第五話 鳥の知らせ

 先ほど言われた老人の話を鵜呑みにしていいかという疑問は常に抱いていた。そもそも、人里と森との関係についても全くの嘘かもしれない。大師などいないかもしれない。けれど、一言一句をつらつらと語る姿には自信と威厳を感じたし、やはりシュウの中ではどう考えたらいいか判断がつきかねた。

 寝床に戻る。時間がたっていたので、さすがにタンと話をしていた小鳥の姿はないはずだった。しかしそこには、先ほどの小鳥がいて、まだタンと言葉を交わしていた。

 再びどこかへ出かけて時間をつぶそうかと考えたところ、

「シュウ」

 タンに呼び止められる。

「さっきの僕と彼とのやり取りも見ていたんだろう。それに気が付いていたよ」

 シュウは観念して、けれど森の動物とかかわりを持つということへの躊躇いから、

「僕はもう少し、ぶらぶらしてくるよ」

「大丈夫、この鳥は、君のことを知ったうえでここに来ている。君とあまり関わりを持ってはいけないことを知っている」

「そうです」

 シュウは怪しく思った。鳥は話し始める。

「私は森の奥深くに住んでいる、エミィと言います」

「どうしてここに? そして、どうして僕なんかに話をしに来たんだい」

「もちろんこの森のしきたりは知っています……あなたにあまり近づいてはいけないことも。しかし、これは急を要する一件なのです。最悪の場合、森が滅びてしまうかもしれません」

 シュウはなお疑い半分で聞いていた。

「それを伝えるために僕のところに来たのかい? どうして僕に伝える必要があるんだ。僕はこの森に、今は住んでいるけれど、もし滅びるのであれば、別のところにすみかを移すだけだ」

「シュウ、彼女の話をまずは聞いてくれないか」

 タンは間を取り持つように言った。シュウはなぜ、やはり森の動物ではないタンがそういうのかよくわからなかったが、

「タンがそういうなら、話だけは聞こう」

「ありがとうございます。先ほどからタンさんと話をしていました……人里周りを飛び回っている私の知り合いの鳥たちの情報では、隣の街から、とある老人が森へやってきているはずです」

 もしや、とシュウは思った。わざわざ危険を冒してまで森に足を運ぶものはそういない。

「奇妙な杖を持っている、彫刻師の?」

「すでに会っているのですか……」

 エミィの顔色が悪くなった

「その老人が、あなたの像を彫ろうとは提案しませんでしたか」

「された」

「ああ……事態は深刻だ」

「どういうことだかわからない。説明してくれ」

「すみません……取り乱してしまって。一から説明します。最近、森と人里との関係はぎくしゃくしているのはご存知ですね」

「ああ」

「それは僕の責任だよ……深く反省している。それで、掘り下げた話を聞いたんだよ。はじめは談笑という感じで、切り出してくれたけれど、僕は途中で、自分が関係を悪化させた当事者であることを告白した……」

 そこまで一気に言って、タンは首をうなだれた。

「タンさんの反省の意は十分伝わりましたので……。さて、周りの鳥たちが、こういう情報を持ってきました。街から人を派遣してきて、本格的に森の動物を懲らしめてやろうということになったそうです。その先兵として、森のほこらを造った者の子孫が現れる、と。それが、先ほどシュウさんの出会った老人だと思われます」

「彼は、人里では森の申し子である狐の像を祀っているという話だったけれど」

 シュウがそう話すのを聞いて、タンは驚いたようにシュウのほうを向いた。が、エミィが息を吸う音で再びそちらを向き直る。

「なるほどそういう口実だったのですね。彼にはあなたの能力を封じる像を彫る能力を持っています。そう言って像を造り、あなたが能力でもって人間に害を与えないようにしたいのでしょうね」

「ふうん……」

 シュウは頭をひねり、先を促す。が、エミィは次の言葉をじっくり考えているようだった。

 心底反省している様子のタンに、耳打ちした。

(君はエミィの言うことを信用しているのかい)

 タンはすぐにうなずいた。シュウはそうだとは思っていた。

「シュウさん」

 ようやく踏ん切りがついたように、エミィは口を開く。それをシュウは制して、

「話はよく聞かせてもらった。まず断っておきたいのは、僕の能力は僕自身にも操り切れないということだ。思わぬ犠牲が出ないとも限らない」

「そ、そうなんですか……」

 エミィの青い顔色は、さらに蒼白になった。

「率直に言って、僕はどちらを信じたらいいのか分からない。人里との関係が悪化しているから君の言うことも一理あるようだけれど、全くのでたらめかもしれない」

「シュウ」

 肩を怒らせて制そうとするタンをシュウは無視して、

「彫刻師の言っていることも、正しい気がする。的を得ているし、話し方からして慣れた感じで嘘をついているようではなかった。けれど、これも完全に信頼できはしない。そして、これはどちらも嘘なのかもしれない」

「……はい、その通りです」

 エミィは悲しげにうなずく。

「率直に言って、どちらを信じるかを今すぐには結論を出せないよ。考える時間をくれないか」

「……シュウさん、さっき私が言いよどんだこと、言わせていただいていいですか」

「どうぞ」

「私は、もちろん知っています。あなたの母親が、人間に殺されたことを。あなたの母親には、とても感謝しています。そして、素晴らしいことをやってのけたあなたの母親を、なんのためらいもなく殺してしまった、という情報も、私の周りの鳥がつかんだものです。あなたはそんな、無慈悲な人間たちを信用するのですか」

「……」

 沈黙が流れた。シュウは俯いて、ムクロジに寄り掛かった。

「帰ってくれないか」

「分かりました、引き下がりましょう。もし私を信用してくださるなら、明日の真夜中に近くの鳥をつかまえて、エミィと話がしたいと申しつけてください」

「……」

 シュウは返事をする代わりに、エミィに背を向けた。エミィはしばらく佇立したのち、おもむろに羽音を立てて去っていった。

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