第18話 越えた足を軸足に
中間テストを二週間先に控えたある日の六時間目。この時間は七月の下旬にある学校祭のクラス発表の出し物決めと、学校祭実行委員を決めることに充てられていた。進行はクラス委員の恵一がやっている。
「えー、実行委員誰もいませんかー」
実行委員は説明によると、クラス発表や、同時に行われるクラス対抗歌合戦(通称クラ対だそうだ)の取りまとめ、クラス生徒会間の調整、学校祭の運営準備など、らしい。
けど、クラス委員決めが難航したこのクラスではそうそう立候補する生徒はいないもので、かれこれ募集を始めてから五分が経過しようとしていた。
「誰もいなければ俺の独断と偏見で高崎陽平にしますがーえー誰もいませんかー」
「ちょっ、お、おーい恵一くーん」
しびれを切らしたか、クラス委員を決めたときの仕返しと言わんばかりに恵一が陽平を生贄に差し出した。
「誰もいないんで高崎でいいと思いまーす」
「ちょ、え、中嶋まで……?」
陽平や恵一と仲が良い中嶋君も同調し、クラスの空気を完全に陽平に仕立て上げた。別に、そこに悪意は全くこもっていなくて、
「いいじゃん、中学の学祭陽平がまとめたら上手く行ったし、そういう仕事向いていると思うぜ俺は。……あと個人的に俺をクラス委員に祭り上げた恨みを今晴らさせてもらう。お前も一緒に忙しくなれ」
「……もう完全に私怨じゃん……僕以外いないんですか……? 本当に……?」
陽平が教室をぐるっと見回すけど、誰も手は上がらない。
「はぁ……わかりました、やります……」
陽平は観念しました、というような調子で実行委員を受け入れた。
「はーい男子は俺の友達がやることになりましたー。女子誰かいませんかー」
そして、あと一人、女子から選定することになる。学祭実行委員はクラスから男女各一名ずつ選ぶことになっている。
教室に走った無音の時間が、私に思考する余裕を与えた。
これ、私が出れば……。
一度感情を認めてしまうと、少しでも近づきたい、頑張りたい、そういう気持ちが先走ってしまう。だから。
そんな気持ちが、私の右手を動かした。
「……は、はい。私……やります」
気づけば、私は立ち上がり手を挙げて、委員に立候補していた。
「お、またまた俺の友達の茜が出ましたねー。あとはいませんかー? いなければこのまま高崎と水江の二人にしちゃいますがー」
結局、私以外に女子の立候補者は出ず、委員は私と陽平で落ち着いた。
「……じゃあ、委員は高崎陽平と水江茜で決定、ということにしまーす」
教室にパチパチと拍手が湧く。
「えーと、委員になった二人はちょくちょく放課後に集まりが入ると思うんで注意してくださいねー。じゃあ次にクラスの出し物を決めたいと思うんでそうだな……もう進行は委員の二人に任せちゃいますねー。そんじゃあ陽平と茜、後はお願いしまーす」
な、なんか急に司会を振られた……。でも、仕事の範疇としては実行委員の部分だろうし恵一がパスしたのもわかるはわかる。……席戻った途端なんかノート広げて何か書いているのはあからさま過ぎる気もするけどいいとしよう。というかきっとあれは陽平に対する煽りだ。苦笑いしちゃいそうになるけど。
一緒に黒板の前に出た陽平もそれに気づいたみたいで、口元に手を当てて少し表情を崩している。
「さて、雑に仕事を振られましたが、何かやりたいことある人いますかー?」
そのままの調子で彼は案を募り始める。
これもしばらくの間何も出ないかなーって思ったけど、そうでもなかった。言ってしまえば自分が引っ張る立場ではないからやりたいこと好きに言えるってこと。だからかここから教室の空気は一気に盛り上がっていった。
「焼きそばっ!」
「たこ焼きっ!」
「焼きおにぎりっ!」
「自分が食べたいものを言って欲しいんじゃないんだよなあ……」
陽平は困ったように笑いながらも、クラスメイトが挙げていく候補を黒板に書いていく。
「メイド喫茶!」
「それが無理ならコスプレでも!」
「……言えばなんとかなるとでも思ったのかなあ……夢あっていいなあ……」
「……私は嫌だよ、コスプレするのもメイドやるのも」
「だよね、茜。はっきり言ってくれて助かるよ」
さながらアイドルがライブで舞台に上がった直後の雰囲気のように、温まった空気にクラスメイト(主に男子)の意見が連なっていく。
「高崎と戸塚の漫才!」
「高崎と戸塚のショートコント!」
「高崎と戸塚の一発芸!」
「たっ、とつ×たかの熱い演劇……」
……いや、温まりすぎでしょ教室の空気。最後の三つとかもはや本当に見たいもの言っているだけだよね。あと陽平がいじられキャラなのも理由だとは思うけど。
「ははは……やっぱり僕と恵一でそういうこと考える人でてくるよ……ははは……」
彼は少し遠い目をしつつも、挙がった意見を全部書いていく。あ、チョーク折れた。
「あーほらほら、俺が多少陽平いじってそういう空気にしたからっていうのはあるかもしれないけど、少しは真面目な案出してやろうぜー、みんな。面白いけど」
「い、いや、本当にそれ恵一が言う……? っていうか議論参加しようよ、あと僕はあまり面白くない」
床に落ちた折れたチョークの欠片を拾い、陽平は助け船を出したのかそれとも火に油を注いだのかよくわからない恵一を見つめつつそう呟いた。
先生も先生でなんか生温かい目で陽平と私のこと見てるだけだし……。いくら自主性を重んじると言ったって……もしかして許容範囲なの?
「このままだと本当に俺と陽平が何かやることになりそうだから俺も意見出しとく。んーそうだな……お化け屋敷、とか?」
あっ、ようやくまともな意見でてきた。陽平もうんうんと頷いてリストに書いていく。
「夏だし、やっぱり人気あるだろうし。いいんじゃないかと俺は思うけど、どうかな?」
「僕はいいと思います。僕は。でもとりあえず他の意見も待ってはみるね」
……ものすごい棒読み。特に最後の部分。
「他にお化け屋敷を超える意見はありませんかー」
陽平、本音が漏れてる。漏れてるよ。
その後も結構な数の意見は出た(一部陽平が頭を抱えるようなものもあったけど)。それでも、恵一のお化け屋敷がなんだかんだ真面目でかつウケが良いってみんなは思ってくれたみたいで、クラスの発表はお化け屋敷になった。
「……よかった。変なのにならなくて」
ホームルームが終わって席に戻るとき、私にだけ聞こえるような大きさで彼はボソッと言葉にした。
「そういえば、茜。なんか今日はいつになく大人しいというか。普段ならもっと色々ツッコミなりボケなりかますと思うけど」
そして、彼は振り向きざまに私にこう言った。
……なんで、こうすぐに気づくかなあ……。陽平は。
「あー、うん、ちょっとボーっとしてた」
「……なんか、この間のナンパ男の日から、ちょっと落ち着き過ぎているって言うか……そんな気がして、ね。何もないなら、いいんだけど」
それだけ言い残し、陽平は自分の席に座る。
私も彼と少し離れた自分の座席に戻り、帰りのホームルームを受ける。
羽追先生が何か連絡事項を伝えていくなか、私は反省をしていた。
確かに、さっきまでの時間はあまりにも変だった。これじゃいけない。これだと、何のために実行委員になったか、わからない。
……陽平の隣、っていうポジションを維持しつつ、少しずつ距離感を詰めるため、なのに。
いつも通りの自分でいないと。陽平に心配されてしまう。
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