世界は」

「ん? いろいろ新鮮で楽しいよ? 目新しいものが多いし、娯楽や家電もたくさんあって……テレビでは最初、びっくりさせられたけど、確かに会う人、会う人が笑顔で――悪い人はいなさそうだし、害意もないかな」

 さらっと護衛らしいとこを見せつつ、彼女は少しだけ頬を染めて付け足す。

「それに――お兄ちゃんがいれば、どこでも楽しく思えるな」

「そ、そうか……ありがと。サラ」

 テーブル越しに頭を撫でると、嬉しそうに目を細めて喉を鳴らした。

 二人で過ごす時間は――どこかくすぐったい気もして、それでいて心地いい。優しい気持ちになりながら、僕とサラは目を合わせて笑い合った。


「いっぱい買ったねっ、お兄ちゃん」

「ああ、今日はごちそうにするからな」

「やったっ」

 帰り道――大きなビニール袋を二つ持って、帰路につく。サラも、食器と洋服の袋を持って、とことこと僕の後ろをくっつくように歩く。

 さすがに手は繋げないが、幼なじみは満足そうににこにことしている。

「ね、お兄ちゃん」

「ん? なんだ?」

「また、お出かけしようね」

「ああ、もちろん。何度でも」

 僕がそう言葉を返すと、サラは目をきらきらさせて頷く。尻尾が出ていたら、ぶんぶんと振っていそうなものだ。

 そうこうするうちに、アパートの前に。二階に昇り、自室の鍵を開ける。

「ただいま、っと」

 つい癖で言う、帰宅の挨拶。これは、異境も日本も変わりはない。

 だけど、声が返ってくるはずもなく――。

「おかえりっ」

 ――返ってきた。

 思わず立ち止まった僕の横をすり抜け、サラは玄関から上がると、振り返って目を細めた。少しだけ、大人びたその笑顔に思わず胸を奪われ――。

「ね、お兄ちゃんも――ただいまっ」

「あ、ああ……うん」

 その無邪気な声に、自然と笑顔になった。買い物袋を床に置いて、ぽん、とサラの頭を撫でる。

「おかえり。サラ」

「うんっ!」

 もう、僕の部屋のことを――自分の家だと思ってくれている。そのことに胸がじんわりと温かくなる。そして、じんわりと実感するのは、一つの想い。

 ああ、やっぱり僕はサラのことが――。

「ん? どうしたの? お兄ちゃん」

「……いや、なんでもない。食材をしまっているから、今のうちに隣の部屋に荷物をしまってきな」

「食器はこっちでいいよね?」

「ん、一緒にあとでしまおう」

「分かったっ、少し行って来るね!」

 ぱたぱたと部屋を出て行くサラの後ろ姿を見送ってから、よし、と僕は少し気合いを入れて荷物を持ち上げる。

 さて、気合いを入れて夕飯作るかな……!

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