可憐に舞い踊るは君と花
翠恋 暁
第1話
それは忘れちゃいけないもの、忘れたくないもの……のはずなのにいつもそれ以上のことは思い出せない。
ただただ忘れているという事実のみが、中身がないまま俺の前に転がっている。
モヤモヤとした気持ちは晴れることなく、それでも夢は覚め日は昇り朝はやってくる。
「……清々しいほどに晴れてやがるな」
ポロリとこぼれる
俺の心のうちとは真逆、雲ひとつない晴天の空が窓ガラスには広がっている。
「にぃ、起きた?」
「あぁ……」
返事をするよりも早く部屋の扉が開け放たれる。内開きの扉は勢いよく開き風を起こし妹の黒髪がそれでなびく。
ヒーローの登場シーンのごとく仁王立ちしている妹が若干かっこいいと思ってしまったのは仕方がない……のだが妹の手に握られてるものを見て困惑する。
「なぁ、妹よ。その手に握っているの懐中電灯か?」
というかどこからどう見てもそうとしか見えない。
確かにそれは懐中電灯以外の何物でもないはずなのに……うちの懐中電灯ってあんなに黒光りしてたっけ? あんなに禍々しかったっけ?
「にぃ、寝ぼけてるの? これが懐中電灯以外に見えるんだったら病院送りにするんだよ」
分かったから、懐中電灯を手でペシペシ叩くのは辞めて、お兄ちゃん怖いよ。
「……いや、まぁ分かった。それで、なんで懐中電灯なんだ?」
いくらなんでも懐中電灯で叩き起すなんてことは無いよな。懐中電灯だって立派な武器ですよ、殺そうと思えば人だって殺せるんですよマイシスター。
「懐中電灯ですることと言えばひとつ、叩……ライトで目を焼く、つもりだった?」
「今、叩き起すと言いかけてたのよな、しかも何、その懐中電灯目を焼けるの?」
なんで朝から俺の目が焼かれなきゃいけないんだ。文字通り目玉焼きじゃないか。いや、何もうまくないよ。ふたつの意味でうまくないよ。
いやそもそも目を焼ける懐中電灯ってなんなの? それは確実に市場に出回ってないよね。
はぁ、なんで自分でノリツッコミしてんだろ。疲れてるのかな……。
「冗談です、ただの懐中電灯です。とりあえず、にぃは起きたので私のやることの1つは無事終わりました。朝ごはん出来てますよ。顔を洗ってからどうぞ」
本当に無事に終わってよかったよ。安堵の息がこぼれる。
こんなやり取りが毎朝のこと。
今、この家には俺と妹しかいない。
両親が旅行中とか単身赴任とかではなく、正真正銘俺たち2人しかいのだ。
もう、5年も前になるのだろうか。俺が小学6年、妹が小学4年の時。両親は交通事故で呆気なく死んだ。
その後は親戚の支援を受けながらこの一軒家で2人暮らしているのだ。俺は寂しいと感じたことは無いが妹はどうなのだろうか。やはりこの家に2人だけというのは寂しいのだろうか。
「にぃ、冷めてしまいますよ。早く顔を洗ってください」
「はいはい……」
欠伸を噛み殺しながら洗面所へと向かう。
顔を洗いながらふと考える。朝食はなんだろうか、と。案外これが楽しみなのだ。妹の作る朝食は毎日違う。よくこんなにバラエティー豊富だなと毎朝思う。
当然2人しか居ないのだから家事も2人でやらなければならないのだ、朝と昼は妹、夜は俺。洗濯掃除は交互に、そんな感じで分担している。
「大変、なんだよなぁ……メニューが被らないようにするの」
しかもバランスよくしなければいけないし、食材も確認しておかないとだし。今日もやることはいっぱいだ。
「にぃ、冷めます。急いで」
だいぶというかかなり急かされながら食卓につく。
「今日もまた豪華だな」
「いえ、家にあるものだけで作ったので豪華とは言い難いと思います」
2人で声と手を合わせ、早速食べ始める。
「うん、美味しいよ。いつもありがと」
そのまま頭を撫でたかったのだが「そうですか……」と、そう言ってそっぽを向いてしまう。その顔は若干赤みを帯びていた。
「……なぁ、
つい、さっき思っていたことが口から出ていた。
「なんですか、藪から棒に……でも、そうですね、やはり少し寂しいですかね」
どこか遠くを見るようにそう呟く。
「そう、だよな……悪い、変なこと聞いた」
「……も、私はにぃがいてくれれば、大丈夫……」
思わず頬が緩んでしまった。
「嬉しいこと言ってくれるよ」
そうして2人だけの食卓には笑い声がこだまする。
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