古代遺跡攻略記

荻雅康一

第1話 異形の城


 この世界には未だ人知未踏地が存在する。世界の果てたる星壁スタンビー山脈の向こう側、『地平樹海』の先、大西海の海の果て――この世界は未知の土地が存在する。

 例えば、ここもそうだ。

 大陸中央部に存在する広大なアルベン荒野という植物の育ちにくい乾燥した地域がある。その中央部には砂海が広がっている。その砂海のさらに中央部に『荒野神殿』が存在していた。


「暑い……」


 空から照りつける日差しは、ただでさえ少ない体の水分を取り上げようとしてくる。辺りは見渡す限りの砂である。地平の先まで砂だらけでまるで生き物が暮らしの見える様子はない。口の中にじゃりじゃりとした砂の感触が気持ちが悪い。腰の帯びた剣などは日差しで熱せられれば、肉をも焼けるほど熱くなり、この砂漠に何度捨てようとお思ったか知れない。砂避け外套にこびりつく砂に苛つきを覚えながら、青年は砂に沈み込む足を上げながら一歩前に進む。砂丘は高く正面の先は見えはしない。しかし、その砂丘の頂点から一人の男が手を振るのが見える。


「ケイル・ターシュベン! 早くしろ!」

「団長! 少しは休みましょうよ!」


 ケイル・ターシュベンと呼ばれた彼は、一団の中で一人遅れていた。彼らの一団はアルベン王国に雇われた傭兵団であった。常は戦場を走り回り、戦いに身を投じる彼らであったが、時たま団長であるアングス・オンディーキによって冒険家の真似事をさせられるのであった。彼の趣味も原因でもあるが、一番の原因は、彼の少し前で今にも倒れそうな様子を見せるアングスの娘にして彼の幼馴染であるレディミア・オンディーキのせいであった。

 彼女は、古代遺物の研究所に務めるエリートであり、古代遺物研究者であった。

 

「レミのやつも死にそうですよ!」

「もう遺跡は見えてる! 早くしろ!」

「はいー……」


 遺跡が見えている、というアングスの言葉に地面の砂しか見つめてなかったレディミアが顔を上げて返事をする。その声は弱々しくとてもアングスに聞こえているとは思えない。ケイルはレディミアの様子を見ながらも自身の重い足を砂に踏み込ませていく。

 それから十数分かけて砂丘を超えるとそれが見えた。

 砂漠の真ん中に木々が茂る。巨大なオアシスの湖の真ん中に真っ黒な石で作られた城であった。それこそがこの砂漠の主にして人を寄せ付けぬ魔城である。『荒野神殿』と一般的に言われ神聖さを持つが、その様相はまるで違う。確かに辛い砂漠の真ん中にあるその城は神秘的にも思えるが、城の形状は歪であり、異形であり、不気味であり、気持ちが悪い。そう言った感想の出てくる代物であった。ケイルはあんなもののために砂漠を越えたのかと落胆する。その隣で先程まで力尽きていたレディミアが飛び跳ねる勢いで喜びの声を上げている。


「ついに、ついに来たぁぁ! ケイル、見なさい! 『殺戮魔城』よ! ついにやった!」


 そうだ、と彼は思い出す。あの城は別名『殺戮魔城』と呼ばれ、侵入した者は生きては帰れぬ悪魔の城であった。その他にも『魔の城門』、『悪夢の源泉』などなど忌々しいほどあの城は嫌な別名を持っていた。城の中には、様々な罠や悪神の手下たる魔獣が跋扈する。そして高さのある白にも見えるが、実際は地下に迷宮のような入り組んだ道が幾重にもあり、それは地獄へ通じているという話さえあった。元は、古代の城であったとされるが、はっきりとした逸話は伝わってはいない。この世界で最も権威ある古代書兼経典とされる聖書ラティンには、悪魔に魂を売った者が世界破滅を唱え、聖獣たる幻獣を捕獲しようとしたため、裁きとして神獣に滅ぼされた国の王都であったとされている。

 なぜそのようなところにやってきたのか、それはレディミアの研究と関係によるものだ。そして、何よりは彼女の仕える王国であるアルベニン王国による命令であった。曰く、「不老不死なる秘薬を持ってこい」とのことであった。勇名果敢たる国家の王も寿命には勝てない。今上の王はアルベニン王国を最大版図にした英雄である。然れども彼は老いた。故の勅命であった。彼は怪しげな術や薬にまで手を出し始めていると城下の街にまで届くほどの乱心ぶりであった。


(にしてもなんで傭兵団に頼むかね……)


 木っ端の研究者をやっている彼女の所にまで研究費と引き換えに危険極まりない命令を出す王に対して、内心怒りを覚えながらも彼はその権威に従うほかなかった。何より、彼女の喜びようはなかったそうだから、父親のアングスも止められなかったに違いなかった。

 この傭兵団は、仮初であった。というより、そもそもとしてアングスが元々率いていた『砂の牛傭兵団』は去年、解散していた。アングスが街の騎士になったからであった。それもこれも娘のレディミアが研究者になったことと関係があった。彼らを解散させ、レディミアを研究者に仕立てたのが、ケイル達を仕えさせる領主その人であったからだ。『砂の牛傭兵団』の大部分は、街の衛視としての職を得ることに成功したのだ。ケイル自身も街の衛視としての仕事をしていた。

 それが、王の命令で一変したのが二月前のことだった。

 王の勅命が領主のもとへ届き、その報せが彼女の耳に届いたのだ。そこからは急転直下の展開であれよあれよと話が決まった。元『砂の牛傭兵団』の仲間を集め、古代遺物調査という名目で騎士となっているアングスが率い『荒野神殿』へと向かっているのであった。

 彼女自身は、父親が率いながら元傭兵団の仲間たちとの旅が楽しいらしく、旅の序盤は上機嫌であった。しかし、慣れぬ旅に鍛えた兵士たちでさえ死人が出かねない砂海の旅が彼女を疲弊させるのに十分であったことは間違いがなかった。



「団長、ありゃあどう超えるんです?」

「ケイル、レミは?」

「あっちで水飲ませてますよ」


 木々が生え揃うところを休憩地として行軍の疲れを癒やしている中でケイルは、団長であるアングスのところへ赴いて声をかけた。忙しくしているようであり、風格も傭兵団のときよりも一層にまして威圧感が出ていたが、その実ただの親バカであることを知っている彼は特に臆せず彼に答える。


「さっき斥候を行かせたら、小舟がまだ生きているそうだ。それを使ってあの島に上陸する」


 ケイルにそれだけ言い残すとアングスはレディミアがいる方へと向かっていった。ケイルは一人残され、肩をすくめる。ため息をついて手持無沙汰にあたりを見渡す。大きなオアシスであった。体感にして彼の知っている最も大きなアルベニア王国の王都並みはあろうという大きさだ。今にでもこの周辺には村ができてもおかしくない大きさだ。けれど、人の住み着いている様子は全くない。水も豊富にあり、巨大な『荒野神殿』を擁してもなお余りある湖ほどの大きさがある。それは辺りの砂だけの世界とは隔絶した空間であった。

 湖の周りには、高木がわずかに林を作り、さらにその周辺には植物が育っている。人はいなくとも植物が元気に茂っているのを見てそのたくましさに感心しながらも、湖の中央に聳える城に気味の悪さを感じる。

 城は湖の真ん中辺りに島があり、その中に城壁を備えながら建っている。レディミアの話によるとあの城のメインは地下であり、表に出てきている部分は、元王都の最上部でしかないようだ。砂と湖の水に沈んでいるが、内部はその影響がないとのことだ。これについては、『荒野神殿』へ侵入を試みた者達の証言からも明らかなようだ。どうして水や砂に埋もれていないかは不明だ。滅ぼした神獣の為せる技だとか、悪神が怪しいだとか、色々言われている。

 当然、それらもレディミアの研究対象の一部だ。


 城の造形は一般的なそれとは一線を画していた。中央には巨大な尖塔が伸びており、その周りにいくつもの同様の尖塔が見える。そして、禍々しい黒と紫に装飾された物は遠目にも歪が伝わった。まるで石造りの城が樹木のように枝は伸ばすように尖塔から伸びているのだ。そしてそれは幾重にも絡まるように建ち、どうしてその形が保たれているのか不思議で仕方がない。城の周囲には、過去が王都であった由来なのか島の外縁部に城壁がぐるりとかこっており、内部の詳細な図はわからない。けれど、その城壁も部分部分は劣化により崩れたのか穴が開いており、堅牢さは見た目にもない。それでも、崩れた城壁が城の内部にある禍々しい瘴気のようなものを封じ込めているように見えた。


 ここに来るまでの旅程に魔獣との戦闘はなかった。魔獣は、善神たる聖霊や天龍といった神達と敵対する悪神の手下だとされている。その力は桁違いで人間一人で魔獣を倒すのは種類にもよるが容易ではない。彼らはとにかく殺人を好む。故に、対人間のような恐怖を煽って撤退させるなどの心理戦は一切効かない。その上、見敵必戦で魔獣は一切の躊躇なく襲いかかってくるため、対応せざるを得ず、生半可な武装では勝つことも難しい。

 それが跋扈するという『殺戮魔城』――荒野神殿は、一体どれだけのものなのかと赴く前から嫌になるとケイルはため息をつく。魔獣に対抗し得るは、最大宗教の鐘楼教の神官のみである。神官を連れず、そうした場所へ赴くのは一種の自殺にも思えるが、彼ら傭兵団の剣の腕は、眼を見張るものがあるのも事実であった。そうでなければ、戦場を行き来する傭兵なぞ出来はしないからだ。今や衛視となっているが、元からいた衛視の腕の悪さに驚いたのは、ケイルだけではなかった。

 ただ、戦闘には当然、犠牲が付きものだ。その犠牲にならないことが危険な任務では最優先される。不老不死の秘薬の調査が名目ではあるが、傭兵団一同顔も知らない王のために死ぬ気はサラサラなかった。アングスにしてみれば、愛娘たるレディミアもいる。深入りせず、撤退するだろうとケイルは思っている。

 故に、ここにいるのも食料などの問題も考えれば一月もいれば、十分すぎるだろうと考えていた。照りつける日差しに時折悪態を吐きながら、ケイルは手に持った水袋に口をつける。その時であった。背後から声がかかる。


「ケイル!」


 振り向くとレディミアであった。疲れた顔をしているが表情は自身の研究の主体たる存在がそばにあることで柔んでおり、明るい。


「やっと見つけた!」

「レミ、体調は大丈夫か?」

「ええ、すっかり良くなったわ。それと聞いて、さっきそこに遺跡の一部を見つけたの! それがパルマン叙事詩に記された『荒野神罰』の記述とは食い違うの! このオアシスを八本の石柱が囲んでいたでしょう? あれの文様が鐘楼幻術式に似てるの、それぞれ詳しく見てみないとわからないんだけど、あの記述がいい加減なんだとしたら、叙事詩の年代の特定がしやすくなるの! これも発見なんだけど―――」


 彼女のいつもの話が始まったとケイルは心の中で半ば話を聞きながら半ば話を聞き流しながら時々相槌を打つ。彼女は自分の興味のあることをひたすら彼に話す癖のようなものがあった。それは彼女が語る内容を懸命に聞いていた過去があるからで、彼自身も彼女の影響で古代遺物に対しての見識は、他の傭兵達よりも深い。彼女は子供の頃から自分の興味に真っ直ぐなところがあり、興味を持ったものは必死になって調べるのであった。そしてそれをケイルに話すのである。

 彼は彼女の言っている内容のすべてが理解できているわけではない。ただ聞き役に徹して彼女が話すことを聞いていることのほうが多い。彼女自身も議論をするために彼に語り尽くしているわけではないようであった。ケイルはそんな彼女の変わっていない所に安心したのであった。

 彼が彼女と会うのは、半年ぶりになる。彼はレディミアを研究所へ推薦した貴族の領内の街の衛視である。故に王都に出向いたりしている彼女と会う機会があまりになかったのであった。

 久しぶりの再開もつかの間に旅へ出たため、じっくりと話す機会はなかった。けれど、ここにきて彼女の興味の中心のような場所である。彼女のフラストレーションのはけ口として彼が選ばれたのは当然であった。

 

 親であるアングスは彼女の興味を示したものに対して金を惜しまなかった。一度だけ、傭兵団の報酬を彼女のための本へと換えてしまった事件があったりした。その時以来、アングスは傭兵団の金勘定に関して権限を取り上げられ、妻でありレディミアの母親であるレースが一切を取り仕切るようになったのは有名であった。

 そんなレディミアは昨年、アングスの伝手を使って古代遺物研究をやっているという変わり者の貴族に会い、そのまま雇われることになった。ただの平民、しかも傭兵の子であるレディミアが王家主導で行っている研究所に勤めるなど夢のような出来事であった。ケイルは盛大に祝った日のことを彼女の一生懸命に話す姿を視ながら思い出していた。


「ねぇ聞いてる?」

「え? ああ、聞いてるよ」

「そう。あのね、ティプサムさんが言ってたんだけど、アルベニア以前の国の文献はそう多くないから難しいらしい――」

「ねえ、そのティプサムさんって……」

「え? なに?」

「あ、いや、続けて」

「そう? それでね、オプレミン鐘師の文書では――」


 ケイルは彼女の話に時折出てくる名前が気になったが、馬鹿らしいと思い直した。レディミアは男っ気が一切ない。傭兵団の中で育ったからなのか男勝りのところもあり、女らしさを磨くことはほとんどしていない。それに加え、研究分野についてひたすら話し続ける癖のせいで傭兵団の中でさえ、彼女の話を聞いているのはケイルぐらいなものだった。彼女は今年で十七になる。村の娘ですら結婚相手は決めている歳だ。けれど、彼女にはそんな相手はいない。親バカのアングスが渋っているせいでもあるが、レディミアが研究者になったことで完全に婚期を逃していたのであった。

 実のところケイルは自覚していないが、アングス達、元傭兵団の中ではケイルが引き取るのだろうと暗に了承されていた。だがそんなことは当事者である彼らは知らないでいた。



 結局、その日は偵察行為だけで日が没してしまった。ケイルは明日の日程についての会議に参加した後自分のテントへ足早に戻っていく。

 日が落ちた砂海は急激に冷える。熱の妖精が日とともに満足していなくなってしまうからと言われているが、ケイルは理由を知らない。見上げるとミルクをこぼしたように白い星々が連なりを持って彩りを加えている。月は沈んでおり、邪魔をするものもなくともすれば落ちてくるのではを錯覚を起こすような星空に肩をすくめる。いつも見ている星々のようであったが、どこか驚くほどに気分を高揚させた。

 冷たい風が流れ顔を撫でる。ひんやりとした空気に肩を抱き、日よけの外套の首元を締めながら自分のテントへと向かっていく。そのとき、テントの前に松明を持った髭面のよく見知った男が立っているのに気づいた。


「よう、ケイル」

「団長、なんですか?」

「まぁ、ちょっとテントに入れ」

「そこ、俺のですよ」


 アングスの態度に少し困惑しながらもケントはアングスとともにテントに入る。テントといっても寝るだけのスペースのため、男二人も入れば一杯だ。ケントと同じテントを使う相手は、人払いされているようであった。


「なんですか? 改まって」

「なんだ、明日のことだ。明日は『荒野神殿』へ突入する。朝に一班の斥候を入れてから、二班三班が入る。四班はここの警護だ」

「さっきの会議で聞きましたよ。レミのことですか?」


 迂遠なことを言うアングスにしびれを切らしてケイルが尋ねる。アングスは特に詰まる様子もなく相槌を打った。


「ああ、レミは三班の後衛だ。お前もだ」

「ええ、分かってますよ。レミの暴走は止めます」

「頼む。あいつは俺の意見も禄に聞かんまま突っ走るところがある。斥候の話だと、っとこれもさっき言ったが、城壁に壊れた所を見つけた。そこから内部には入れるらしいが、どうやら人間の匂いがしたらしいからな」

「レミが怒ってましたね、盗掘で遺産をどうするつもりなんだ、って」

「ここは冒険者ヽヽヽ共の一種の憧れの地だ。力試しに把握しきれんぐらい入り込んどる。今更って話だがな」

「まぁレミには信じられんでしょうね」

「魔獣についてもそうだ。なんでここにだけ発生し続けているのか調べるために生け捕りにしろと言ってたな」

「無茶を言ってましたね、隣のタクスムなんてすげえ嫌そうな顔してました」


 アングスはため息を吐いて真剣な顔になってケイルを見つめた。


「……犠牲が出るのは間違いない」

「はい」

「俺はできるだけ、安牌でいくつもりだ。無理そうならすぐに引き返すし、そもそも俺らは本格攻略の斥候みたいなもんだ」

「でしょうね」

「俺ら元傭兵をうまく使って情報仕入れて騎士様が本格的に動く算段だろう。あの神殿が『殺戮魔城』と言われる所以が何かぐらいは掴みたいが、仲間を殺すわけには行かない。特にレミをだ」

「はい。わかってます」

「戦闘は一応できるだろうが、何分実践が少ない。相手が人ならまだいいが、魔獣ならわからん。だからケイル、頼みたい」

「任せてください」

「任せる。俺は指揮で傍には居れないからな。すまないな、寝てくれ。明日な」


 そう言うと彼はテントから出ていった。ケイルはそばに置いてある愛剣を手に取り状態を見る。刃こぼれはなく、状態はいいように思える。人相手でも久方ぶりだ。魔獣となると数年ぶりだろう。魔獣はとかく恐ろしい。種別により個体差は大きいが、どれも人間をたやすく殺せる性能を持つ。最下種である小鬼種ゴブリンでさえ、ある程度の武器の腕がなければ勝てやしないだろう。武器がなければ、力では圧倒的に劣る人間では、勝ち目がほぼないに等しい。


(俺の役目はレミのお目付け役ってことか。まぁそれのが気楽でいいか)


 彼はテントの中で外套を毛布代わりに眠りについた。

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