第19話 描けない二人だけの時間

 週をまたいでテスト一週間前。そろそろ学校の空気が硬くなってきた。休み時間になるたびに「なあここってどういうこと?」っていう声が教室のどこかではするようになり、昼休みや放課後には図書館に集まって勉強をする人が多くなってきた。

 私たち五人の間でもお昼ご飯を食べている間や帰り道でそんな話題が増えてきて、

「……陽平、俺に英語を教えてくれ……どうしても英語だけはわからなくて」

 いつものメンバー五人で食べる昼どきに、恵一はお願いをしていた。

「別に、いいよ」

「助かる……じゃあ今日帰りにファミレスかなんか寄って教えて下さい……二章で出てきた文法がどうしてもわからなくて」

「恵一、英語の時間だけ窓の外ボーっと眺めて絵描いてるからそうなるんだよ」

「げっ、え、絵見それ見てたのかよ……」

「そりゃあ、私より前の席にいたら目に入るよね」

「……みんな、気をつけろ、絵見より前に座っていたら全部見られる」

「そんな私をストーカーみたいに言わないでよ恵一」

「戸塚君、それ私も見えてましたよ……」

 ……遥香にまで指摘されてるし。

「もう、はい。ごめんなさい」

 そして諦めた。

「でも、恵一と陽平は今日ファミレスに寄って勉強会するんだ」

「まあ、そうだね、それがどうかした? 絵見」

「……私も行こうかな」

「え? 絵見も来るの? 俺は別にいいけど」

「私も世界史を陽平に聞きたいところあるし、どうせやるならいっぺんに済ませたほうが陽平の負担にならないでしょ?」

「僕はそのほうが嬉しいかな」

「うん、じゃあ、私も行く」

「そ、それなら私も……行きたい、です……」

「お、及川も来る? いいねなんか賑やかになってきた」

 この間のナンパ男の一件から、遥香は過剰に陽平を避けることはしなくなった。まだ少しよそよそしくなる場面はあるけどきっとそのうちそれも直っていくんだと思う。そんな遥香も参加するなら。

 ……乗るしかないでしょ、このビッグウェーブに。

「じゃ、じゃあ私も行く」


 結局。いつもの五人で学校の近くにあるショッピングセンター内のファミレスで勉強をすることになった。図書館はさっき言ったように混んでいるし、そもそも話し声を立てることができないから向いていない。ファミレスならその心配はないし、長い時間いられる(はず)。

 ドリンクバーを注文し、それぞれ飲み物が入ったグラスを手にテーブルに戻る。教科書などを広げ、勉強会を始める。

「陽平、英語のここなんだけどさー」

「あ、そういえば及川さんって茜に勉強教えていたよね、世界史って得意?」

「は、はい……まあ」

「じゃあ、教科書のここらへんが全くわからなくて……」

「あ、そこは……」

 と、一度始まってしまえば、あっという間にみんな勉強に集中し始める。実際、私以外勉強に対してはそれなりに真面目なところがあるから、やると決めるとなかなか止まらなかったりする。

 一瞬チラッと陽平の姿を見る。

 まあ、教えているの、恵一に対してだからそんなに慌てなくても大丈夫か……。

 そう思い、私も数学の問題集を開いてテスト範囲の問題を解き始めた。

 それから数時間。私たちはテスト勉強を進めた。先生役・生徒役がちょくちょくチェンジする感じだったけど結構充実した時間になったと思う。

 陽平との距離は、まだ詰めるに至ってはいないけど。まあ、テスト前だし、まだ無理はしなくてもいいかなって。


 そして、高校に入って初めて受ける成績に関係するテストは勉強会の効果もあって無事にやりすごすことができた。相変わらずというか、陽平は文系科目で、絵見は理系科目で学年一桁順位を叩き出していたけど。

 テストが終わると一気に学校は目前に迫った学校祭ムードに切り替わった。放課後になると教室で準備をする人たちで賑わい、学校近くのスーパーとかから段ボールを大量に確保する(恒例行事らしい)生徒もチラホラ。

 そんななか、私と陽平は実行委員の集まりに参加していた。各クラス男女二名、合計四十八名が会議室に四角い円を描いて並んでいる。

「今日は集まってもらってありがとうございます。生徒会長の辺見です。これから学校祭までの三週間とちょっと、皆さんに協力をお願いしていくことになります。よろしくお願いします」

 会長さんが挨拶をして、委員の自己紹介が簡単に始まった。クラスと名前を言うだけの、本当に簡単なもの。

 それも終わると、会長さんが実行委員の行う仕事についての説明を始めた。

「実行委員は主に四グループに分かれて準備作業をやってもらいます。まず三日間通して行われる有志のステージ発表の統括するグループ、クラ対の運営をするグループ、クラスの出し物を管理するグループ、全体進行の管理・庶務をするグループ四つです。それぞれのグループに役員一名から二名がつきますので、指示出しなどはその役員に従って下さい。あと、それぞれのグループでグループ長を決めてもらいます。グループ長になったかたは役員不在時などに進行の指揮などをとってもらう役回りになり、結構大変な仕事になりますが、役員が可能な限りフォローを入れますので安心してください。じゃあ、次に具体的に各グループどんな仕事があるのか担当の役員から説明をさせていただくので、それを聞いてください」

 会長さんが会議室の前に設置してあるホワイトボードにグループを羅列し、そこで隣に立っていた女子生徒にバトンタッチされた。

「はーい、ここからは副会長の木下が説明しまーす。まず──」


「陽平、どのグループにする?」

 副会長さんの説明が終わり、グループ分けの時間となった。私は隣に座っていた陽平に聞く。

「うーん、そうだな……僕は全体進行・庶務かなあ……」

「そっか。陽平がそこ選ぶなら……私もそこにしようかな……」

 そろそろ、頑張らないと、ね。距離、詰めないと。

「……まあ、茜もそこやりたいなら、それでいいんじゃない?」

 陽平は少し含みを持たせるような物言いで、ホワイトボードに自分の名前を書きに行った。

「……うん、そうする」

「了解、じゃあ茜の名前ついでに書いておくよ」

「ありがとう、じゃあ、お願い」

 とりあえず、これでいい。この調子で、ゆっくりと。

「はーい、皆さん名前書ききりましたかー? いちにさん……はい、全員の名前ありますね、人数のバランスも……大体よさそうですね。じゃあこれで決定にします。では、この後それぞれのグループでわかれて今後の流れについて軽く話をさせていただいて、グループ長を決めて今日は終わりになります。本格的な活動は明日からになります。では、これから言う教室にそれぞれ移動をお願いしまーす。あ、ちなみに全体進行管理・庶務のメンバーは会議室のままで大丈夫でーす。私が担当役員で説明をしますねー」

 木下先輩の一声で会議室は一瞬ざわめきに包まれるも、すぐに収まり、十人の生徒がその場に残っていた。

「はーい、改めまして。全体進行管理・庶務を担当する役員の、三年木下です。よろしくお願いしますね。なるほど、今年は女子多めですね、女子七名、男子二名、で私、と。まあそんなに力仕事はないんで大丈夫かとは思います。主に行うのは庶務と言うだけあって色々あります。まず開閉会式の運営は私たちがやります。台本は大体決まってはいますが毎年細かい工夫はつけているのでそこらへんで例年と差をつけるような感じになります。あとは、他のグループで人手が足りないとなると真っ先にここが援軍を送ることになります。あとは各クラスから領収書を集めたりや下校時間になったら帰って下さーいって言う役回りとか。具体的にはそんな感じです。メインは開閉会式。その他に庶務、ってイメージでいいとは思います。ここまでで何か質問はありますか?」

 話を聞く限り、そんなに大変な仕事はないみたい。少しホッとする。

「……ないみたいですね、じゃあグループ長を決めて終わりにしましょうか。例年三年生がいれば三年生にお願いしてますが……ネクタイやリボンの色見る限り三年生はいないみたいですね……というか二年生も二人しかいない? あらら……今年はそういう年か……まあ仕方ないか。どっちか、お願いできます?」

「あ……じゃあ、自分、やります」

 陽平の他にいる唯一の男子である先輩が名乗りをあげ、無事グループ長も決まった。

「ありがとう。えっと……二年の高島君がグループ長、と。じゃあ、今日はこれでおしまいです。次の集合は明日の昼休みに会議室になります。じゃあ、解散です」

 そうして最初の委員会は終わりを告げた。荷物をまとめて、さあ帰ろうというタイミング。

「じゃあ、陽平、帰ろっか」

 カバンを持った私は、当たり前のように彼にそう言ったんだ。今まで四人、遥香が増えてからは五人で一緒に帰っていた。別に、二人で一緒に帰るくらい、そんな高いハードルではない、そう思っていた。

 けど。

「……ごめん、ちょっと僕用事あるから、さ。茜先帰ってていいよ」

 予想に反して、陽平は申し訳なさそうに私に言い、そそくさと会議室を出て行った。それ以外、何も言い残さず。

 ……あれ?

 思えば、中三のときも放課後一緒に残って勉強することはあったけど、二人で帰ることはしなかった。というか、二人で勉強、って言っても大体そこには恵一か絵見どっちかも一緒になって勉強していたから完全な二人きりって訳ではなかったし。……いや、どっちか必ずいた。

 じゃあ、なんだかんだで、二人だけで何か行動するのって、意外と初めてだったりするのか……。

 ……でも、まさか断られるとは思ってなかったからなあ……。仕方ない、今日は一人で帰るか。明日、また明日気を取り直していけばいい。まだ、時間はあるんだから。

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