第一章 7話

窓越しに見える朝日が、私達を包んでいる。カタカタと台車が揺れ、4足の蹄の音が軽快に鳴る。


普段でも見られない光景である。馬車に軍人が座っているようすを亜米利谷にでも見られたら馬鹿にされるほかないだろう。

時々ぐらりと揺れる車体は、低血圧の私の体力を少しずつ奪っていった。

「あ、見てあそこ!熊がいるよ!」

ふと、セザンヌが小さな窓から身を乗り出すように遠くの方の森を指差した。

包帯が巻かれていない右目でしか景色を見ることが出来ず、且どっと疲れている私に、早くみて!とでも言うかのやように急かしている。ぼんやりとした視界で、ユージラがセザンヌの側で身を乗り出した。

「…甘い匂いにつられて、やってきたのかな?」

「うん、そうかもね!」


二人は楽しそうに仲良く会話をしている。お願いだから、頼むから、静かにしていてくれ...


馬車がスペア国の敷地内に入るや否や、音楽団のラッパの音が響き渡り華やかな景気に身を包まれた。立ち並ぶ煉瓦造の家、絡まる蔦、笑う人々。何より、舞う花びらが美しい


少し街から離れた場所で、馬車から降りると、方向を変えどこかへ行ってしまった。

…今だけは、亜米利谷の技術を羨む。

鉄と硬い何かで作られた乗り物で、横に寝転べるほどの広さがあるらしい。

我が国にもう少し科学への関心があればいいのだが…,


「ボル、大丈夫?」

普段から見慣れてる光景のはずだが、セザンヌからその言葉を掛けられるということは、今の私は相当ヤバいのだろう。

「早朝の馬車に乗るのは、誰だって嫌でしょ... 」頭を上げ大きな欠伸をひとつし、街を見下ろした。



スペア国の朝は早い。

娯楽を嫌うシルク国王は、国民の生活リズムを一変し、朝の国と呼ばれるほどにしてしまったのだ。そのためか、灯りは朝早くに点き、夜早くに消える。バーのような店は二年前から姿を見せなくなった。


夜の仕事なら容易いものだったが、朝というのは専門外だ。第一、我々軍人が朝に仕事をするなどほとんどない。…ただ、セザンヌとユージラに頼る訳にもいかない。

貸しでも作ったら、どうなることやら... 。


「ほら、朝食にしましょう?」スカートをヒラリと浮かせ、ユージラは軍靴をかろやかに鳴らしながら先頭を歩き始める。

それに続きセザンヌも、袖丈まである分厚めの動きづらそうな軍服をも感じさせぬ勢いで後をついて行く。


街の人々は軍隊に対し会釈などをする習慣がある。誉れと栄光を称えるためだ。


しかし、私達を見ても、会釈をされることなどほとんどない。




軍服をまとった少女など、ただの仮装した幼女にしか見えないのだ。

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