鷲とライオン

Randolph Holmes

第1話 東の風が吹く

「ランドルフよ、見たまえ。東の風が吹いている。」

私の祖父の弟たるシャーロック・ホームズは、第一次世界大戦の直前、

こんな言葉を残した。

そのころ、時代の趨勢は確実に戦争へと向かっていた。

自国の勢力のさらなる拡大を目指すイギリス・フランス・ドイツをはじめとする

帝国たちが、あちこちでぶつかりあい、その波がヨーロッパの本国にまで迫って

いたのである。

これをシャーロックは「東の風」と呼んだのだ。

東の風は間もなくその強さを更に増し、ヨーロッパじゅうを吹き荒れて、

あちこちを荒らしてまわった。

しかし、イギリスは帝国全体で100万人を超えるとも言われる損害を出しながらも、

この風を防ぎきり、打ち克った。

大戦に勝利したイギリスをはじめとする国々は、ベルサイユ条約において、

ドイツに多額の賠償金を課した。

ひとえに次なる「東の風」を未然に防ぐためである。

しかし、このことが皮肉にも次なる「東の風」を呼び込むことにつながって

しまうのである。


第一次世界大戦終結後、ヨーロッパはつかの間の平和を享受した。

しかし、その陰ですでに東の風は吹き始めていた。

そして、そのことに大部分の人間は気付いていなかった。


そうして一度目の大戦が終結して10年あまり。1930年代に入ったころには、

その風はすでに押しとどめることも、それから逃げることもできない、

強く冷たい風となってしまっていたのである。

ドイツの「鷲」。イギリスの「ライオン」。

両者の争いはすでに回避不能なところまでに来ていたのだ。  

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