第14話 芽生え始めてしまった友情
思い立ったらすぐ行動、それが私の意識していること。
放課後、帰ろうとする及川さんを捕まえて声をかける。
「ねえ、及川さんって勉強得意だったりする?」
「え……? えっと……その、人並みでしたら……」
「国語とか英語、世界史ってできる?」
「ま、まあ……はい……」
「あ、あのさ、私に……勉強教えてくれない?」
少しの間、目の前に立つ及川さんはポカンと立っていたけど、やがてゆっくりと首を縦に振って「い、いいですよ」と言ってくれた。
「よかった……及川さん、いつなら都合いい?」
「わ、私はいつでも大丈夫です……別に用事はないので」
「ならさ……これから、いい?」
思い立ったら、即行動。
「こ、これから、ですか……?」
「──で、じゃあ次は助動詞の説明に入りますね」
じゃあ今日から、って言っても及川さんは嫌な顔一つせず、放課後の教室で私に古文についてゆっくり教えてくれた。絵見や恵一、陽平はもう先に帰った。おかげでこれまでチンプンカンプンだった古文も少しは頭に入るようになるかもしれない。
「まず助動詞を覚えるときはどの形とくっつくかを区別して覚えちゃいます、後から全く同じ音なのに意味が違うっていう助詞も出てくるので、そういうときに区別できるようにするために」
「ふむふむ」
広げたルーズリーフにメモを残していく。
「で、まず最初に未然形に接続する助動詞なんですが、語感で覚えちゃいます、『む・ず・むず・じ・しむ・まし・まほし・る・らる・す・さす・りはサ変』ってもしもし亀よみたいなリズムで歌うと覚えやすいと思いますよ」
「え、えっと……むずむずじしむましまほしるらるすさすりはさへん……ほんとだ、なんか響きが覚えやすそう」
「ですよねっ」
……あれ、なんか、今の表情、いつもの及川さんとは雰囲気違うような……どこか大人しめの印象がついて離れない感じが、今は純粋に明るい子って感じが……。
そのタイミングで、一般生徒完全下校のチャイムが鳴り響く。
「あ、も、もう時間なんで、帰らなきゃですね……続きは、また今度、にしましょうか」
そんな印象は、たった一瞬のことだった。でも。そのわずかな間見せた及川さんの別の表情が少し、気になった。
それから一週間、私は及川さんに放課後勉強を教えてもらった。効果はテキメンで、これまで全くもってわからなかったアルファベットの羅列が意味を持つ英文に変化していき、ただの事象の並びでしかなかった世界史もひとつの物語として理解できるようになった。古文もなんとか意味を捉えられるようになり、文系科目での赤点は心配しなくてもよくなった。
「ありがとうね、遥香、おかげで助かったよ」
「ううん、全然気にしないでください……茜」
「とりあえず、もう大丈夫だと思うから、一旦放課後のこれはしばらく中断かな」
「うん、わかった」
そして、この頃にはお互いのことを名前で呼び合うくらいには関係が進展していた。
帰り道、私は勉強を教えてくれたお礼に何か奢ってあげようと思い、学校近くにある喫茶店に遥香と一緒に寄り道をすることにした。
「べ、べつにそんな気遣わなくても……」
遠慮する遥香を半分引っ張り店内に入る。
「いいからいいからっ」
入ったのは全国的に展開されているチェーンの喫茶店。平日の夕方近くということもあり、店内はお母さん世代の女性の集まりがチラホラと見受けられる。
窓際の空いているテーブル席に向かい合わせに座り、メニューを開く。
「千円くらいまでなら大丈夫だからっ」
財布の中身を見て、彼女にそう告げる。
「え、で、でもそんな悪いです……」
「まあまあそう気にせずに……」
やはり根がいい子だから、奢ると言ってもなかなか遠慮してしまうもので、結構な時間メニューとにらめっこを続けていた。店内に流れている穏やかなBGMが一曲終わったあたりで、
「……だ、だったら……これ……一緒に食べませんか?」
遥香は、デニッシュの上にアイスクリームとさくらんぼが乗っているこのチェーン店で有名なスイーツを指さした。
「……一人でひとつはちょっと……なので、一緒に……どうですか?」
「それで、いいの?」
「は、はい……それで、いいです。コーヒーは、自分で出すんでっ」
「そ、そう?」
まあ、きっとこれ以上は本当に遠慮しそうだから、それに甘えるか。
「すいませーん」
どこかふんわりとした気持ちになりつつ、私は店員さんを呼んで注文を済ませた。
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