ぜ、ん、ま、い、と、あ、た、し
奈須川 周
プロローグ
目は口ほどにものを言う。
この言葉の意味を、自分程身に沁みて知る人間はいない。あたしはそう自負している。
オフホワイトの天井を眺めていた。天井材には無数の穴が空いている。
一つのパネルの一辺が約九〇センチ。計測したわけではないので正確ではないが、たぶんそれくらい。その九〇センチ四方のパネルには、穴が1122個空いている。この部屋の天井にはこのパネルが十六枚あった。計算したら全部で穴は一万七千九百五十二個という結果になった。
そんなしょうもないものを数えて計算する程、あたしは退屈だった。
視界が細かく揺れている。今、ママが足のマッサージをしているからだ。
「爪が伸びてきたわね。後で看護師さんに頼んで切ってもらいましょ」
足元からママの声が届く。じっくり足首の関節を曲げたり、伸ばしたりを繰り返す。それに合わせて天井も上下にぶれる。
「さ、次は左の足ね」とママが反対側の足に移った。視野に入るか入らないかの境界線上で、ママの黄色いTシャツがぼんやりと移動する。
ママに目配せする。瞬きして、サイドテーブルの上に置かれたあいうえおボードを示す。
ママは直ぐに気付いてくれた。阿吽の呼吸というやつなのだ。
「何? 麻奈まなちゃん」
ママがボードをこちらに向け、覗き込んでくる。指が手馴れた速度でボードをなぞる。「あ」から始まって最後の濁点まで。
瞬きで言いたい文字を伝える。「む」「た」「゛」その三点で瞬きした。
ママが息を飲む。
「無駄?」
肯定の意味で一度瞬きした。
「何を言うの? 麻奈ちゃん、無駄じゃないでしょ? 無駄じゃないのよ」
ママはまた一心にマッサージを再開した。
何だか哀れだった。たぶんママはこの後、廊下でこっそり泣くに違いない。
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