第15話 付喪神

 翌朝、八角村へと出発した。

 まだ、ぬかるんだ箇所はあるものの、道は前日ほどひどい状況ではない。しかし、まだ朝だというのに強烈な日差しが容赦なく一行を襲った。

「今日はかなり暑くなりそうだ。昼前に到着できればいいのだが」

 蒼太がすでに汗まみれになって空を仰ぎながらつぶやいた。

 途中、広大な湿原を通る必要があった。荷車用に木道が渡されていて、歩くのに不自由は全くない。緑の絨毯の中に、ところどころ沼地が見える。色とりどりの可愛らしい花々がいたる所で咲き乱れ、思わず足を止めたくなる。

「今が見頃のようだな。ゆっくりと眺めていきたいところだが、仕方ないな」

 紫音があたりを見渡しながら口を開いた。

 湿原を抜けた後は、木々の生い茂る森の中に入った。日が遮られ、涼しい風が汗ばんだ肌に心地いい。木洩れ日がスポットライトのように木の肌を照らしている。

 今のところ、何かに遭遇することはなかった。鬼が出る気配もない。間もなく、八角村へ到着するだろう。皆、安堵の表情を浮かべていたときである。

 地面に巨大な足跡を見つけた。小春はそれをじっと見ていたが、やがて皆の方を向いて口を開いた。

「間違いない。鬼の足跡だ」

 その足跡は突然現れた。そして道沿いにずっと続いている。しばらくその跡をたどっていくと、その先で地面が大きくえぐれた場所を見つけた。

「ここで棍棒を振り下ろしているな」

 そこから足跡は至る場所に残っていた。何かを探していたようだ。鬼の姿はもちろんどこにも見えない。

「何かを見つけて棍棒で殴りつけたのだろうな。どこかに遺体があるかもしれん」

 桜雪の言葉に対して小春は首を横に振った。

「いや、鬼は人間の遺体は持ち去ってしまう。おそらく残ってはいないだろう」

 桜雪らは念のため付近を調べてみることにした。しかし、遺体はおろか、体の一部さえ見つからない。

「今までの村では行方不明者がいるとは聞いてないな。すると、八角村の者がやられたのだろうか」

 いずれにしても、鬼がいることはほぼ間違いない。誰もが神経を研ぎ澄ませて周囲に注意を向けた。

 そのとき、少し離れた茂みから何かが動く物音が聞こえた。皆、一斉に茂みの方へ目を遣った。

 茂みから道の方へ上半身だけを覗かせて、誰かがうつ伏せの状態で倒れている。よく見ると、女の子のようだ。まさか、この子が一人で森に入り、鬼に襲われたというのか。

 桜雪が急いでその子のそばへ行き、茂みの中から抱き上げた。そして、その姿を見て皆は息を呑んだ。

 その子は両足が無残に破壊されていた。しかし、血は出ていない。両足はまるで木が折れたようにささくれ立っていた。

 小春がその子のそばへ駆け寄って尋ねた。

「お前、妖怪だな」

 女の子は黙っている。

「言葉はわかるか?」

「・・・わかる」

「誰にやられた?」

「・・・鬼」

「とにかく、壊れたところを直してもらおう。元の姿に戻れるか?」

 小春がそう言うと、女の子の姿が消えて一本の番傘に変わった。柄の部分が粉々に折れてしまっている。

「新しい柄に替えれば助かるかもしれない。とにかく、ここに放っておくわけにもいかないだろう。連れて行こう」

 桜雪がそう言って、番傘を抱きかかえたまま八角村へ歩き出した。


 しばらくして一行は八角村に到着した。

 それは村というより城郭都市と言ったほうがいいだろう。周りを土塁と堀で囲い、入り口には分厚い木の板でできた巨大な扉がある。囲いがいびつな八角形の形をしていることから八角村と名付けられた。出入りができるのは、小春たちが今いる南門と、その反対側の北門の二箇所のみであった。

 桜雪は、入り口の前で立ち止まり、小春に番傘を預けて言った。

「すまない、言うのを忘れていた。この村は大府と同じく妖怪が入れないよう結界が張ってある。小春殿もその子も入ることができぬ。我々が行って傘を直せる職人を探して来るから、しばらくここで待っていてくれないか」

 五人が中に入るのを見届けた後、小春は抱きかかえていた番傘に目を遣った。

 やがて、番傘が女の子の姿に戻った。

「もうすぐ直してもらえるからな。我慢しておくれ」

「・・・もう、だめみたい」

「弱音を吐くやつがあるか。もう少しの辛抱だ」

「ありがとう、やさしいお姉さん」

 小さな声でそう言うと、女の子は小春の顔を見て微笑んだ。その姿がだんだんと薄らいでゆく。

「だめだ、あきらめるな」

 小春の言葉も虚しく、女の子の姿は消え去り、番傘だけが残った。

 それから程なくして、桜雪らが一人の男を連れて現れた。

「職人を連れてきたぞ」

「だめだった。間に合わなかったよ」

 小春は、番傘を見つめたまま静かに告げた。

 長い年月を経た道具には、霊が宿り付喪神となることがある。たいていは力が弱く、妖術も使えない。いたずら好きの者もいるが、人間に害を及ぼすほどではない。村の中に紛れて生活している場合もある。この番傘の付喪神は、八角村へは入れず森の中でひっそりと暮らしていたのだろう。もし、八角村の中にいれば、鬼に襲われることもなく安全に生活することができたはずだ。小春はやりきれない気持ちになった。

「こんな無力な妖怪まで排除しなきゃならないのか」

 感情を押し殺した声で尋ねる小春に誰も応えることはできなかった。

 やがて、小春は職人に番傘を預けた。

「この傘、直してやってくれないか。また、いつか霊が宿るようになるだろう」

 そう言うと、くるりと向きを変えて森の方へ向かった。

「小春殿、どこへ行かれる?」

 桜雪のその質問に小春は答えた。

「鬼を退治しなければならないだろう」


 小春は一人、森の中に入った。

 その後を、桜雪ら五人が追いかける。

 まだ、昼を少し過ぎたくらいの時刻だ。あたりには蝉の声が渦巻くように鳴り響く。

 やがて湿原に出たところで、小春はまた来た道を引き返した。桜雪らもそれに従う。

 森の中をしばらく進んだとき、今までうるさく鳴いていた蝉の声が全く聞こえなくなったことに桜雪達は気づいた。不気味な静けさに包まれる中、小春がぴたりと立ち止まった。背中の大刀を手に握りしめ、前方を睨みつける。

 桜雪たちが小春のいる先を見ると、さっきまではなかった濃い霧が立ち込めている。同時に、背中に悪寒が走り、押さえつけられるような圧迫感を感じた。

「まさか、鬼が現れたのか」

 桜雪は刀を鞘からゆっくりと抜いた。小春に近づいて

「間近に来ているのか?」

 と問う。小春は、視線を前方から外すことなく首だけ少し桜雪の方に向けて

「ああ、すぐそこにいる」

 と答えた。

 霧の中から、黒い影が現れた。桜雪が目を丸くしてその影に見入った。

 やがて真っ赤な体の鬼がこちらに近付いてきた。圧倒的な殺気を体に感じ、五人の剣士はその場に立ちすくんだまま動けなくなった。

「これが鬼か・・・」

 桜雪は、その姿から目を離すことができず、ただ一言そうつぶやいた。

「少し離れた方がいい。巻き込まれるぞ」

 小春はそう言って刀を中段に構えた。

 鬼は、小春の姿を見ると鼻をふんと鳴らし、右手に持った棍棒を小春の頭めがけて振り下ろした。

 桜雪は素早く後ろへ飛び去ったが、棍棒が地面に衝突した瞬間に生じた衝撃波を食らい、さらに後方へ飛ばされてしまった。

 仰向けに倒れ込んでしまった桜雪が起き上がり、鬼の方を見たときには、小春の姿がどこにもなかった。

「小春殿!」

 桜雪が叫んだ次の瞬間、鬼が前方に倒れ込んでしまった。鬼は手をついて立ち上がろうとするが、やがて立つことを諦め、うつ伏せの状態のまま這って桜雪の方へ近付いてくる。その鬼の後ろに小春の姿があった。

 小春は、棍棒が振り下ろされる瞬間に鬼の股の下へ潜り込み、右足を素早く袈裟斬りで切り落とした。そのまま体を回転させると今度は左足を切り返し、あっという間に両足を切断してしまった。

 足を失った鬼は、まるで赤ん坊のように這って逃げようとする。小春はその体の上に飛び乗り、鬼の頭に刀を突き立てた。その瞬間、鬼の身体がピクリと痙攣する。鬼が刀を抜こうと両手を近づけると、小春はその手まで切り落としてしまった。もはや為す術がない鬼はなおも逃げようと這い続ける。小春がもう一度、刀で頭を突いた。目は潰れ、切先が口から飛び出している。それでもなお、鬼は行進を止めなかった。その凄絶な光景を、桜雪たちは息を呑んで見守っていた。小春は、頭を貫いたまま刀を振り上げて鬼の脳天を切り裂いた。まるでざくろのように、鬼の頭が二つに分かれる。ようやく鬼は動きを止めた。そして黒い煙となって消え去ってしまった。

 小春は桜雪の方へ近づき、口を開いた。

「大丈夫か?」

「心配ない。が、後ろへ逃げるのはよくないようだな」

「そうだな。股の下に潜り込めば、鬼は相手がどこに行ったのかわからなくなる。足を落としてしまえば、鬼は何もできなくなるよ」

 桜雪は刀を鞘に収めると、笑みを浮かべて小春に言った。

「あの子の敵が討てたな」

「ああ。でも残念だ。もし、あの雨がなければ、あの子は救えたかもしれない」

「仕方ないさ。過ぎたことはもう戻せない」

 そう言って、桜雪は大きなため息をついた。


 小春を門の前に残し、五人は八角村の中へ入った。

 騒ぎを聞きつけた村人たちが、入り口から様子を見ていた。

「鬼はどうなったのですか?」

 村人の一人が尋ねる。

「退治しました。もう大丈夫でしょう」

 その言葉に、村人たちは安堵の表情を浮かべた。

「ところで、村の長はどちらに?」

 桜雪が問いかけると、村人たちの影から一人の女性が前に進み出た。

「お久しぶりです、桜雪さん」

 美しい黒髪を腰のあたりまで伸ばし、上品な顔立ちと相まって、まるで日本人形を思わせる。鮮やかな紅色の着物に身を包み、手には鬼に壊されたあの番傘を抱いていた。

「本当に鬼が現れたのですね」

「はい。その番傘は元は妖怪でしたが、残念ながら、鬼に殺されてしまいました」

「かわいそうなことをしてしまいました。村の中にいれば安全だったかも知れないものを。それで、鬼はあなた方が退治してくださったのですね?」

「いや、我々ではありません」

「では、どなたが?」

「それが実は妖怪でして、村の中に入れないのです」

「それなら、結界を解かねば」

 その女性は、周りの村人たちに結界を張るのを止めるよう指示を出した。

「いいのですか? 結界を解いてしまっても」

 桜雪の問いかけに

「村の掟には結界を張らねばならないとはありますが、常に、とは書いてありませんわ。鬼を倒してくださった方を外に待たせておくなんて失礼でしょ?」

 と答えてその女性は微笑んだ。

 小春は桜雪に招かれ、村の代表の前に進んだ。

「私は千代と申します。この村の代表を務めております」

「私のことは小春と呼んでくれ」

「あなたが鬼を退治してくださったのですね。ありがとうございます」

「礼には及ばない。これも仕事のうちだ」

「そうですか。でも、おかげでまた安心して商いができるようになりますわ」

「そのことですが、」

 桜雪が間に割って入った。

「ここに鬼が現れると予言した妙な集団がいたと伺ったのですが」

「この村には来ていないので直接会ったわけではないのですが、なんでも近いうちに八角村に鬼が現れるだろうと触れ回っていたそうです。その言葉を信じた村から材料が届かなくなり、仕方なく我々が仕入れに向かうようにしたのですが、調達が間に合わず札が途中で作れなくなりました」

 札の製造は途中で止めることができないらしい。途中で作れなくなったということは、それまで手を掛けていたものは廃棄して、またはじめから作り直さなければならない。

「さらに悪いことに、大府まで商品を運びに行ったきり戻って来ない者もいます。今、八角村の中は大混乱でして」

「やはり戻ってはいないのですね」

「はい。このまま戻って来なければ、代わりの者に札を運んでもらわなければなりません」

「その集団に心当たりはないですか? 八角村のことを知っている輩のようですが」

「ここは人間からも妖怪からも恨みや妬みを買うことが多いから、心当たりはあり過ぎて一つに決められないですわ」

 妖怪を封じるための札を作っているわけだから、妖怪から恨みを買うのは当然である。しかし、八角村は人間からも恨まれていることが多かった。八角村が札の生産を支配するようになったのは、千代の先代があの手この手で他の村の生産を妨害してきたからだ。代表が千代に変わってからはそのようなことはなくなったのだが、今でも昔のことを不満に思っている者は多い。

「しかし、実際に鬼が現れたということは、その方々の言葉は正しかったということですよね」

 千代は、首をかしげながらそう言った。

「確かにそういうことになります」

「それでは、その方々に助けられたということになりますね」

 確かにそうだ。鬼が現れることを事前に教えてくれたわけだから、八角村を助けようとしたと考える方が正しい。しかし、なぜ直接八角村に来て警告しなかったのか、なぜ周囲の村にわざわざ広めるようなことをしたのか、その理由がわからない。

 千代と桜雪が考え込んでいたとき、いきなり怒鳴り声が聞こえてきた。

「いったい何を考えているんだ!」

 声のする方を見ると、数人の村人が近付いてきた。

「お千代、どうして結界を解いたんだ?」

 たぬき顔の背の低い老人が、千代に向かって噛み付くように叫んだ。

「鬼を退治していただいた方が妖怪とのことで、村に入っていただくために解いたのですが」

「なんだと、妖怪を村の中に入れたのか?」

「妖怪を村に入れてはならないという掟はありませんわ」

「そんなことを書くまでもないだろう。結界があれば妖怪は一歩たりとも入れぬに決まっているじゃろう」

「ええ、ですから結界を解いたのです」

 千代の挑発的な言葉に、老人は顔を真っ赤にした。

「今すぐ結界を張るんだ。元の状態に戻せ」

 頂点に達した怒りをすんでのところで抑えているかのような震えた声で老人は千代に命令した。

「それはできません。鬼を倒していただいたというのに、そんな失礼なことなどできるものですか」

「先代の盟友であるこのわしの言うことが聞けんというのか」

「今の村の代表は私です。決定権は私にあります。この御方が村に滞在されている間は、決して結界を張ることはありません」

 千代は毅然とした態度で老人に応えた。

 老人はしばらく千代の顔を睨んでいたが、やがて何も言わず立ち去っていった。

「申しわけありません。お見苦しいところをお見せしました」

「いや、いいのか? 相当怒っていたようだが」

 小春の言葉に、千代は笑顔で

「大丈夫です。すぐに治まりますわ。それより、今日はお礼におもてなしさせて下さい。さあ、こちらへどうぞ」

 と答える。鬼の件ですっかり忘れていたが、小春たちは昼を食べていなかった。急に空腹を覚え、一行はその招待を素直に受けることにした。


 千代の後について歩いていくと、やがて大きな屋敷の中に案内された。通された部屋は広く、柱や長押は黒漆に金で装飾され、壁や天井は金箔で覆われていた。欄間には松の木の彫刻が施され、ふすまには見事な龍の絵が描かれている。部屋の中の装飾に圧倒されながら待っていると、皆の前に膳がいくつも並べられた。どの料理も予想を遥かに超える豪勢なもので、しかも食べ切れそうにないほどの量があった。

「我々までご相伴に預かっていいのかな?」

 龍之介が場違いなところにいるかのように恐縮した。

「遠慮なさらないで。さあ、どうぞお召し上がり下さい」

 千代は笑顔でそう言って皆に勧める。

 料理はどれもおいしく、中にはめったに味わうことのできない珍味などもあり、誰もが舌鼓を打った。

「それにしても立派なお部屋ですな」

 蒼太が、ふすまに描かれた絵を眺めながら感嘆の声をあげた。

「先代の趣味ですわ。個人的にはもう少し落ち着きのある部屋にしたいのですが」

「先代が亡くなられてからどれくらい経ちますかな?」

 桜雪が千代に問い掛けた。

「かれこれ七回ほど季節が巡りました」

 千代は先代の孫にあたる。千代の両親は、千代がまだ幼い頃に妖怪の襲撃に遭って命を落としていた。八角村に結界を張るようになったのはその後からである。千代はそれからずっと先代のもとで育った。そして先代の遺言により、村の代表となった。

「千代さんはまだお若いのに、先代の跡を継ぐのは大変ではないですか?」

 と正宗が尋ねた。

「皆にいろいろと手伝ってもらっていますから、何とかこなせていますわ。ただ、先代といっしょに八角村を興してきた方々にとっては、今のやり方は不満らしくてよく衝突しますが」

「不満ですか」

 先代は、一人で八角村を今の状態まで大きくしたという実績がある。この村にとっては偉大な功労者だ。先代が築き上げてきた莫大な富は、この屋敷を見ればよくわかる。その分、敵も多かったのだろう。先代はこの村を発展させるためにあらゆる手を使った。職人を他の村から強引に引き抜いてきたり、材料が独占できるよう根回しするなど、他の村が札を作るのを妨害した。そうして独占状態になると、札の値を釣り上げて莫大な利益を得るようになった。

「私は、先代のようなやり方には前から反対でした。だから、今までの強引な商いを全部改めるようにしたのです」

「我々としては、そのおかげで助かってますよ。大府でも札の生産を始めていますから、将来的には他に頼らずに済むようになるでしょう。しかし、八角村にとってはいい話ではありませんが」

 紫音の言葉に

「いや、それでいいのです。昔の生活に戻るだけですから。今のように結界を張り続ける必要もいずれなくなるでしょう」

 と千代が話していた時、一人の使用人が千代のもとにやって来た。千代に耳打ちすると、千代は頷き立ち上がった。

「すみません、少し席を外します。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」

 そう言い残して、千代は足早に立ち去った。

「さて、これからどうしたものかな」

 桜雪が左頬の傷に触れながら考え込んだ。この男、考えごとをするときに傷に触る癖があるらしい。

「鬼を予言した連中を探したいところだが、まだ商人たちが見つかっていないしな」

「これからは鬼の出現にも気を付けなければならなくなる。一度戻って報告した方がよいのではないか」

「しかし、鬼が予言できるなら、今後どうなるのか話が聞けた方がよかろう」

「商人の行方も探さなければ。元々の目的はそちらだろう」

 意見が分かれる中で、桜雪は二つの案を提示した。

「いずれにしても大府へいったん戻って報告せねばならないだろう。そこで、どの道を使って戻るのかが問題になる。来た道を戻るか、北側の道を使うか、どちらがいいだろうか。鬼を予言した集団は今まで来た道は通っていない。だから、ここより北側にいるはずだ。商人の方は、正直言ってどちらを使っているのかわからないな。まあ、よほどの事がなければ北側は通らないと思うが、途中で出会わなかったという事はもしかしたらという話もあり得る」

 桜雪らが思案していると、そこへ千代が戻ってきた。

「お待たせして申し訳ありません」

「いや、先程食事が済んだところです。大変結構なおもてなし、ありがとうございます」

「お口に合いましたでしょうか。小春様はその料理がお気に召しましたか?」

 五人が一斉に小春の方へ振り向いた。小春は煮物を見つめたまま一心不乱につまんでは食べている。千代の言葉に我に返り、皆に注目されていることに気づくと、小春はばつが悪そうにうつむいたままぼそりと答えた。

「いや、あまりに美味しかったので、つい・・・」

 千代は笑みを浮かべながら

「それは香草をいろいろと加えていますの」

 と、作り方を小春に説明した。

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