ミルキーウェイ

榊優人

第1話 ミルキーウェイ

 その流れはまるで運河だった。白くドロドロとした液体は、そびえたつ摩天楼の頂上から溢れ、人々の行く道を我が物顔で乗っ取り、広がり、いつのまにか河と化していたのだった。

「ああ、ミルキーウェイだ……」

 キリオが呟く。誰に向かって言ったのか、もしくは独り言なのか、定かではない。しかしとにかくキリオの言うように、この白くドロドロとした得体の知れない液体の流れがミルキーウェイなのだと、巷では盛んに噂されている。


 ミルキーウェイがどこへ続くか、誰も知らない。ただ高いところから低いところへと、成り行き任せで流れていくだけだ。白いドロドロは地面をえぐり、石を削り、草を押し流して進んだ。人知れず道を作り、いつしかミルキーウェイとなっていた。

「これがミルキーウェイか」

 ジョンが呟いた。そう、これがミルキーウェイだ。


 ミルキーウェイがまだ小さかったころ、キムは病室の窓から、摩天楼がぶるぶると震えながら大きくなる様を眺めていた。

 摩天楼は生き物だった。柳のようにしなったかと思えば、前触れもなく急に大きくまっすぐになった。膨れ上がると、まるで懺悔でもするように、苦しそうに大きく唸った。膨張し体積を3倍ほどに大きくすると、天に向かって叫ぶように伸びを繰り返した。やがて限界に達するのか、一瞬動きを止めたかと思うと、次の瞬間には決まって痙攣しながら、爬虫類のような丸みを帯びた頭のてっぺんから、白いドロドロとした液体を吐き出している。


 一体摩天楼が何なのか、誰も知らない。分かっているのは摩天楼が生き物であるということだけだ。触れば温かく、まるで人肌のように柔らかい。昔、とある学者が、摩天楼はいつも同じような温度であることから鳥類または哺乳類であり、子をもうけることもあるだろうと、学会で発表した。しかし今日では、摩天楼には羽が生えていないことから鳥類ではなく、おそらく哺乳類だろうという見方が一般的である。

 摩天楼が哺乳類であるということは、とりも直さず、摩天楼には乳があるということに他ならない。しかし摩天楼にはどこにも乳のようなものは見当たらなかった。この事実は大いに学会を賑わせ、摩天楼の秘密を探るべく、調査隊が組織された。


 調査隊のリーダーは、セブンである。運動神経がよく、誰よりも走るのが早い。頭もよく、生物の知識に関しては誰にも負けない。テストはいつも100点だ。

 そして副リーダーは、なんとキリオの従兄・ヒロトだ。キリオの従兄・ヒロトの特技はクイズ。「高学歴の良いところは頭が良いところだ」が口癖の、社会学部卒の独身である。

 その他70,000,000名のメンバーからなる摩天楼調査隊であるが、彼らが摩天楼を調査してから半年、ある重大な事実が分かった。

 摩天楼には、確実に姿を消す瞬間があるのだ。今までは目に見えなくなるほど小さくなっただけだと思われていたが、違った。摩天楼の存在自体がどこかに消えてなくなるのだ。そして、またいつの間にか地面からもっこりと現れるのである。

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