便意の子
矢張 逸
生まれ変わったら都会のイケメン男子になりたい。もちろん普通の。
俺の名は
……あー、いや、違うな。訂正しよう。俺は普通ではない。なぜなら、俺は幼い頃からとある『呪い』を背負っているからだ。
まぁとりあえず________なんも考えずに、少しだけ話を聞いてもらえるだろうか。
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あれは小学2年生の頃だったか。
俺のクラスの女の子が授業中にトイレに行ったことがあった。それも、大のほう。
でその時、小学生なんてみんなバカだから、俺も回りも一斉に囃し立てたわけだ。
『やーい、うんちおんな!』
『うわ、くせー! こっちくんなー!』
『おまえのかーちゃんうーんち!』
……正直全く覚えていないが、たぶんこんな感じだろう。小学生だし。
まぁ正確な文言は覚えていないが、俺たちの言葉でその女の子が最終的に泣いてしまったのは確かに覚えている。
当時はそれで先生に怒られたりしたのだろうが、しかしそこは今はさして問題ではない。
________バチがあたったのだろう。異変に気づいたのは翌日のことであった。
友達と外で遊んでいるとき、そのうちの一人であった桜田くんが『トイレにいってくる』と言ったので、俺は『あー! おまえもうんちおとこだー!(推測)』と言いながら、桜田くんのことを小突いた。
するとどうだろう。俺は体全体がすうっと吸い込まれるような感覚がしたあと、猛烈な便意に襲われ________
……その後は思い出したくもない。しかしあえて話すのであれば、俺は漏らした。だが、それは実際は俺じゃなかった。
はじめての体験だったし、いきなりだったから肛門の制御がうまく出来なかったのかもしれない。だが結果として、俺は友達を一人失い、桜田くんは終世"うんこ漏らし"の汚名を授かることとなった。
……そして俺は自分の持つ"能力"について知り、この事件を"桜田肛門外の変"と名付け、己への戒めとした。
二度と、同じ悲劇を繰り返さぬように。
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場面は"現在"に移り。
「結局俺の能力ってのは、『うんこしたがっている人に触れてしまうと、俺と対象の体が強制的に入れ替わり、俺が代わりにうんこをするまで戻れない』っていう、まさに糞食らえなものだったんだよな」
俺は一人、デカデカとそう呟いた。
いやまぁ、ここは通学途中の満員電車の中なので、端から見れば明らかにヤバイ奴なんだけど。
でもこうやっていろいろと思い出してみると、感慨深くなってしまうのも仕方あるまい。
あれ以降俺はいくつもの便意の限界を経験し、そして合計戦績は99勝1敗。"桜田肛門外の変"以降無敗である。
顔が良いわけでもなく、成績も
いまや『他人の便意の解消』は俺の生きる意味と言えるだろう。神に感謝。
……それはともかく、なにも俺は本当にヤバイ奴というわけではないので、電車内でデカイ独り言をしたのもちゃんと理由がある。
それは、
「……っ。…………!」
「……」
「うぅッ……(ギリっ)」
それは、俺の目の前でうずくまって、歯を食い縛りながら必死に何かを耐えている女の子。
年は俺と同じぐらいだろうか。顔はよく見えないが、しかしそのJKの状態が尋常ではないのは明らかであった。
(この症状……数多の修羅場を乗り越え修得せし我が『便意眼』によれば、間違いなく彼女はうんこを我慢している……。それも……尋常でないほどに……!)
……俺ならば彼女を救うことができる。が、手を伸ばそうとも、もし俺の勘違いだったら________ただの体調不良だったら________そんな考えがよぎり、思うように動けない。だから、俺のデカイ独り言に対する反応で確信を得たかったのだが……
(聞こえていない。……いや、それはそうか)
食欲、性欲、睡眠欲……。いわゆる"三大欲求"といわれるこれらよりも、なにを差し置いても優先される欲求……それが『排泄欲』である。早い話、目の前にタイプの異性の裸体があろうと、人はトイレを優先する。
それを、目の前の少女は無理やり抑制しようというのだ。すべての神経はそのために使われ、俺のひとりごとなど届くはずもない。
……それを、この俺が一瞬でも忘れたというのか。
(……! そうだ、うんこを我慢……。必要に駆られ、その偉業を為そうとする人間を動かすのは)
________"心"からの言葉だけだ!
「君!」
「……っ!?」
思いきって声をかけると、JKはしんどそうな顔でこちらを見上げてくる。
「君は……トイレを我慢しているのか?」
「っ、なんですかいきなり……」
「もしそうなら……力になれる。君が百勝目になれる!」
俺は"心"からの言葉をぶつける。
それは、きっと必死でトイレを我慢している彼女にも通じるだろうから_________
「……! すみません、いまは喋らせないでくださいっ」
「いや、ならばこそ教えてくれ!」
「……っ」
「はやく!」
だが、彼女はしかめ面のまま、ついに押し黙ってしまう。なにがいけなかったというのか。
……次の駅まではまだ少しかかる。俺が助けないと大惨事が起きる可能性が非常に高い______
「君っ、頼むから______」
「っ、もうやめて!! ________今から漏らすよ!?」
「!! その言葉が聞きたかった!」
やっとのことで言質をとり、俺は即座に手を伸ばした。
「え? なに!?」
全身が吸い込まれるような感覚……そして。
(……ン、ヌォォォオオオオ!!! こ、これは……想定以上……!!!!)
いまや俺の生き甲斐、おかえり便意。
しかし……この便意はレベル"
(このJK、あのままだったら本当にあと数秒のところで……!)
そう思うとゾッとせずにはいられない。
だが、間一髪。そう、俺が間に合った。
この排便の"プロ"である俺であれば、この状態からでも10分ならいけるだろう。
……それより。
「え!? これ、どういうこと!?!?」
目の前で、俺が驚きの声をあげている。まぁ無理もない、便意がひいたと思ったら目の前に自分がいるんだからな。
だが……説明をする余裕はない。今の俺は"全集中"。全てを便意の抑制に費やさなくてはならないのだから。
さてしばらくして電車が駅に止まり、扉が開くと同時にすぐさま俺はホームに躍り出る。もちろん俺の体インJKを連れて。
「ねぇちょっと! これ、もしかして私たち________」
「……ッ、君の、そぉーぞぉーどぉーりだよ!」
走りながら必死にそういったせいで、声が上擦ってしまう。
「……入れ替わってる!?」
「あァ! ちょ静かに!」
さすがに受け答えする余裕はない!
……俺たちが降りた駅はそこそこ大きく、どこにトイレがあるのかすぐにはわからない。
だが。
(
そう、俺は"プロ"。こんな状況何度も経験してきた。
というか、99勝のうち大半は電車内での出来事である。こんな程度、失敗する方がおかしい!
(見えた!!!!)
数多の経験からトイレの場所を最速で割り出し、そしてそこへ一直線に向かう。もはや勝利は必然。
が……。
「嘘、だろ……?」
そこにあったのは無慈悲。個室の前に3人も並んでいるという
「ハァ、ハァ……私の体が早い……! ねぇ、ちょっと……!?」
息を切らせながら遅れて来た俺インJK。だが彼女も状況を把握したのか、顔を青く染める。
「ここはだめだ、別のところいくぞ!!」
俺はそう叫び、別のトイレを探してダッシュする。
(まずいまずいまずい漏れる漏れる漏れる!!)
……人間の公感神経というのは厄介なもので、トイレから離れているときはまだ良いものの、トイレに近づくと途端に排泄欲がMAXにまで上昇するのだ。
外にいるときは平気だったのに家が見えると途端に小便をしたくなる、そんな経験はないだろうか?
(……俺も未熟、ということか)
完全に勝ちを確信していた。だが、これは命懸けの勝負。失敗すればこの体は社会的に死ぬということを忘れていた。忘れて、緩んで、勝利の余韻に浸ろうとしていた。
因果応報、俺のティアマト彗星はグンッと加速し、残り時間は1分あるかないか。
(ないか……? ないのか……!?)
必死に別のトイレを探すが、判断力も奪われたこの状況では、もはや見つかるものも見つからない。
(残り時間、20秒、19……)
"死"を覚悟した、その時だった。
「わたしィーーーー!! あれェ!!!!」
「……!?」
in JKが叫んでいるのが聞こえ、思わず足を止めてそちらを見ると。
「あれェーーーー!!!!!!」
彼女が必死に指差す先には、トイレ。
見たところ、人はいない。
「でかしたァ!!!!」
もう、なりふり構ってはいられない……!ゴールがそこにあるのだから、動け、足________!
「あっ、そこ改札……」
「うおおおおおお!!!!(バキィ!)」
「あっ……」
なりふり構ってはいられない……!!
それよりも、トイレ、トイレ、トイレェェエエエエエエエエァアアアアアアアーーーーーー!!!!!!!!!!
「えちょっ、そっちは!」……
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「ミッション、コンプリート……」
今回ばかりは危なかった。スカートを下ろすのに必死になって少々やぶいたかもしれないが、それぐらいは勘弁してほしい。俺が守ったものはそれに代えられないぐらい、大切な物なのだから。
入れ替わりは、排泄の寸前で終了する。便器には座れたはずだし、成功は確実にしたはずだ。
「フッ……。名前は、名乗らないでおくよ」
なにも俺は恩を売りたい訳じゃあない。だから、このまま俺は静かにこの場を去ることにしよう________
そんな時だった。
「ちょっと!」
「……え?」
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「えーと、そちらの女の子が改札を破壊、そのまま奇声を上げながら男子トイレへ突入。男の子の方がお友だち、と」
「はは、ははははは……」
「いや、なんつーか……仕方がなかった、すまん」
ここは駅前の交番。俺とJKは絶賛取り締まり中である。
いや、でも男子トイレ入っちゃったのはごめんなさい。
「君が改札を突破したときの『渾沌に呻くゴア・マガラ』みたいな表情を察するに、ただ事ではなかったんだろうけどねぇ……。さすがにあんな騒ぎにした以上、女の子のほうの親御さんや学校には連絡するよ」
「はっははははは……」
(なんっ……のゴアマガラ?)
おっさんというのはすぐにズレた発言をぶっこんでくるからいただけない。
……まぁそれはともかく、学校に連絡が行くのは痛いものの、賠償とかは無さそうでよかった。かなり寛容な対応と言えるのではないだろうか。
これで今回は俺もJKもハッピーに終わった……ハズ。
うん! なにも問題はないな!
「じゃ、僕はこの件に関しては直接的には無関係ということで、お先に……」
「いや待って」
「いたたたたたたちょJKさん、耳つまむのやめて」
さすがにこんな途中退散は通らなかったらしい。まぁどっちにしろ遅刻なので関係ない、というかJKさんそろそろはなしてぃいたたたたた! 痛いです!
「なにその"JK"って呼び方。私には"
「あーはい自己紹介ありがとう、とりあえずマジで痛いから離してくれ?」
「じゃあ______」
と、四葉が何かを言いかけた、その時だった。
パン、パンと警察のおっさんが手を叩き、
「はぁい喧嘩はそこまで。そっちの女の子は四宮四葉っていうんだね?」
「……そうです」
おっさんの言葉に、四葉は渋々といった感じでそう答えた。
「なるほどなるほど……じゃあ」
納得したようにおっさんはうなずきながら、今度は俺に視線を向ける。
「一応君の方にも聞いておこうか……」
そしておっさんは、メモ用の紙とインクの切れかけたペンを片手に、俺に問いかけた。
「君の――――名前は?」
便意の子 矢張 逸 @yaharihayari
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