第13話 乗り切れ 期末テスト 〜その3〜


週明けの登校日。

ついに今日は期末テスト初日である。


学校に向かいながら、ぼくは素直に絶望していた。




先週行われた姉帯さんと新妻さんとのお勉強会。

ファミレスでも自宅でも、しっかりと集中していたのだ。していたのだか、ハプニングのせいで勉強会で覚えている事はふたりのパンツの色だけ、という我ながらサイテーの結果になっていた。


派手なギャルのおふたりと勉強なんて、ぼくにはやっぱり刺激が強すぎたみたい。



それでも、やるしかない、やるしかないんだ!


先週、期末テストについて先生が言っていた言葉が耳に残っている。


「期末で、赤点あったら夏休みに補習するからな~。教科によっては、1日みっちりやるって言ってた先生もいたなぁ。ま、休みに学校来て勉強したくないなら頑張れ。」


赤点をとったら休み中に補習だなんて、できれば避けたい。

せっかくの夏休みにまで勉強だなんて…。

考えただけで憂鬱になりそうだった。


週末はなんとか一人で勉強を頑張った。自分を信じるしかない。






「私、イケる気がする。あの勉強会のおかげで、これまでにないくらい自信ある!」


教室では姉帯さんが、新妻さんに向かって自信満々に語っていた。

ぼくの席に座り、うんうんと優しい目で姉帯さんの話を聞く新妻さん。仏のようだ。


「おはよう、ふたりとも。姉帯さんは調子よさそうだね。」

「おっはよ~ 先週の勉強会のおかでね!自信だっぷりよ!」


優しい顔の新妻さんと目が合う、ちょいちょいと手招きされたので新妻さんの方へ寄っていくと、そのまま抱っこされるように新妻さんの膝の上に座らせてくれた。



す、すごく太ももが柔らかいんだけど、恥ずかしいです。


ぼくを膝に乗せたまま新妻さんは話始める。悟りを開いたように穏やかだった。


「明日香はね、いつもああなの。直前になると妙な自信がわいてきちゃってね。たぶん、あの言い方だと勉強会でやっただけで、週末は勉強してないかも。」

「ええ⁉ それだと結構危ない気がするんだけど。」

「うん、でも あの純粋な自信に満ちた感じ、否定するのが可哀そうで…。」

「そ、それは確かに…。」


自信に満ちた姉帯さんはキラキラした目をして、いい点が取れると微塵も疑っていないようだ。

その姿を見てると、確かに何も言えなくなる。


「新妻さんは?テスト、自信ある?」

「私はね、無心になって気付いたの。そう、あるがままの私でいいって気付いたの。」

「そ、そっか…。」


ダメそうである。



「弟月くんはどう?やっぱり勉強会のおかげで自信あり?」グイッと姉帯さんが寄ってくる。

「ぼくは、正直自信ないかな。ていうか段々緊張してきたぁ。ヤバい、いろいろ忘れそう。」


夏休みの自由がかかった大勝負、よくよく考えるとかなり緊張していた。

意識してしまうと、もうダメだ。

なんだかドンドンと覚えたものが抜けていくような感覚になってくる。


「うわぁ どうしよ、これ。」

「あ、お姉さんいいこと知ってるよ、緊張をとくおまじない!」

「え?そんなのあるの?」

「うんうん!ちょっと手貸してね。」


そう言うと姉帯さんは、ぼくの掌に自分の指で何か書き始めた。


ああ、なるほど、「人」だ。

掌に「人」と書いて舐めると緊張がほぐれるって、確かに聞いたことがある。


でも、ただの気休めかな。なんて考えていると…。



ペロッ


掌に何か生暖かい感触が這う。

同時にゾクゾクッとする感覚が体中を駆け抜けた。

姉帯さんは「人」の字を書いてそのままぼくの掌を、てのひらを、ペロッて…。


「どう?緊張とけた?」

「は、はい。…テストへの緊張はとけました。」


…違う意味で頭が真っ白になった。




チャイムがなり、先生が入ってくる。


もう後戻りはできない。


「がんばろ!あの勉強会を思い出して!絶対イケるよ!」

「うん、ありのままの私でいいの。」

「やるしかない、ね。」


「楽しい夏休みのため!やるぞー!」

「おー」×2




~1日目~


「……。」モクモク

「……。」モクモク

「……。」モクモク



~2日目~


「……。」モクモク

「……。」モクモク

「……くっ。」


~3日目~


「…う~ん。」モクモク

「……。」シーン

「……。」チーン



~最終日~



「はい、そこまで~。ペン置いて。解答用紙回収して。」


期末テスト最終科目が終了した。

教室の空気が一気に緩む。みんなようやく解放されたのだ。

教室中から「おわった~」「点も終わったー」と自棄になったような声が聞こえてくる。


ぼくも今はかなりの解放感で満たされていた。

やっぱり苦手科目はわからないところが多かったけど、なんとか赤点は回避できそうな気がする。

得意科目もそれなりにできた自信はある。


ふぅ、終わった~。

そうだ、姉帯さんと新妻さんはどうかな?

まずは隣の席の姉帯さんを見る…。


「……。」

「…あ、姉帯さん?大丈夫?」

「…う、ぅう。弟月く~ん! 終わった。点数が。」

「ちょ、あんなに自信あったのに?」

「あれは何の根拠もない自信だったのね。お姉さん、補習かもぉ。…慰めて。」


うるんだ瞳で見つめられる。

う、どうすればいいのか、取り合えず以前のように頭をナデナデさせてもらう。


「えへへ~。」なんとか姉帯さんも元気が出たみたい。


「まったく情けないよ明日香。あんなに三人で勉強したのに。」

「おお!新妻さん!その様子だと、できたんだね!」


仏のような悟り顔の新妻さんがやってきた。

テスト前から悟りを開いてたもんな。落ち着いてできたみたいだ。



「……。」

「…新妻さん?」



「わ、私も慰めて。」

「ちょ、ダメだったの⁉ あんなに落ち着いてたのに。」

「うん、もうダメかなって悟ってた。」


初めから負けていたようである。


「結~、どうしよ、赤あるかも。」

「私もだし!ヤッバいよ。」

「まぁでも、なんとかなってるかもよ。点数悪くても赤点ラインさえ超えてれば補習はないから。」

「そ、そうだよね。ラッキーあるかも?」

「記号とかまぐれ当たりしてるかも!」

「返却されるまでわからないから、希望を捨てずにいようよ。」




テストは終わったのだ。あとは返却を待つばかりである。


この返却待ちが一番緊張した。赤点かどうかがかかっている人は特にだろう。

テストが終わった後もハラハラしっぱなしだ。



うちの学校では、解説はそれぞれの授業で行われるが、テストは全教科まとめて返される。

赤点は40点未満だ。


ぼくたちは、一人で見る勇気がないので三人で一斉に見ることにした。


「じゃあ、姉帯さん、新妻さんも せーのっで開くよ。」

「うん…。」

「みんなで見よう。」



「行くよ、せーのっ!」


弟月

現文:85 古文:80 漢文:77 数学Ⅰ:46 数学A:52 英語:44 生物:75 世界史:88 地理:88


姉帯

現文:55 古文:52 漢文:60 数学Ⅰ:90 数学A:95 英語:60 生物:35 世界史:30 地理:40


新妻

現文:50 古文:40 漢文:41 数学Ⅰ:50 数学A:49 英語:91 生物:66 世界史:61 地理:65







「や、やったーーー!弟月くん!やったよ!赤点なし!」

「あ、ちょっと、に、新妻さん⁉」


感極まった新妻さんにギュッと抱きしめられる。

新妻さんの柔らかい感触と甘い匂いに包まれて意識が飛びそうだ。

でも、ぼくも赤点がなくてかなり嬉しい!抱きしめられたままでもいい気がしてきた。


「ぼ、ぼくも大丈夫だった。かなり際どかったけど、勉強会のおかげかな。」

「これで、夏休みは心置きなく遊べるね!よかったよかった…。」

「うん!やったね!新妻さん!よかった…ね。」



抱き合って喜ぶぼくたちは、横から ものすごい負のオーラが出ていることに気づく。




「よ、よかったね。ふたりとも…。お、お姉さんの夏は補習という牢屋に囚われてしまったよ。」


なんかいつもとキャラが違う姉帯さんだった。


「げ、元気だして、姉帯さん!」

「そうだよ、そこまで気にすることじゃないよ。」


「私だけだよ、私だけ。いいなぁ弟月くんと結。きっと私が補習受けてる間も遊んでるんだろうなぁ。ふたりでイチャイチャしてんのかなぁ。夏だもんなぁ。羨ましいなぁ。」


ぼくたちの励ましは完全に裏目に出たようだった。


「新妻さん、ど、どうしよう?」

「これは重症だ。弟月くんがなんとか喜ばせるしかないよ。」

「な、なんとかって言われても…。」




「お姉さんを忘れて、ふたりになった途端に付き合っちゃうんだよ、三人の友情なんてそんなものなのよ。」


どうにかできるのだろうか…。




「ぜったいそうだ!お姉さんのことなんて忘れちゃうんだー…。」チラッチラッ


あ、なんかイケそう。構ってほしそうな姉帯さん、いつもお姉さんっぽいのに…。


「あ、あのぉ姉帯さん?」

「…何ですか、弟月くん。」

「補習の日はぼくも一緒に学校に行くよ。」

「え⁉」

「一緒には補習受けれないと思うけど、終わるまで待ってるから、終わったら一緒にお疲れ様会しようよ。」

「で、でも悪いよ、せっかくの休みなのに…。」






「いいの、ぼくが姉帯さんと一緒にいたいだけだから。ね。」

「お、弟月くん。」




「お姉さんが一生面倒見るから!」ガシッと手を握られる。

「あ、そこまで気にしないで、ね。」

「一生大事にします!誓います!」

「あ、落ち着いてください。」


手を握ったまま、目を閉じた姉帯さんが迫ってくる。



「はい、そこまで~。少しは元気でた?」新妻さんが姉帯さんを引き離した。

「ちぇ~、いいところだったのに。」

「やらせると思った?まぁ私も付いてくから。終わったら三人で遊ぼうよ。」

「うん、ふたりともありがと。」



こうして期末テストは幕を閉じた。

姉帯さんは残念だったけど、ぼくは夏休みもふたりと会う口実ができたことに少しだけ嬉しくも思ってしまう。

夏休みは楽しみだったけど、学校でしか会えない姉帯さんと新妻さんに会えるのか不安はあったから。


前に言っていた海に行くっていう話も本当に実行できるかわからない。

せっかくの夏休み、自分から行動を起こさないと家でダラダラするだけで終わってしまうかもしれない。


高校生になって、初めてできた友達の姉帯さんと新妻さん。

休み中も、もっとふたりと一緒にいたいと思った。

この夏は自分からも勇気をだして、ふたりを遊びに誘ってみよう!



せっかくの夏だからね。


楽しみな夏休みがやってくる。


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