第二十三話 管理者リッチとの対決 その一
レッドドレイクを倒してから数日間は、英気を養って下さいと休養を与えられた。
休養と言っても、外出できる訳では無く、大聖堂の敷地から出ることは出来ない。
今も監視が付けられているから、逃げ出す事も出来ない。
まぁ、エアリーがいるから逃げ出すつもりは無いが、外に出てカレーとかラーメンを食べたくてたまらなかった。
大聖堂で出る食事は豪華で美味しいのだが、俺の口には合っていないんだよな・・・。
でも、勇者パーティに入ってしまった以上、管理者と出会う事は逃れられないので、訓練をして時間をつぶしている。
唯一の救いは、エアリーが俺の訓練を見てくれている事だろう。
エアリーとの仲は、まったく進んでいない・・・。
勇者パーティにいる間は、進展することも無いだろうと諦めている。
エアリーは、聖女様から与えられた任務を遂行することを第一に考えているからな。
しかし俺は、聖女様の言葉とかどうでもよく、管理者を前にしたら躊躇なく、エアリーを連れて逃げ出すつもりだ。
無駄とも思える数日を過ごした後、勇者パーティ全員、礼拝堂へと集められた。
そこに、教皇ノライテルが現れ、俺達の前に立った。
「勇者様、ついに私達の生活を脅かす魔族との戦いの時がやってきました。
勇者様にはユミミルの街まで赴いて頂き、そこで我が神聖国軍と合流し、不毛の大地と化したリッチの管理地を制圧していただきます。
既に神聖国軍は現地に配置済みですので、勇者様もお急ぎください」
「承知しました、全力を持って敵を排除することをお約束します!」
「それから勇者パーティの皆様には、こちらの魔道具をお渡ししますので、有効にお使いください」
教皇から一人ずつ、例の敵の魔力を抑える魔道具を渡された。
しかし、この魔道具で管理者や魔族の魔力を抑え込めたとしても、本当に勝てるのだろうか?
しかもこの魔道具、どうやら一体にしか有効ではないようなんだよな。
敵が複数だった場合、意味がないような気がする・・・。
でも、せっかく貰ったのだから一応装備しておくか。
「女神さまの加護があらんことを祈っております」
俺達は礼拝堂を出て、庭へとやって来ていた。
「いよいよ俺様の強さを世間に知らしめてやると気が来た!
俺に着いて来い!」
勇者は張り切って飛び出して行き、ヴァームスとアリーヌもそれに続いて行く。
俺もエアリーと共に飛び立ち、後に続いて行くが、正直気持ちはかなり落ち込んでいる。
横を飛んでいるエアリーは、魔族との戦いを前にして、かなり緊張している様子だ。
「エアリーさん、今からそんなに緊張していては、疲れてしまいますよ」
「マティーさん、それはそうなのですが、私はとても怖いのです。
今まで魔物と戦って来た事もありませんし、ましてや魔族なんてどれだけ恐ろしい物なのか、想像もつきません。
マティーさんは、魔族と戦った事はあるのでしょうか?」
「魔族と戦った事も、出会った事もありません。
ですが、魔族がどの様な存在なのかは知っているつもりです」
「そうなのですね、出来れば教えて貰えませんか?」
「分かりました、魔族とは人語を話し、とても強力な魔力を持った存在で、普通の人には恐怖で近づく事さえ出来ない存在だと、父から教えられました」
「人語を話すのですか!?」
エアリーは、とても驚いている様子だが、人語を話す事がそんなにも意外なのだろうか?
俺が幼い頃、アベルが出会ったゴブリンの進化体でさえ、人語を話していたと聞いたぞ。
それに、ゴブリンやオークと言った亜人系の魔物は、人語では無いが、何かを話しているのは俺も聞いた事がある。
「はい、俺の父は魔族に会って話しをしたそうですよ、その時は特に襲われる事無く、見送ってくれたそうです」
「そうなのですね、私が教わったのとはかなり違います・・・。
魔族とは会話する事も出来ずに、人を見たらすぐ攻撃してくる危険な存在だと教えられました。
そして、私達に隙があれば、街に攻め込んで来て乗っ取られるのだと・・・。
ですが、女神様のご加護により私達は守られているので安心ですと教わるのですが、マティーさんの話とは違いますね」
エアリーは、少し考え込んでいる様子だ。
もしかしてエアリーは、女神教の教えに疑問を感じている?
それなら、もう少し話を続けてみれば、もしかしたら女神教の教えから抜け出して貰えるかも?
やって損は無いよな、上手く行けば俺と一緒に勇者パーティを抜けてくれるかもしれない!
俺はエアリーと、もう少しは無しをしてみる事にした。
「エアリーさんは、先程女神のご加護により守られているので安心だと言いましたよね?」
「はい、ネフィラス神聖国は、女神様に守られているのです」
「では、他の国は守られていない事になりますね?」
「そうですね」
「ですが、俺が冒険者ギルドで習った歴史でも、守られていない他の国に、魔族が攻め込んだと言う事は無いと教えられました」
「マティーさん、それは違います、ケルメース王国は魔族に攻め込まれて、いくつもの街を滅ぼされました」
「そうですね、それは俺も知っています、ですが、魔族が攻め込んだのには理由があるのです。
街を滅ぼしたのは、妖精の管理者なのですが、人が妖精を奴隷にする為、連れだした事が原因なのです。
その事で怒った妖精の管理者は、仲間を助け出すべく、街に攻め込んだと言う訳です」
「そうだったのですね・・・」
「はい、それと今回私達が攻め込むリッチの管理地ですが、ネフィラス神聖国としか接していません。
ネフィラス神聖国は、女神様のご加護で守られているのですから、魔族側から攻められる事は無いはずです。
それよりも、他の国とも接している、獣人の管理地か龍の管理地に攻め込んだ方が良かったのでは無いでしょうか?」
エアリーは少し考え込んでしまった、恐らく頭の中で地図を思い浮かべているのだろう。
俺も冒険者訓練所で覚えただけで、大まかな位置くらいしか把握していないからな・・・。
「・・・そうですね、ですが、不毛の大地は死者を冒涜している土地です。
その地を浄化する事は、女神教の悲願なのです。
ですから今回、勇者様が差し向けられたのだと思います・・・」
なるほど、確かにアンデッドが跋扈する土地だから、間違いでは無いよな。
でも、エアリーも少しは女神教の教えに疑問を持つ事が出来た様だな。
今回はこのくらいで止めておこう、これ以上追い詰めても俺が嫌われるだけの様な気もする・・・。
それだけは絶対回避しなくてはならないからな!
「そうですね、少し考え過ぎたようです」
「いえ、マティーさんの考えも間違いでは無いのかも知れません。
ですが、女神様の教えに間違いは無いのですから、まずは不毛の大地を浄化するのが先だった、という事なのでしょう」
それからは、特にエアリーと会話する事無く、目的の地であるユミミルの街に辿り着いた。
勇者は、街の外に降り立った。
流石に前回と同じような過ちを犯すほど、馬鹿では無かった様だ。
俺達が降り立ってすぐに、全身金属鎧に身を包んだ兵士が駆け寄って来た。
「勇者様、お待ちしておりました、軍団長がお待ちですので、こちらにいらしてください」
「分かった、案内してくれ」
「はっ!」
兵士に案内され、街の外に臨時に作られたと思われる、軍の駐屯地へと連れて来られた。
そしてその中で、ひと際大きなテントの前までやって来た。
「軍団長!勇者様をお連れしました!」
「入れてくれ!」
「はっ!勇者様、お入りください!」
勇者に続いて、ヴァームス、アリーヌと続いたため、俺とエアリーも中に入って行った。
テントの中には長いテーブルが置かれており、数人の鎧を着た男性達が席に座っていた。
「勇者様、お待ちしておりましたぞ。
私は、ネフィラス神聖国軍軍団長のジャレッジと申します。
勇者様、席に掛けてください」
「うむ」
一番奥に座っていた軍団長が立ち上がり、勇者に挨拶をしていた。
軍団長は、がっしりとした体つきで、白髪交じりの茶色の髪をしていて、やや年老いた感じだが、眼光は鋭かった。
若いころは相当強かったのではないかと思う。
それくらいでないと、軍団長なんて務まるはずもないな・・・。
勇者と俺達がテーブルの席に座り、その体面に軍団長が座った。
「勇者様には、明日より管理者リッチの住む城まで、我が軍と共に進軍していただく。
リッチの城に到達するのは三日後を予定しておるが、相手は魔物、多少遅れる事もある。
城までの戦闘は我が軍が受け持つが、もしもの場合は勇者様にお願いする。
そして、リッチの城を我が軍で包囲した後は、勇者様にお任せするがよろしいか?」
「うむ、任せておくがいい!」
「さすが勇者様、堂々としておられる、頼もしい限りだ!」
勇者は偉そうに返事をしていたが、管理者との戦いには軍は手助けしてくれないのか・・・。
今回の相手はリッチだと言う事から、恐らく魔法が主な攻撃手段だろう。
と言う事は、多勢で攻め込んでも被害が拡大するだけかもしれないな・・・。
でも、城に入った後、リッチの周囲を守っている魔物はいる事だろう。
それを、勇者たちが倒せるのか疑問だが。
俺は勇者が倒せようと倒せまいと、エアリーを守って逃げるだけだから、どうでもいいか・・・。
「所で軍団長、この者はビショップだが回復魔法が得意だ、明日から前線で使ってやってくれ!」
「なっ!?」
勇者はニヤニヤしながら俺を指さしていた。
コノヤロー、地味な嫌がらせをしてきやがる・・・。
「勇者様のお仲間に助けていただけるのでしたら、とても助かりますな!」
「うむ、遠慮なくこき使ってやってくれ!」
俺は反論する間もなく、明日から前線送りが決まってしまった。
「では勇者様には今日はゆっくり休んでいただいて、明日からに備えてくだされ」
「勇者様、ご案内いたします」
ここまで案内して来てくれた兵士が声をかけて来て、俺達は大きなテントから外に出た。
そしてそのまま、勇者用に建てられたテントへと案内された。
「勇者様はこちらでお休みください」
「うむ」
「従者の方々は隣のテントとなります」
勇者用の立派なテントの隣に、一人ずつ入れるテントが用意されていて、俺はその中の一つに入る事となった。
中には簡易ベッドが置かれていて、一応床で眠らなくていいようになっていた。
俺はベッドに腰かけ、今後の事を考える事にした。
勇者の企みにより、俺は明日から前線に出る事が決まった訳だが、意外と悪くないのかもしれない。
嫌いな勇者たちといるより、前線で魔法使っていた方が気も楽だな。
問題はエアリーと離れてしまうと言う事だな・・・。
エアリーを連れて前線に出るのは危険だし、かといって勇者と一緒に居させるのも危険だ!
俺が悩んでいると、テントの外からエアリーの声が聞こえて来た。
「マティーさん、入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ!」
俺は慌ててベッドから立ち上がり、テントの入り口の布を開いて、エアリーを中に招き入れた。
「エアリーさん、どうかしましたか?」
「はい、マティーさんと一緒のテントで寝ようかと思いまして・・・」
エアリーはやや頬を赤くさせて、恥ずかしそうにそう言って来た。
そのお誘いは非常に嬉しいが、恐らく今までと同じように安心して眠りたいと言う事だろう。
決して勘違いをしてはいけない・・・。
今すぐ抱きしめたいが、それをしてしまうと、ここまで築き上げてきた信用を一瞬で失ってしまう。
我慢だ・・・。
「分かりました、俺は寝袋を使いますので、エアリーさんはこのベッドを使ってください」
流石にこの簡易ベッドで二人寝るのは無理があるからな。
「いえ、私のテントにあったベッドを持ってきましたので、こちらに置かせてもらいますね」
エアリーはそう言うと、収納の魔道具からベッドを取り出し、俺のベッドの隣に並べるように設置した。
「これで問題ありませんね」
エアリーはにっこりと微笑んでいた。
俺はその表情を見ただけで心が温かくなり、とても癒されて行く気分になる。
この笑顔を守るために、俺は明日から全力を出して行かないといけないな。
となると、やはり明日から一時もエアリーと離れるわけにはいかない!
エアリーを前線に連れていく事は危険だが、一人にするよりかはましだろう。
「エアリーさん、座って話しをしませんか?」
「はい」
俺とエアリーは、ベッドに隣同士に座り、明日からの事を話す事にした。
「エアリーさん、俺は明日から前線に出て、傷ついた兵士の治療に当たります。
もしよろしければ、エアリーさんも一緒に来てもらえませんか?」
「はい、私もマティーさんに着いて行き、兵士たちの傷を癒したいと思っていました。
私は戦いでは役に立ちません、ですので、これくらいは皆様の役に立たないといけないですから・・・」
エアリーは、少し寂しそうな表情を見せていた。
「エアリーさんが役に立たないと言う事はありません。
と言うより、エアリーさんの活躍する場がない方がいいのです。
それは皆が無事に、戦いを終えられた証拠なのですから。
そして、エアリーさんが居る事で、前線に立つ者達が安心して戦いに赴く事が出来るのです。
ですので、エアリーさんは後方で身の安全を確保して、いざと言う時に備えておかないといけないのです」
俺が説得すると、エアリーは少し驚き、そして笑顔となっていた。
「マティーさんの言う通りですね。
私は出番が無く、皆様の役に立っていないと思っていましたが、私の出番が無い方が良い事なのですね」
「はい、その通りです、明日からもそうならない方が良いですが、万が一に備えて前線に赴く事にしましょう」
「はい、分かりました」
エアリーに元気な笑顔が戻って良かった。
その後夕食の時間まで、エアリーと楽しく雑談して過ごした。
夕食は軍の方で用意してくれると言ってくれたが、俺はそれを断った。
どうせ軍で用意する食事なんて美味しくないだろうからな、それなら自分で作った方がましと言う訳だ。
案の定、勇者のテントから食事が不味いと文句が聞こえてきたが、ヴァームスがなだめていた様だ・・・。
お互いに近い場所にあるテントだから、大声だと聞こえるんだよな。
エアリーと二人で夕食を食べた後は、明日に向けて就寝した。
隣同士だが、ベッドは別なので、比較的眠れたんじゃないかと思う・・・。
翌朝も自分で二人分の朝食を作り、エアリーと仲良く食べた。
昨夜もそうだが、テントの中て調理したので、誰からも文句を言われる様な事は無い。
こういう時、魔法で調理できるのは非常に便利で助かる。
もう、魔法が無い生活には戻る事は出来ないな・・・。
生前の生活の様は、何でもそろっていてとても便利だったが、今の魔法がある生活に慣れてしまうと、こっちの方が俺には合っているな。
朝食を終え、食器片づけも終わり、出掛ける準備は整った。
「エアリーさん、行きましょうか」
「はい、行きましょう」
エアリーと共にテントから出たが、前線に出ろと言われただけで、特にどこに行けとは指示されていなかったな・・・。
取り合えず、軍団長の所に行って見るか。
俺はエアリーを連れて、軍団長のいる大きなテント前にやって来て、テントの前で警護している兵士に声を掛けてみた。
「すみません、勇者パーティのマティルスと言う者ですが、軍団長は中にいらっしゃいますか?」
「はい、中にお入りください!」
俺とエアリーはテントの中に通された。
テントの中には、軍団長と各部隊長と思われる人達が席に座っていた。
どうやら作戦会議中だった模様だ・・・。
「これは勇者の従者様、丁度いい所に来られた。
今会議が終わった所でな、これから出立する所でした。
従者様には、こちらの治癒部隊長のマルキーに着いて行って下され」
軍団長に紹介された、治癒部隊長のマルキーは立ち上がり、俺達の前へとやって来た。
マルキーは、茶色の髪を短く刈上げた、若くて見た目は格好よく、剣を持って前衛で戦えそうな身体つきの男性だった。
俺は今まで治癒師の冒険者を色々見て来たが、ここまで鍛え上げられた肉体を持った治癒師はいなかったな。
「治癒部隊長のマルキーです、本日はどうぞよろしくお願いします」
「マティルスです、よろしくお願いします」
「エアリーです、こちらこそよろしくお願いします」
「では、私の部隊へとご案内します」
お互いに挨拶を交わすと、マルキーは俺達を連れてテントを出て行った。
他の部隊長たちも席を立っていたので、会議が終わったと言うのは本当の事だったのだな。
出来れば会議が終わる前に来て、話を聞いて見たかったな・・・明日は早めに行って見る事にするか。
マルキーに着いて、兵隊達が慌ただしく出発の準備をしている中を歩いて行き、治癒部隊がいる所にやって来た。
「マルキー隊長、出発の準備が整いました!」
「うむ、では連絡が来次第、出発するぞ!
それと、こちらの二人は勇者様の従者達だ!
今日は俺達の手伝いをして貰う事になっている、迷惑を掛けない様にしろよ!」
「はっ!」
「マティルス殿とエアリー殿は、私と一緒に行動してください」
「マルキーさん、分かりました」
「はい」
これが治癒部隊か・・・。
見回した感じ、百人・・・いや、二百人は居るだろうか?
しかし、周りの兵士達を見ても、皆よく鍛え上げられた体格をしている。
軍に所属する兵隊だから、鍛えているのは当然なのだろうが、俺は冒険者の治癒師の様に、ローブを着て後方で待機しているようなものを想像していた。
「前線で戦えそうだな・・・」
俺がつぶやくと、それが聞こえた様で、マルキーが返事をしてくれた。
「我が治癒部隊は、前線で戦える様鍛えているからな。
怪我人は後方では無く、最前線にいる。
当然治療に当たる俺達も、最前線にいなければ意味が無いからな!」
マルキーはニッっと笑い、笑顔を浮かべていた。
なるほど・・・後方に運ばれてきた怪我人を治療するのではなく、前線に出てその場で治療する訳か・・・。
その方が兵士の命を救う可能性は高くなるだろうが、治癒魔法を唱えている間、無防備になるのはどうするのだろうか・・・。
それはこの後見られる事になるのだろうな。
しかし、どう考えても脳筋の考えだよな。
後方に運ばれてきた兵士の治療をしていた方が、呪文の詠唱に集中できるし、強力な回復魔法も掛けてやる事が出来るだろう。
最初の内は、エアリーと共に様子見だな・・・。
他の部隊が出発し始めた頃、俺達のいる治癒部隊も、遅れず出発する事となった。
暫くは森の傍にある道を行軍して行き、徐々に森が無くなって行くと、枯れ木や岩が剥き出しとなった、荒れ果てた平原へとやって来て、一度停止した。
「ここが不毛の大地ですか?」
「マティルス殿は、この地は初めてなのか?」
「はい」
「ふむ、この先は草木も生えぬ不毛の大地、この地を浄化し、再び緑の大地を取り戻す事が今回の我々の任務だ!
その為には、勇者様に管理者を滅ぼして貰わなければならないがな!」
マルキーはまたニッっと笑って、笑顔を浮かべていた。
俺、この笑顔苦手だな・・・なんかムカついて来る。
単にマルキーの笑顔が格好よくて似合っている為、男の俺は嫉妬してしまう訳だな・・・。
俺がやっても似合わないし、やろうとも思わないけどな・・・。
そんな事は良いとして、隊列を直した軍は、再び進軍を開始した。
進軍を開始してから十分ほど経った頃、最前線の兵士達が魔物と戦闘している様子が見受けられた。
それほどこの治癒部隊は、前線に近い位置へと配置されている。
「マルキー隊長、戦闘が開始されたました!」
「うむ、まだそれほど厳しい様子は見受けられないな、一班のみ向かえ!」
「はっ!」
命令を受けた兵士は、二十人ほどの部下達を連れて、最前線へと向かって行った。
「俺も行った方が良いでしょうか?」
「いや、今日進む予定の所は、比較的弱い魔物しかいない、したがって今日は様子を見ていてくれて構わない」
「分かりました」
ここから見ている感じでも、魔物に苦戦しているようには見えない。
と言うか、数の勢いで押し切っている感じだな・・・。
今回導入された兵士がどれだけの数いるかは知らないが、俺が見た感じでは、少なくとも一万人以上は居るんじゃないだろうか。
それだけの兵士が居れば、Cランクの魔物位余裕で倒せそうだな。
問題はBランク以上の魔物だな。
あれは、数が居れば勝てると言う物ではない。
確か俺達がこの地で倒す予定だったBランクの魔物は、バンシー、デュラハン、コープススパイダーだったよな・・・。
バンシーは物理攻撃が効かないと言う事だったし、デュラハンも同じだったとシグリッドが言っていたな。
コープススパイダーだけは、物理攻撃が効くようだが、蜘蛛の糸と毒に注意が必要だ。
数で押したところで敗北するのが目に見えているな。
それでも、以前の三人で戦えば苦労はするだろうが、倒せていただろう・・・。
パトリックとシグリッドの事を思い出して、悲しい気持ちになってしまった。
野郎三人のむさ苦しいパーティだったが、それなりに楽しく過ごせていたからな・・・。
今思えば、俺が勇者パーティに入れられた事で、無理やりパーティを解散させられた可能性が高いな。
二人が新しいパーティメンバーを見つけられて、稼げている事を願うばかりだ・・・。
結局この日は、俺とエアリーの出番はなく、治癒部隊も班を交代して休ませながらの進軍となった。
しかし、翌日コープススパイダーの縄張りに入った事で、事態は急変した。
俺は大きな蜘蛛の巣が、辺り一面に張り巡らされているのかと想像していたのだが。
まったくそのような事は無く、しかし代わりに、辺り一面の地面に張り付くような形で糸が張り巡らされていた。
兵士達は張り巡らされている糸に気が付かないままその領域へと入り込み、暫く歩くと糸が絡みついてその場から動けなくなると言う事になった。
それで終われば、糸を切って脱出するだけだが、そうしてくれないのが魔物だよな・・・。
糸に捕まった兵士達には、足元から小さな蜘蛛が這い上がって来て噛みついていた。
噛みつかれた兵士達は痙攣して、その場に倒れこんでいた。
あれがコープススパイダーか?
昨日冒険者ギルドに行って、情報を仕入れて置くべきだったと後悔したが、時すでに遅し・・・。
「一、二班は倒れた兵士の救出に向かえ、三、四班は救出された兵士の治癒を行え!」
マルキーが素早く支持をだし、治癒部隊が動き出した。
「俺も向かいます、エアリーさんは、マルキー隊長の所にいてくれ!」
「分かりました、マティーさん、お気をつけて!」
エアリーに見送られて、俺も前線へと向かって行った。
前線に着くと、既に助けられた兵士達は、治癒部隊によって魔法を掛けられていた。
しかし、既に亡くなっている兵士もかなりの数見受けられた。
毒が強力の様だな、俺も噛み付かれない様にしなければ。
「俺も手伝います!」
「助かる!そちらの兵士達の治療を頼む!」
「分かりました!」
俺は周囲にコープススパイダーがいないことを確認してから兵士に近寄り、解毒の魔法を掛け、その後に回復の魔法を掛けて行った。
兎に角急いで解毒しない事には、間に合わないからな。
俺は次々と運ばれてくる兵士の治療を行いながら、周囲に敵がいないか見渡した。
しかし、荒れ果てた大地が広がるだけで、Bランクの魔物を発見することは出来なかった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
次の瞬間、前線にいた兵士が悲鳴を上げて、姿を消して行った!
「敵は地下だ!」
姿を消した兵士の近くにいた者が叫んだ!
なるほど、コープススパイダーは地下にいるのか・・・。
「皆、早く下がれ!」
兵士達は皆慌てて後方に下がって行くが、蜘蛛の巣に捕らえられた者達は、次々と地下へと連れ込まれて行った。
「敵を倒しに行きます!」
近くにいた、治癒部隊の兵士に告げて、俺は兵士が地下へと消えて行った所へと走って行った。
そこには、一メートルほどの穴が開いており、穴の深さは三メートルほどか・・・。
俺は剣に魔力を込めて強化をし、引き込まれた兵士を助けるべく、意を決して穴の中に飛び降りて行った。
穴の中は直径二メートルほどの円形で、立って歩くのには問題ないが、剣を振り回す事は難しい。
光も所々、地上からの光が届いていて、真っ暗では無かった。
しかし、穴は縦横無尽に掘られている様で、俺から見えている範囲には、コープススパイダーの姿を見ることは出来なかった。
「助けてくれーーーー!」
俺がいる所より、下の方から兵士の声が聞こえて来た。
俺は声がする方へと、穴の中を慎重に降りて行った。
暫く穴の中を進んで行くと、少し広くなった空間へと出た。
そこには、一メートル、いや、足の長さを入れると二メートル以上ある蜘蛛が、捕まえて来た兵士を糸でぐるぐる巻きにしている所だった。
あれは卵を産み付けて、子孫を増やすためか・・・。
捕まっている兵士にしてみれば、生きた心地はしないな。
何とか逃げ出そうと、必死にもがいているが、糸で絡み取られていて、逃げ出すことは不可能の様だ。
コープススパイダーは、兵士を糸で巻く作業に集中していて、こちらに気付いてはいない、今がチャンスだ。
「我に集いし力の根源よ、揺らめく炎となり、その姿を矢に変えて敵を貫け!ファイヤーアロー」
撃ち出した炎の矢が、コープススパイダーに命中したと思った瞬間、横っ飛びに避けられ、俺は慌てて炎の矢の軌道を変更した!
危うく兵士に当たってしまう所だった・・・。
俺は次の呪文を唱えていると、コープススパイダーは一瞬で間合いを詰めて来た。
爪、爪、牙、爪!
コープススパイダーの連続攻撃が俺を襲う!
俺はそれを、右手に持った剣で受け流しつつ、呪文を唱え続けた。
「ファイヤーアロー」
近距離で魔法を撃ち出したが、前足で俺の魔法は弾かれてしまった!
「なっ!」
あまりの出来事に俺が驚いていると、コープススパイダーがニヤリと笑ったような気がした・・・。
伊達にBランクじゃないって事が・・・。
体だけなら一メートル足らずと小さいが、他のBランクの魔物と引けを取らない強さがあるぞ!
しかもこの個体、相当戦闘経験がある様だ。
再び、コープススパイダーは俺に連続攻撃を仕掛けて来た。
しかも先程より早い速度だ!
とは言え、受け流せない速度では無い!
俺は再び呪文を唱えて、コープススパイダーに向け、近距離から魔法を撃ち込んだ!
先程と同じように、前足で弾かれてしまったが、それは織り込み済みだ!
俺は魔法の攻撃に合わせて、右手に持った剣をコープススパイダーの頭上に振り下ろした!
ザシュッ!
剣に手ごたえを感じたが、コープススパイダーにギリギリの所で後方に飛んで避けられた。
しかし、前足を一本切り落とす事は出来たな・・・。
しかし蜘蛛には残り七本の足があるんだよな。
だが、これを繰り返して行けば、何時か倒せるはず!
俺は呪文を唱えつつ、剣を構えて間合いを詰めて行った。
「ファイヤーアロー」
先程と同じように、近距離から魔法を放ちつつ、剣で斬りかかって行く。
するとコープススパイダーはジャンプして飛びあがった!
それならば落ちて来る所を斬り裂くだけだ!
俺は上を向き、コープススパイダーが落ちて来るのを待ち構えたが。
落ちて来るどころか、天井を歩き、俺の背後に向け飛び掛かって来た!
俺は慌てて避けようとしたが、背中に爪の一撃を受け、前のめりに地面へと倒されてしまった。
「くっ!」
背中に激しい痛みを感じるが、俺は転がりながら立ち上がり、何とかコープススパイダーと対峙した。
治癒魔法!
いや、攻撃だ!
目の前にコープススパイダーの爪が迫って来ている。
俺は右手に力を籠め、爪の攻撃を受け止め、魔法を放った!
案の定、コープススパイダーはジャンプしてこれを交わしたので、俺も同時に飛びあがり、剣を振り下ろした。
ズバッ!
俺の剣は、コープススパイダーの頭を捕らえて斬り裂いた!
ドサッ!
コープススパイダーは力尽きて地面に落ち、二度と動き出す事は無かった。
「ふぅ~、ぐぁっ!」
一息つくと、背中の痛みが再び襲って来た。
鎧を貫通している訳では無いので、打撲だと思うが、無防備のまま受けた攻撃だから、かなり痛い・・・。
俺は治癒魔法を掛け、背中の痛みを治療した。
取り合えず、コープススパイダーを収納するか。
俺は死体に近づき、収納していると、兵士達の声が聞こえて来た。
「た、助けてくれ・・・」
そうだった、俺は兵士達を助けに来たのだった。
冒険者の時の癖で、倒した魔物を収納するのを優先してしまった。
俺は慌てて、糸に掴まっている兵士達の下へ向かい、剣で糸を切って助け出し、治癒魔法を掛けて行った。
「ありがとう、助かった・・・」
「動けますか?」
「大丈夫だ!」
兵士達は自力で歩ける様なので、俺が先導して、地上へと戻って行った。
穴から外に出ると、周囲には治癒部隊が集まっており、救助に向かう準備をしている様だった。
「治癒部隊の皆さん、中にいる兵士達は全員助け出しました」
「おぉ、流石勇者様の従者殿だ!」
「私の事より、助けた人達をお願いします、一応私が治癒魔法を掛けましたが、休ませてあげた方が良いでしょう」
「分かった、従者殿も休んでください、後は俺達が請け負います」
「お願いします」
俺はエアリーの所へと戻って行った。
「マティーさん、大丈夫ですか?」
俺が戻ると、エアリーが心配そうな表情で駆け寄って来た。
「エアリーさん、俺は大丈夫ですよ」
「そうですか・・・」
エアリーは俺の体を見回している、俺も自分の体を見て見ると、泥まみれでとても汚れていた。
それもそのはずだな、穴の中で戦って、地面を転がったりもしたのだから。
「確かに汚れていますが、怪我はしていませんよ」
俺は自分に浄化の魔法を掛け、汚れを落とした。
あっ、エアリーにやって貰えばよかったな・・・。
なんか、前も同じ様な事があったが、仕方が無い。
そこに、マルキーがやって来た。
「マティルス殿、兵士を助けて頂き感謝する!」
マルキーは俺に頭を下げてくれた。
「いえ、私は与えられた役割を果たしただけですよ、それは他の兵士達も同じ事でしょう」
「しかし、一人で魔物を倒したと、部下から報告を受けたぞ」
「そうですね、俺は元冒険者ですから、魔物との戦いには慣れているのです」
「なるほど、では、また強敵が現れた際には、力を貸して貰おう」
「はい、分かりました」
「では、しばらく休んでいてくれ」
「ありがとうございます」
俺はエアリーと共に後ろに下がり、少し休憩する事にした。
流石に、魔物との戦いで疲れたからな。
しかし、今思えばよく一人でBランクの魔物を倒せたものだな・・・。
今までは、パトリックに守って貰いながらだったため、かなり楽をしていたが、今回はそれが無かった。
だが、次も同じ様に倒せるとは限らない、慎重にしていかなくてはな・・・。
「エアリーさん、戦って喉が渇いたので、お茶を入れますね」
「はい、本来であれば私が入れて差し上げなくてはならないのですが・・・」
エアリーは申し訳なさそうにしていたが、何もない場所でそれは無理と言う物だ。
俺は収納より鍋を取り出して、魔法で水を入れて沸かし始めた。
そこでふと手元を見ると、呪いの指輪ともう一つ、違う指輪が入っているのに気が付いた。
あっ、敵の魔力を押さえ込む魔導具があったんだな・・・。
これを使っていれば、もっと簡単に倒せただろうに。
しかし、コープススパイダーを倒した事は、いい経験になったから、まぁいいか・・・。
次からは忘れずに使って行く事にしよう。
お湯が沸き、お茶をカップに入れて、エアリーと共に、束の間の休息を楽しむ事にした・・・。
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