食えやロックスター

八壁ゆかり

おっさんとツクリテ

第1話:三十代半ば男子は「おっさん」なのか

 音楽家、ミュージシャン、シンガー、歌手、バンドマン、アーティスト、あとクリエイター? 

 我が家の若き暴君は、この中のどれで呼んでも怒る。


「俺は、単なる、作り手」


 ツクリテ。はあ。作らない手の俺から見れば全部一緒なんだが、ツクリテは頑固で神経質だ。まだ二十三歳なのにこの頭の固さ、将来が思いやられるね。


「じゃあ表現者ってのは?」


 朝食を一緒に食うのは久々で、爽やかすぎる光が爽やかすぎて逆ギレしたくなるような涼やかな風を運んでくる中、俺は聞いてみた。

「ん、文脈によっては、言えると思う」

 そう言ってツクリテは俺が適当に炒めた野菜と白米を交互に口に運ぶ。

「文脈ねぇ。おまえ、結構神経質だよな」

「おっさんは黙ってろ」

 酷い言い草である。自分的には三十代半ばってまだギリで『おっさん』領域には達していないつもりなんだが、どうせコイツにとっては年上ってだけで『反抗すべき敵』とでも映るのだろう。だってロックはレベルミュージックだ。って、前にツクリテ本人が言っていたし。


「メシ、ありがと。そろそろ行くわ」

「次いつ帰ってくんの?」

「あー、俺の調子次第。正確には、俺の声帯次第」

「ご武運を。あ、じゃあロックスターって呼ばれるのは?」

 すでにドアを半分開けていたツクリテは、俺の方に振り向いてニヤリと笑う。


「論外だね」



 ツクリテがレコーディング・スタジオに去ってから、俺は使った皿を一枚一枚丁寧に洗い、ついでに軽くシンクの掃除もして、先ほど取り替えたばかりのタオルで手を拭く。

 ここトーキョーコンクリートジャングル二十三区内で、この規模の一戸建てで、防音室があって、さらに新宿まで乗り換えナシで行ける利便性の高さ、そしてこれからメジャーデビューとかいう大きな転機を迎えるバンドマン、もといツクリテが払える家賃、は、多分この家だけだ。


 俺はたまたまここにひとりで住んでいて、たまたまツクリテと出会い、彼の境遇と彼の音楽を聞いて、すぐシェアハウスを提案した。あの時のツクリテの、ついこの前まで未成年だった彼の、驚きとか感謝とか、まあそんなような顔を、俺は今も覚えている。


 実際の話、ツクリテの作る音楽は素晴らしいんだ。


 そりゃ、ロックだからうるさいと感じる人がおられるのは想像に難くない。でも、ツクリテの声をよく聴いてみて欲しい。美しいんだよ、あいつの声は。エモーショナル、っていうの? でたらめに叫んでるように聞こえる声も、同時に憂いや色気すら感じさせる。こういうのが才能なんだろうなぁ、と俺は思う。


 一階の掃除を大体終えて、でも二階の自室と書斎まではやる気が起きなかったので、俺は気分転換に散歩に出ることにした。何しろ爽やかすぎてこっちが恥ずかしくなるような朝だ。

 ここから最寄りの駅までは、大体徒歩七分くらい。路地から目抜き通りに出ようとしたんだが、そこで俺は妙なものを発見する。


 女の子だ。


 まだ若くて、未成年かもしれない。

 眩しい爽やかな朝にぽつんと墨が落ちたみたいだった。季節外れのニット帽をかぶっていて、黒いマスクをしているのは花粉症対策か何かか、深い灰色の髪の毛も曇り空のようで、服もモノトーン。だけど、眼だけは違った。その子の瞳は、光り輝いていた。


 何より彼女が妙だったのは、電信柱に身を隠していること。


 さて、どうしたものか。

 こんなおっさんが『何してるの?』なんて聞けば下手すりゃ犯罪だ。でも見ないふりをしてスルーするには、彼女の存在感はでかすぎた。

 もう一歩近づいたら声を掛けよう、と決意して右足を踏み出した次の瞬間、その子は電信柱の影からぴょんと姿を現した。


「あのっ……」


 勢い余ったのか、彼女は声をうわずらせており、同時に俺を観察しているようでもあって。

「あ、すみません、私、ごめんなさい! えーと……」

 その子はやや挙動不審な感じで短い単語をぽろぽろこぼし、マスクを外して帽子もむしるように脱いだ。若く見えるが、未成年、少なくとも高校生ではないことは何となく分かった。そして彼女の頬は紅潮していた。


「そ、そこのお宅に住んでらっしゃる、方、ですか?」


 黒いマニキュアが塗られた細い指が指すのは、紛れもなく俺とツクリテの家。

 ああ、分かった。


「そうだけど、もしかして俺の同居人に用事かな?」


 こんな聞き方をするなんて、俺も底意地が悪いなぁと思ったが、その子の返答は意外なものだった。


「いえ! 貴方です! 少しでいいんで、お話し、できますか?」


 見たかツクリテ、俺はこんなに若い子に逆ナンされるくらいにはイケてるらしいぞ。

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