本編
これからの記録
それから時間もゆっくりと流れ、気がつくと周りはすっかり暗くなっていた。
「あたしはなんで、こんなとこにいるんだろ……」
「そんなのオレに聞かないでくださいよ」
ヒマリは今、良平といっしょに職員室(だと思わえるところ)で今までの出来事を整理している。あまりにもいろいろありすぎたため、片づけておく必要性を感じたからだ。
ちなみに、あの会議(っぽいもの)が終わってからみんなの動きはこうだった。
ヒマリはもちろん、ここに残ることにした。時々家には戻るけど、基本的にはここにいるつもりだった。そもそもこれを言い出したのは自分だし、それに責任を負わなければならない。ヒマリはそう思っていた。いつか後悔する可能性は極めて高かったが。
雪音は店のこともあるため、いつもここにいるとか、長く居られるわけではない。だが、そこまで客が頻繁にやってくるところでもないため、連絡がなければずっとでもここにいたい、と言っていた。雪音もずいぶんお祭り騒ぎが好きなのだ。その楽しそうな顔を思い出すと、ヒマリはなぜか腹が立つ。ほんとうに、あいつはあの冴えない男、健太郎には入らないのだろうか。
沙絵はもちろん泊まり込むことにした。「こんな経験をするのは生まれて始めてです!!」と、ものすごく喜んでいた。そんなの、ヒマリだって初めての経験である。っていうか、そんな経験をしているやつ、どれくらいいるのかすら謎だった。
刹那もそもそも家出だし、行くところがないのは沙絵と同じである。渋々ではあったが、結局ここで泊まることにしたらしい。あいつとはどうも、気が合いそうになかった。たぶん、向こうもそう思っているはずだ。
で、良平は今、ヒマリの側で作業を手伝っている。そもそも実家暮らし(当然)なのでずっと泊まれないのは当たり前だが、実家が近いので(それもものすごく)たまには夜までいられるということだった。両親は両働きであるため、夜にもいない時が多く、友だちの家で泊まることもわりと多いらしい。こいつは気軽でいいな、とヒマリは少し憧れてしまった。
羽月はもう帰ったためここにいない。たぶん自分の「組織」とやらにいるはずだ。忙しいから頻繁には来られないが、できる限り顔を見せるようにする、と言っていた。ヒマリから見ると、永遠に来てくれなくてもまったくかまわなかったが。
そしてうるさい二人組は、どこかに行ってしまった。本人たちはあくまで潜り込んだだけなので、帰る家はちゃんとあるらしい。とはいえ、この状況にいちばん盛り上がっているのも彼女らで、「なんとかしてもここに泊まり込むから!」と目を輝かせていた。頼むから、そんなことは頑張らないでほしい。どうせ中学生のくせに。
……これくらいでいいのかな。
今までの出来事を書き終えて、ヒマリはようやく一息つく。こう見ると、ほんとうに長い一日だった。今から24時間くらい前にこんなことが起きるって、過去に自分に教えたら、たぶん絶対に信じない。そもそも、今この時間にいるヒマリすら、あまり信じたくない現実だった。
ここまで書いてから、ヒマリは、ひょっとしたらさっきの、みんなが一堂に集まったあの瞬間はわりとレアだったのかも、と考える。今になってそんなこと思ってもあまり意味はないが。
それはともかくとして、ヒマリは良平に言っておくべきことがあった。
「それで、あんたにお願いしたいことだけど」
「今度はなんすか?」
「趣味とは言え小説書いてるし、これからあんたが今までの出来事を書き起こしなさい。あとであたしも手伝うから」
「オレがそんなのやっていいんですかね」
「ここの中だとあんたが適任でしょ? 別に、読むのはあたしたちだけだろうし、何の問題もないわ。おかしなところがあったら、みんなで直せばいいのよ」
ヒマリだって、今、自分が無茶なことを言っているのはよくわかっていた。だが、これはどうしても良平に頼んでおきたい。残りの構成員たちには、どうも(物事を客観的に見られるかどうかという意味で)向いていない仕事だと思われたからだ。 こいつなら趣味だとは言え文章を書くこともそれなりに慣れているのだろうし、あまりそういう経験がないヒマリよりは信頼できる。
どうせ誰でも読み返せるわけだ。間違ったところや、足りないところは後にでもそれぞれの判断でなんとかすればいい。今度はさすがに見本があるべきだと考えたため、時間をかけてヒマリ自身がなんとか書き終えたけれど。
やっぱり、今はあまりにも珍しい状況だし、資料として、そしてもしもの時のために、何が起きたのかくらいはきちんと書いておかないといけない、とヒマリは思った。今は面倒くさいかもしれないが、いつかこの記録が、ヒマリたちの助けになるかもしれない。今はあまり実感が沸かないが。
まあ、文章は少々つたないものになるだろうけど、これは仕方がない。いちばん重要なことは、自分たちにとってわかりやすいかとうかだし、ここは割り切ったほうがいいだろう。
ヒマリがそんなことを思っていたら、良平がちょっと戸惑ってから、こんなことを聞いてきた。
「そういや質問ですけど、ヒマリさんって高校には行かなかったっスか?」
「ずいぶんズバズバとそんなことを聞いてくるわね、あんたも」
「あ、すいません。雪音さんがそう話していたのを聞いて、つい」
良平は申し訳無さそうな顔で頭をかく。少し言ってみただけで責める気持ちはあまりなかったため、ヒマリはあっさりと答えた。
「まあ、そうね」
「なんか理由でも……」
「別に大した理由じゃないわ。ただ、ちょっと考えてただけ」
「何をです?」
「自分のことね」
だから、ヒマリはそう答える。いつか雪音に聞かれた時と同じ答えを。
「どうせズレてるんだし、ちょっと早くても問題ないでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます