Side story 1
幸せそうだったからこそ
結局「五人」で花火大会を見ることはなかった。私と、絵見と、恵一の三人と陽平、遥香の二人で。
……遥香にはあんなこと言ったけど、やっぱり悔しいは悔しい。でも。仕方ないんだ。
きっと、陽平をあれだけ動かせる女の子は、遥香以外にいない。いい意味でも、悪い意味でも。私には、無理だ。
続々と豊平川に集まっていた人たちが、橋を渡って家路へとついていく。それを見た恵一が、
「俺たちもそろそろ帰るか」
と言いだし、その流れについて行こうとする。
「……私、もうちょっとだけここにいるから、二人先帰っていていいよ」
けど、私の口を衝いたのは、そんな言葉だった。
もうちょっとだけ、感慨にふけていたかった。わかっている。考えるだけ無駄だってことはわかっている。
でも、今この場に、私の隣に陽平がいないことをどうにかして受け入れないと、きっとこの後も私は陽平に迷惑をかけ続けることになる。
「……おっけー、わかった」
「ばいばい、茜」
恵一と絵見も私の気持ちを察したのか、簡単に別れの挨拶を言い側を離れていく。
私は橋の欄干に両手を置き、川の水面をじっと見つめる。月の光が照らす川は、黒のなかに時折透明な白色を光らせる。
段々と私の背中を通っていく人の数も減ってきて、静まることのなかった喧騒はすでに収まっていた。
ちょっとだけ、川沿いを歩こうかな……。
生ぬるい手すりから手を離して、私は橋を家と逆方向に渡り、堤防に降りる。
祭りの後の静けさは、妙に切なくて、でも至るところに楽しかったっていう、感情の欠片みたいなものが零れている。
大した灯りもついていないのに、眩しいと思ってしまうのは、きっと私にとって今回の花火大会が、そんなに楽しくなかったからなのかもしれない。
別に、恵一や絵見と過ごす時間が面白くないっていう意味ではない。あの二人だって大切な友達だ。
でも、それとこれとは話が別で。
ゆっくりと、家のある方向へと歩いて行く。このペースで歩くと何分かかるだろうか。
少しずつ、豊平橋の東隣にある一条大橋の姿が大きくなってくる。
「……あれ?」
それとともに、堤防に座りこんでいる人も、視界に入るようになってきた。そのシルエットは、近づいていけば近づいて来るほど、私の知る人に見えてきて。
「……よう、へい……?」
彼の横に立ったとき、確認するように私はそう聞いた。
体育座りで顔を埋めている彼は、その声にゆっくりと反応し、私の顔を見つける。
「茜……か」
やっぱり、陽平だった。でも……。
「遥香は? 一緒だったんじゃないの?」
どうして一人でいるのだろうと、素朴な疑問が先行した。けど、その言葉は今の陽平にとっては鋭い刃になったようで。
「……お、及川さんは……及川さんは……」
彼は私の問いをきっかけに、涙をぽろぽろと零し始める。
「え、え? よ、陽平?」
私はその陽平の急な変化に驚き、慌てて持っていたハンカチを差し出す。
「大丈夫? 何か、あったの……?」
喧嘩でもしたのかな……。でも、そんなことする二人には見えないけど……。
彼の答えは、そんな平和な予想を遥かに超えるものだった。
「及川さんは……消えちゃったんだ……」
「……消えた?」
思わず、彼の言葉を繰り返してしまう。
「……僕と、花火大会見るのが、叶って。それが果たしたかった僕との約束だったみたいで……いなく、なっちゃったんだ……」
背筋が凍るような、そんな感覚に包まれる。
え、いなくなるって……それって……。
成仏、した、ってこと……?
「……え、だって……そんな……」
陽平とこれからってところじゃなかったの? そうじゃなかったの? 遥香。
「そんな、急に……?」
だって、今日のお昼、あんなに楽しそうな顔をして私の家を出て行ったんだよ? 浴衣を私と絵見で着つけてあげて、その後、あんなに幸せそうな顔をして行ったんだよ? それなのに……。
ああそっか。だから、か。
だから、なんだね。
幸せだったからこそ、だったのかな……。
「僕なんかのために、僕のことなんか、捨ててくれてよかったのに……そうすれば、もしかしたら、及川さんはずっとここにいれたかもしれないのに……なのに……」
嗚咽を漏らしながら言葉を繋げる彼は、再び視線を落としてしまう。
「……僕なんか、って言わないで。陽平」
彼の隣に座り込んで、努めて優しい声色が出るように私はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます