死神さんといっしょにウェイ
吉備糖一郎
死神さんカムヒアー
死神。死を司る神。
携えた大鎌からは逃れる事叶わず、ひとたび彼の者に狙われたなら別の誰かの命を捧げなければ助からないという。
そんな死神だが、ある手順を踏めば実際に召喚する事が可能だという噂が近頃出回っている。実際に手順を載せているサイトもある。
まずは魔法陣。
窓もカーテンも閉め切った部屋の中に模造紙を敷き、インターネットで調べたものを真似して墨で描く。こんなサイズの模造紙を持ち出すのはいつ以来だろう。小学校の夏休みの自由研究だったか。いや、中学の授業でも一度使ったのだったか。
しかしどんな魔法陣が正解なのだろう。画像検索すれば胡散くさいのが出てくるわ出てくるわ。とりあえず例の噂を扱ったサイトのものを拝借させてもらうが、こんなものでいいのだろうか。まあ一度これでやってみて、失敗したらまた考えるか諦めよう。
完成した魔法陣は歪なものだった。楕円と言えなくもない外周、僅かに曲がった中央の五芒星。解像度が足りず読めなかったため適当に誤魔化した文字列。黒魔術師とはさぞ大変な職業なのだろう。
僕の技術ではこの辺りが限界なので諦めて次の作業へ進む。
続いて供物。
魔法陣の中心に大きく描かれた五芒星の頂点それぞれに一つずつ置けばいいのだそうだ。
正面奥から時計回りに薄力粉・バター・砂糖・鶏の卵・ココアパウダー。キッチンに始まりキッチンに終わる供物集めだったがこんな事でいいのだろうか。クッキー作る気満々のラインナップに、今日一日何も入れていない胃が刺激される。
流石に工程を再確認するが、どうも間違っていないらしい。正直間違っていて欲しかった。
まあいい。全然よくないが。
そしてついに召喚実行。最後に何かそれっぽい奇声を上げれば完了らしい。
「キエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェイ‼」
僕は何をやっているのだろう。
終始ピンとこないまま召喚の儀式は終了。切れた息を整えつつ、魔法陣の前で待機する事数分。案の定というか何も起こらなかった。また一つ黒歴史を作ってしまったか……。
ほのかな甘い香りが室内を漂う中、そんな事を思いながら自らの奇行の後始末に取り掛かろうとした時。
微かにと地鳴りのような音がし始めた。それは徐々に大きさを増していく。響き渡る重低音の発生源はどうも今作った魔法陣らしく、自らそれを主張するようにして赤黒く光っていた。
やがてその光もまた強くなり、円の中に留まらず火の粉のように宙を舞っては時折スパークする。いよいよのようだ。
どこからか、暗雲のような黒い粒子が飛来して魔法陣の中央にうっすらと一対の足を形作る。とりあえず足はあるみたいだ。足首・脛・膝――と、下から順に人体らしき影が構築されていくかと思えば、その外側から更に現れた、これまた黒いぼろ布がそれを覆う。
いかにも死神といった装いのようだが、召喚するまでの過程から考えるとむしろその方が違和感がある。実はお菓子好きの美少女だったりしないかと、淡い期待を胸に抱いていたのに。
上半身もつつがなく完成したが、大きなぼろ布がその姿形をまるきり隠匿している。男なのか、女なのか、そもそも人型かどうかも判然としない。
というより、右手に握られているのが大鎌ではなく、庭の手入れに使うような草刈り鎌なのがまた気になる。しかも一目で分かるほど古びているし。
考えている間も死神(仮)の召喚は進み、遂に全身が顕現した。フードから覗く顔は黒く、煙のように輪郭が曖昧だが、それでいて顔だとはっきり認識できる程度には形を留めている。その姿は予想していたよりもずっと、僕のイメージする〝死神〟らしいものだった。
ただ、それだけに右手の草刈り鎌が著しく調和を乱している。いや、僕も死神についてさしたる知識はないから、伝承と違うなんて一概には言い切れないのだけれど。
思考に一区切り付け、目の前の存在に改めて目を向けると、向こうから話し掛けてきた。男性にしては高く、女性にしては低いような声。やはり正体不明だ。
「我が庭園の手入れを妨げたのは汝か?」
本当に庭の手入れをしていたらしい。よく見れば、草刈り鎌に土らしき物が付着している。まさか本当に草を刈るための鎌だとは。
ともあれ、質問されている。僕は草刈り鎌を凝視しながらもそれに答えた。
「……あ、はい、僕です」
「そうか。して、何用だ? 返答によっては……」
そう口にして、死神は鎌を少し持ち上げて見せる。
まず間違いなく、殺すということだろう。
だがそれで構わない。何故なら僕の願いは――
「僕を、殺してください」
場を静寂が包む。死神はこちらを見て何やら思案している。
「えっ、何、殺せって? 怖っ」
そして心底意外そうな声。
「……は?」
再び静寂。
威厳ある口調はどこへやら、間の抜けた顔でこちらを見る。
「あなた死神じゃないんですか?」
「いやいや死神って、汝何言ってんのケヒヒヒッ」
「いや笑い方滅茶苦茶死神っぽいですけど」
「我は単にこういう姿でこういう笑い方なだけなの! っていうか人の事死神呼ばわりとか普通に失礼でしょ。真面目にそういうのよくないと思うよ?」
なんか怒られた。凄まじく釈然としない。
ところで彼――僕は仮にそう呼ぶ事にした――の変な口調については指摘した方が良いのだろうか。中途半端に「我」とか「汝」とか、節々に最初の微妙な名残が残っていてすごく奇抜な感じになっている。
が、今はそんな事より優先すべき質問がいくらでもある。
「死神じゃないなら、じゃあ何なんですか?」
「いやー何って言われても困るよ。よく分かんないし」
分かんないのかよ。
少しばかり間を置いて、彼は続ける。
「でもとりあえず死神ではないよ。住所も地獄じゃないし。近所に真っ赤な池はあるけど」
正体は不明だが、真っ赤な池の付近に住んでいるらしい。そこは本当に地獄じゃないのか。
まあ彼が死神かどうかはともかくとして、殺意がないとするならば辻褄の合わない点がある。
「さっき、返答によっては殺すみたいな事言ってたと思うんですけど」
「なーに言ってんの。我が汝を殺す? んな事ある訳ないじゃん、ウケる」
そう言って、彼はまたケヒヒヒッと不気味に笑う。やはり死神にしか見えない。
「あれは邪魔した罰として我が庭園の草刈りを手伝ってもらうって意味だよ」
「いや、どう頑張ってもそうは取れないと思います」
指摘するも、彼は納得いかない様子だ。
「え~マジ?」
「マジです」
しっかり断言してから、僕はまた一つ疑問を呈する。
「でも、おかしいですね。あなたは巷で死神と呼ばれてますし、実際死神召喚の儀式で出てきましたよ? 確かに胡散くさい儀式ではありましたけど」
まことしやかな噂が囁かれているだけでなく、儀式もちゃんと機能していた。例え間違った噂でも何かそれらしい根拠があるはずだ。
「あー、それはね……」
心当たりがあるのか、彼は遠い目をする。
「あ、先に言っとくけど我全然悪くないからね? 嘘じゃないからね?」
「分かりましたから早く話してください」
「……じゃあいいけど」
怪しむようなニュアンスを含む言葉で、その話は始まった。
なんでもここ最近はウェーイな連中に面白半分で召喚される事が多いのだそうだ。本当に召喚できると思っておらず、パニックを起こした彼らが運悪く勝手に死んでいくケースが重なった事で、死神伝説が広まっていったらしい。
具体例としては、逃げようとして高所から転落したのを、死神が突き落としたとされていたり、集団で逃げる際に本棚が倒れ、一人が押しつぶされたのを死神の仕業とされていたり、召喚直後に関係ない病気で死んだのを死神の呪いとされていたり。酷いものだと犯人の見付かっていない殺人事件を彼の仕業とする噂も流れているらしい。
誰も彼も逃げるのに必死で誰も死の瞬間を目の当たりにしていないだろうから、生き残った人間が死神のせいにしてしまうのは分からないでもない。それにしても尾ひれが付き過ぎだとは思うが。
「全く、温厚な我もウェイの者共にだけは殺意を覚えるね。一部はもう死んでるけど」
呪いや都市伝説の類に信憑性なんてないが、だからと言って無闇に突き回すのは流石に軽率だと思う。といってもこういう考えは創作物のセオリーからくるものなんだろうけれど。案外フィクションというのは役に立つ教訓だ。
ところでウェイの者共ってなんだよ。
「なるほど。まあ直接殺してはいないんですね」
「間接的にも殺してないよ!」
別に全くそんな事を言うつもりはなかったのだが、彼はちょっとナイーブになっているようで過剰反応していた。
「さて、今度は汝の話を聞こうか」
「はぁ」
直立状態のままでいるのに疲れたのか、彼は魔法陣の中央で正座する。限りなく死神っぽい何かが正座している。シュールだ。
「汝、死にたいって言ったね?」
「はい、割と。結構死にたいですね」
「結構死にたいかぁ……なんかシュールな言い回しだねー」
今のあんたにだけは言われたくない。
「もう何でもいいんで、その鎌で殺っちゃってくださいよ。ほらサクッと」
「まあまあまあまあ、まだ何も聞いてないからさ。我、いくらでも相談に乗るよ?」
死神っぽい人――仮に人と言う事にした――に対して人生相談というのもどうなんだろう。まあ、どの道殺してもらうのだからここらで思いをぶちまけておくのもいいか。
僕には友達がいない。夢がない。能力がない。というような話を懇々とした。実際はもっと色々話したのだけれど、要約すればたったそれだけの事だった。
「分っかるなぁ~。いや、我も友達いないんだよね」
失礼ながらなんとなくそんな気はしていた。だって喋り方が変なんだもの。
「2LDKの家で引き籠ってばっかりだよ。外に出るのは趣味のガーデニングの時くらいだし。まあ最近は結構召喚されるんだけどね」
正体は不明だが、とりあえず2LDKの家に住んでいて趣味はガーデニングらしい。
「やだ、殺したくない。むしろ友達になりたい。汝が今後ウェーイな感じになるならまだ殺せる余地があるけど、少なくとも今は無理。汝、死にたければウェーイすべし」
「いや、ウェーイって厳密になんなんですか」
「ウェーイはウェーイだよ。とりあえず、なんかムカつく感じで!」
そんな事を言って、黒くおぼろげな手でサムズアップしながら彼は立ち上がった。帰るつもりだろうか。
「じゃあ、また喚んで。我、普段は割と暇だから特に用とかなくても喚んでいいよー」
もう完全に帰る流れだ。どうあっても僕を殺す気はないらしい。あんなにも死神っぽいのに。
ゆるーい雰囲気の中帰ろうとする彼に僕は一つ訊ねる。
「あの、今更ですけど名前とかないんですか? 呼ぶとき不便なんですけど。……あ、僕は
「おお、内木くんかぁ、汝にピッタリの名前だねー。ケヒヒヒッ」
ピッタリってどういう事だ。
彼はまた不気味に笑うと、自信満々に名乗りを上げる
「我はデスサイズ・ヘルブラッド。死神ではない何かだよ」
「僕としては死神なんじゃないかと思うんですけどね。もう確実に」
逆にその名前で死神じゃなかったら何なの?
しかしデスサイズが僕の言葉をまともに聞くことはなかった。
「いやいや、それはもういいから。じゃあね」
そう言うと、彼は家を出ていこうとする。普通に玄関から。
「あ、帰りは魔法陣使わないんですね」
「いや、召喚したの汝でしょ? 汝が送り返せないなら我も無理」
そうして彼が見せた背中はやはり酷くシュールに映った。
そもそも徒歩で帰れるというのが驚愕の事実だ。
使い魔的なものはなんとなく自分で帰っていくようなイメージがあったけれど、確かにそうして自分の意思で行き来ができるのなら召喚する側の意向はいくらでも無視できてしまう訳で、今日の彼みたく庭の手入れを邪魔される事はあり得ないはずなのだ。
それを踏まえて考えると、彼はこれまでも理不尽に喚び出されて苦労していたのかもしれない。
僕は少しだけ申し訳なく思った。
それにしても、ウェーイか……。
ウェーイにはなりたくないな。死にたい。
でもしばらくは死ねなくなってしまった。死神が帰ってしまったから。
僕はデスサイズの召喚に使った片栗粉や砂糖なんかが入っていた皿を片付けながら、そんな事を思った。
死神さんといっしょにウェイ 吉備糖一郎 @idenashishiragu
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