第15話 ボスの登場

 彼女はその言葉を信じて現場をセランに任し、酒場から脱出する。一度決めた以上はもう後ろは振り向かなかった。男共の怒号と銃声が鳴り響く中、アレサは安全な場所に向かってひた走る。


 けれど、そう簡単にマフィアが見逃してくれるはずもなく、気がつくと目の前には道を塞ぐマフィアからの刺客らしき大男。

 そいつは大きな剣を突き出して、彼女の動きを止める。


「逃げられると思ってるのかぁ?」

「ああ、お前1人ならな!」

「舐めるな!」


 酒場とは違い、敵は手練とは言え大男唯一人。先に挑発して激高させておいたので、その動きは隙だらけだった。その大振りな切っ先を紙一重で避けると、彼女は素早く回り込んで男が剣を握っている拳を刃の背で強く叩いた。


「いてぇっ!」


 男の叫び声と供に剣が宙を飛ぶ。それが地面に落ち、道端に金属音が響いた。次に彼女は丸腰の男の腕を掴んで、強引に引っ張ってそのまま地面に押し倒す。この時に掴んだ腕を背中側に回して、動きを封じる事も忘れない。実にあっけない幕切れだった。


「お前、強いな……」


 男が攻撃出来なくなった時点で勝負は決したものの、念のためにとアレサは後頭部に向かって手刀を打つ。この一撃で男は気を失った。

 どうやらアレサをマークしていたのはこの男だけだったようで、その後は難なく表通りまで逃げ切る事が出来た。


 全然追手がやってこなかった事を逆に不安に感じた彼女は、もう一度例の酒場に戻ってみる事にする。それは、あの場に残したセランが心配になったと言う事でもあった。


 警戒しながら歩いていくと、あんな大騒ぎがあったのが嘘みたいに裏通りは静まり返っている。マフィアを怒らせて周囲を怯えてしまったのか、通りを歩く人影も全く見当たらない。

 不気味な静寂の中で酒場に戻ると、店内は中で大きな爆弾でも爆発したのかと思うくらいに破壊され尽くしていた。


「おいおい、一体何だこりゃ。どれだけ暴れたらこんな……」


 おしゃれだった酒場のあまりの破壊のされように、流石のアレサもつい独り言をこぼしてしまう。見れば、どの椅子もテーブルも全く原型を留めていない。

 これだけの破壊をし尽くした原因の男達も、既に店内には1人も残ってはいなかった。


 不気味な静寂の支配する中、アレサはいなくなってしまったセランの痕跡を探す。ここにいないと言う事は、既にどこかに連れ去られてしまったのだろう。生きているのか、死体になってしまったのか――。

 彼女は、改めてマフィアの恐ろしさを痛感する。


 そうして、比較的無事だったカウンターを調べていたその時だった。アレサは誰かに当てたらしいメモを発見する。すぐに自分宛てだと気付いた彼女は、そのメモを手に取って中身を確認した。


 男を返して欲しければ――



 メモはあの時集まっていた荒くれの1人が書いたものなのだろう。とても判別の難しい乱雑な文字でアレサの欲しがっていた情報、セランの事について書かれていた。

 あの後、彼は健闘むなしく捕まってしまい、とある場所に捕まっている事。助けたければ1人で来る事。朝までに来なければセランの命はない。そんな悪党のお約束な取引の条件がメモに羅列されていた。


 彼女は別に彼を助ける義理はない。とは言え、少し前に共闘した縁もあり、無視出来ない存在へと変わっていた。

 罠だと分かっていても行かなければいけない時もある。彼女は意を決してメモに書かれていた場所へと向かった。そこは裏通りの更に外れに位置する朽ちた教会。


 もはや信仰は失われ、まるで人の業を象徴しているようなその建物の扉を、アレサは躊躇なく両手で押し開ける。寂しい雰囲気の礼拝堂には、彼女を待っていたかのように1人の身なりのいい男が立っていた。


「来たかね」

「誰だ?」

「君達が捕らえたがっている本人だよ。酒場での大立ち回りの話を聞いてね。顔が見たくなった」


 その男は何とマフィアのボスだった。ボスはパッと見どこかの貴族かと思うくらい気品に溢れていて、賞金首のポスターの似顔絵とは似ても似つかない。高級そうなスーツを当然のように着こなし、知性あふれるその顔立ちからはどことなく大学教授のような雰囲気すら感じさせた。

 その第一印象から言っても、アレサは目の前の紳士がその言葉度通りの人物とは到底思えない。


「本当に、あんたがマフィアのボスなのか?」

「君は神を信じるかな?」

「は?」


 ボスは質問には答えず、別の話を持ちかけてきた。この場所に相応しい神についての質問だ。彼女は自分の問いかけをスルーされて一瞬戸惑った。


「答えられないのかね?」

「お、俺は自分だけを信じてる……」

「ほう、いい答えだ」

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