第21話 不自然なくらいに
「よし、陽平、遥香、絵見、中嶋君、相上君、六井君全員いるね」
翌日の終業後すぐ。教卓の周りにクラス発表の中心となるメンバーがそろい踏みしていた。恵一はまた別の用事で外している。
「昨日遥香とも話して、この時間でどういう小道具大道具衣装を用意するかをあらかたリストアップしようかと思います」
私はそう言い、今日の議題をみんなに示す。
「ちょっと現代チックに、脱出ゲームっぽい雰囲気を持たせたものをってことで決まったけど」
黒板に要素を書き出す中嶋君は、さらに続ける。
「何を用意しようか。脱出ゲームっぽくって言ったって、素人の俺等にはできることは限られているし」
「そこはあまり難しく考えなくていいと思う。私は。お化け屋敷にテーマを設けて、例えば『この教室でかつて生徒のA君が亡くなりました。そんな彼の思い出のものを見つけ出して出口へと向かって下さい』とか、そんなイメージでいいんじゃないかな」
……会話噛みあうなあ中嶋君と絵見。
「おおーさすが石布(さん)……」
その発言に湧く男子三人。
「っていうか……それが本線でいいんじゃないか? みんな」
四方を見渡し同意を求める中嶋君。
確かに、私も賛成、絵見ナチュラルにいい考え出すの凄い……。
「いいと思う(思います)」
全員首を縦に振った、ということで大体の方向性は決まった。
「なら、そんなに凝った衣装は少なからず必要なくなりますね」
「そうだね、それもかなりでかいと思うよ」
「雰囲気は学校の怪談的なものでいいんじゃない?」
「そんで小道具は──」
絵見の発案で一気に話し合いは加速していった。
「準備するべきもの、大方リストアップできたな。じゃあ、来週の月曜からクラスのみんなに声かけて残れる人は残って手伝ってもらおうか」
「うん、そうだね」
「それなら今日の帰りにまた俺と相上、六井で小道具作るのに必要そうなもの買っておくよ」
「そうしてもらえると助かるね」
……これ私と陽平いなくても回るんじゃないかなあと、一瞬思った。
絵見と中嶋君が優秀すぎるんだもの。
「オッケ―、じゃあ、そうしよぜ。今日はこんなもんでいい? 水江」
「うん、全然いいよ、むしろ私いらないんじゃないかなーとか思い始めているくらいだから」
「いやいや、そんなことないよ、意見出したりまとめることはできても、その下準備は俺等一切やってないからさ。水江も必要だよ」
この中嶋君から感じるお兄さん成分は一体何だろう。陽平や恵一とはまた違うタイプだから新鮮というか……。
「じゃ、じゃあそろそろ私と陽平委員会行かなきゃだから、あとはよろしく、行こ? 陽平」
「うん」
私は終わりかけの集まりを陽平と一緒に抜け、ここ最近通っている会議室へと向かいだした。
そういえば、今日の陽平、あまり口出ししなかったな……。
なんか、また様子が……おかしい?
……まあ、いいや。とにかく、今日の帰りに花火大会のこと、聞かなきゃ。
その日の委員会は、クラ対の体育館を利用したリハーサルのヘルプに駆り出された。他にも音楽室なども使っているのでどうしても人が足りなくなるらしい。ちなみに、陽平は第一音楽室のリハーサルの手伝いに行っている。
「今のクラスが終わるまで、ここに待機して下さーい」
私は、第一体育館と第二体育館を繋ぐ渡り廊下で列整理をする仕事をしていた。
「リハーサルの時間は七分です、その時間で入退場すべてを完了させて下さい」
「はーい」
出す指示はそれだけ。あとは時間になったら体育館に通して次のクラスの列をまとめる。それの繰り返し。
きっと音楽室も同じような感じなのだろう。
ただ、この仕事の何が役得かと言うと。他のクラスの合唱が今どれくらいの完成度なのか知ることができるということ。
やっぱり上級生の力の入れ具合は凄まじいもので、一年生の後に三年生とリハを見ると鳥肌が立ったりする。
うちのクラスの今のクラ対の仕上がりと比べて、ああでもないこうでもないと思ったりする。まあ、クラ対は合唱部の人に任せているから、私が何か口出しをすることはないと思うけど。
リハーサルの手伝いが終わると、その日の仕事は終了ということで、各自帰宅なりクラスの準備に向かったりと自由にしていいとのことだった。まだ完全下校まで三十分はあるのでクラスの様子を見てから帰ろうと思った私は、陽平に一声をかけようとする。
「ね、高崎君のクラスはクラス発表何するの?」
「それ私も気になる―」
会議室の前の方で、陽平は同じ委員の女の子二人と話していた。
陽平は……見た目もそれなりに……それなりにってなに、温和だからか、第一印象は結構いいと思う。多少友達としての贔屓目はあるかもしれないけど。だからこうしてしばしば女の子に囲まれることはあったりする。実際、春の段階で告白されているわけだし。
「えっと……僕のクラスはお化け屋敷、かな」
「へー、そうなんだ、ねえ、どんな感じのお化け屋敷なの?」
「それ言っちゃったら、あまり面白くないから内緒かな」
「そっかぁ。当日絶対行くから楽しみにしてるね」
「うん、待ってますね」
「そうそう、高崎君ってさ、彼女とかいるのー?」
何気ない流れのなかで、飛び出た一言だったんだ。いや、別にこういう感じに軽く聞くのはあると思う。
だから、私も陽平は「いや、いないよ?」って軽く返すと思ったんだ。
「……え? ……ああ、いや、彼女は……いない、かな」
私の予想と裏腹に、まるでそれが重大なことかのように、彼はそう返したんだ。心なしか、遠目からも顔色が青白くなっているのが見える。
「えー、そうなんだー。高崎君優しいしいてもおかしくないと思うんだけどなー」
「うんわかるー、意外だなー」
「ははは……そう言ってくれるだけで、嬉しい、かな……。じゃ、じゃあ僕そろそろ行かないとだから、じゃあまた」
「あ、うんじゃあね高崎君」
「またねー」
半ば会話の途中で陽平は前のドアから会議室を抜け出した。それを見た私は反射的に後ろのドアから出て、彼に近づく。
「モテモテみたいだね、陽平……?」
ただ、普通に話しかけただけだった。それなのに。
壁によしかかって廊下に佇む彼は、微かに震えている右手を顔の前に掲げて見つめていたんだ。
まるで、自分自身の今の状況をどうにか理解しようとしているように。
「あ、茜……?」
そして、私の声にツーテンポくらい遅れて反応した陽平はこちらを向き直す。
……この間、男の高島先輩と話していたときは全然なんともなかった。
だけど、今、同じようにほぼ初対面の女の子に話しかけられると、こうなっている。
考えすぎ? でも……。どうしてこんなに反応に差があるんだろう。
この間陽平が言っていた、「僕、彼女作る気ないから」発言と関係があるのだろうか。いずれにしても。こんな陽平は、初めて見た。
「あ、ああ、茜。どうかした? これから帰り?」
「いや……教室の様子見てからにしようと思ったんだけど……陽平は?」
「ぼ、僕は……今日はもう帰ろうかな……」
彼はそう言うと、真っ白い壁から身を離して歩き出そうとする。
「最近」
私が一言、呼び止めると陽平は顔をこちらに向ける。表情は、まるで何かに怯えているかのように弱々しい。
「陽平、最近、なんか私のこと、避けてる?」
「……べ、別に、そういうつもりはないけど……」
足の向きは完全に私と逆を向いている。顔だけこちらを見ている陽平は、視線を床に落とす。
「じゃ、じゃあ僕、もう帰るから……」
もう耐えきれない、と言わんばかりに陽平は早足で私の側から離れていった。
これって、本当にあの一言と関係、あるのかな……。
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