第2話「そこに、新たな恋を」

 俺はすでに新しく自分の部屋をもっている。当然だ。さすがに年頃の男女が一緒に寝るのはまずい。

 だから、ここに来る必要もないのだが、彼女と約束したこの日課を蔑ろにするわけにはいかない。それに、今日だけ来ないというのも、後々になって気まずくなるだろうし。


 いろいろ言い訳をつけて、ようやく部屋に入る決心がつく。


「お、おかえり」


「ただいま」


 ドアを開けると結梨がベットに腰掛け、小さく手をあげている。


 お互い昨日の事を思い出してしまい、ろくに目が合わせられず、明後日の方向を向いた。

 どうしていいか分からず、しばらくぼーっと突っ立っている時間が続く。


「えっと、座ったら」


「あ、ああ、そうだな」


 結梨に促され、なんとか硬直から抜け出す。なんだろうこの緊張感。俺は自身は何もしてない筈なのに。


「どうぞ」


 テーブルに着くと普段は出てこないのにお茶が用意されていた。どうやらあちらも変に緊張しているらしい。


 何故部屋から出ない結梨がお茶出しなんかできたかというと、この部屋には備え付けの湯沸しポットがあるのだ。母さんが気を利かせて買ってくれたもので、その隣に大きめの籠が置いてあり、お茶やコーヒーのインスタントパックが並べられていてる。まあ、これは俺が買ってきておいてるものだが。


「結構なお手前で」


 なんちゃって作法で茶碗を結梨へ返す。

 とりあえずはこの緊張を解かないとな。


「ほら、結梨。俺も戦艦少女初めてみたぞ」


「え?ほんとに!? 何が当たった?」


「最初の10連で出たのがこいつとこいつ。ああ、後こいつもか」


「それ私がほしかったやつだし!!」


 結梨のテンションが爆速で上がる。先ほどまでの気まずさなどすっかり忘れたようだ。

 結梨が喜ぶのを見てやはりやって良かったなと思う。もちろんゲームは普通におもしろいしな。




「ん? 風呂上がりか?」


 ゲームをする結梨の横顔を見て気づく。

 髪に風呂上がり特有のツヤがあり、結梨の近くにはコードの繋がったドライヤーがあった。ほのかにシャンプーの甘い香りが漂ってくる。


 いつもは俺と母さんが家を出た午前中には入っているようだったが、今日は何故か俺の帰ってくるギリギリのタイミングで入ったらしい。


「う、うん。本に夢中で入り忘れちゃって」


 どこか慌てたように、結梨は早口になる。

 そういえば昨日は新作の本を買ってきたんだったか。


「どうだった?オススメがあったら俺も読んでみたいんだが」


 結梨は特段難しい本を読むわけじゃない。俺たちくらいの年齢でも読みやすい、俗にライトノベルよばれるものを好んで読んでいる。

 実は俺もライトノベルにはまっていて、結梨と本の話をするのは珍しいことではなかった。


「面白かったよ。最近読んできた中じゃ一番良いかも! けど......」


 そこで結梨は一度、言葉を区切る。そして何か迷うように、こちらをちらちら確認してきた。なんだかちょっと頬が赤い。


「けど?」


 なんだ?俺またなにかやらかしたか?

 もしかして相当えっちなやつだったとか?最近のラノベは結構そこらへん緩いみたいだし、表紙じゃわからないからそういうのを買ってしまった可能性はある。

 たしかにそれを俺と共有するのなかなか恥ずかしいことだろう。あまり過激じゃない表紙から選んできたつもりだったんだけどな。


「ヒロインが幼馴染のやつはちょっと......」


 頭が一瞬、思考停止した。




 ほ、ほんとにやらかしてたー!

 ぬかった、これは完全に油断していた!最近じゃ幼馴染のヒロインずっと見ていなかったから、気が抜けていた。

 俺と結梨の関係を省みれば、もう意識してますと言っているようなものではないか!


 結梨は髪で顔を半分隠しながら、上目使いでこちらを覗いてくる。顔が紅潮し、自分で指摘するのが恥ずかしいのか、照れ笑いを浮かべていた。


「い、いや違うぞ?それはたまたまで。というか気づいてなくて。第一俺はそういう恋とかどうでもいいというか」


 焦って言い訳を連ねるが、どれもこれも薄っぺらい内容で説得力に欠けるものばかりだ。

 その内に、結梨は本棚から昨日の本を取り出し、俺に手渡してくる。


「私はもう読んだから」


 受け取って、タイトルを見てから俺は絶句した。


《可愛い幼馴染を甘やかしたい!!》




 なんだそれ。俺の欲望か何かか!ええそうですとも、引きこもりだけど甘やかしてやりたいと思っていますよ!

 なんか悪いか!!


怒涛の心の中のツッコみで軽く息がある。


「深也?」


「うん、ちょっと今日はもう帰っていいかな......この本読みたいし」


 なんかもういっぱいいっぱいだった。


「えっと、やっぱり深夜はこの本読んだことなかったんだよね?」


「ん? あ、ああ」


 俺の返事を聞いた結梨が、残念そうな、それでいてどこかホッとしたような表情を垣間見せる。

 気にはなったが、これ以上のこの場いるのもの耐えられない。

 軽い挨拶だけをするだけにとどめ、俺はさっさと自分の部屋へ戻ることにした。











 その日の夜。

 ベットに付き寝転がりながら本を読んでいた俺は、独りでに声を出す。


「マジかよ......」


 結梨から受け取った本、その中身に、『風呂上がりの幼馴染を見た主人公が暴走し、二人がベットでイチャコラする話』だった。

 ラノベなので、あくまで一般人が見られて大丈夫な程度に表現されているが、セーフよりアウトってやつだ。だからこれを結梨に渡した俺はアウトだ。


「風呂上り......か」


 今日帰ってきてからの状況をよく思い出す。つまりはなんだろう。


 なんでだよ。今まではそんなそぶりなんて無かったじゃないか。どうして今になって。

 俺はお前を助けられなかったんだぞ。


 昨日、今日と予想外の出来事が続いてしまっている。今は一人でよかった。きっとこの顔は誰にも見せられないことになっている。顔が熱い。


「大丈夫、明日になればきっと」


 そんな呟きがベットの中で零れ落ちた。

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