第13話 五人の剣士
いつの話なのかは誰も知らない。遠い昔に栄えた文明が跡形もなく消え去った。
それは一瞬にして崩壊したとも、長い時間を経て徐々に消えていったとも言われているが、本当のことはわからない。
戦争で破壊されたとか、大きな災害があったとか、病が流行したためという者もいたが、それも結局のところは憶測でしかない。
それまで当たり前のようにあったもの、瞬時に遠くへ声を届ける機械、油で走る乗り物、空を飛ぶ鉄の塊、雲にまで達する高さの建造物など、それらは全て失われてしまった。
生命の数も劇的に減少した。それまで栄華を極めていた人間は、絶滅する一歩手前まで追い込まれた。
しかし、人間には過去に得た知識がまだ少し残されていた。その中で、生きるために必要なものだけが次の代へと伝えられ、また徐々に文明が発展していった。
やがて地球上のどこかで高度な文明が生まれ、また同じような歴史を繰り返してゆくのだろう。
かつて日本という国があった場所では、大小様々な地域集団が、独自の文化を持ち生活をしていた。各々は時に助け合い、あるいは敵対した。他との交流を持たない集団もあった。新たに生まれるもの、滅んでゆくもの、そして統合や分裂を繰り返し、常に変化し続けた。
いつの頃からだろうか。妖怪が姿を現すようになった。遠い昔の伝承でしか語られない妖怪の存在を最初は信じていなかった人間も、やがてその姿を目撃し、さらには接触するようになり認めざるを得なくなった。
妖怪の数は、人間に比べれば圧倒的に少なかった。しかし、その力は人間をはるかに超えるものだった。怪しげな妖術を使い、時に人を惑わし、苦しめ、殺めるような者もいた。人間との関わり方は様々だ。ある者は人間と共生し、ある者は人間に敵対し、またある者は一切の接触を拒絶した。
一部の妖怪は、容赦なく人間を襲った。その力の前には為す術がなく、人間はいつも妖怪に怯えながら暮らしていた。
やがて、人間は妖怪に対抗する力を身につけた。それは、辛い修行の末に会得したとも、ある妖怪から伝授されたとも言われている。その術を使えば、いかなる大妖怪も動きを封じ込めることができた。そのおかげで、人間に敵対する妖怪は激減し、再び平和な生活を送ることができるようになった。
しかし、その後、新たな怪物が現れるようになった。
鬼である。
大昔から語り継がれている鬼と同じ種なのかは定かでない。見た目は鬼であるが、目は一つしかなく、頭は丸坊主である。
鬼は、白魂と呼ばれる地で最初に現れた。そこには非常に大きな都市が形成されていたが、鬼の出現により周囲との交流ができなくなり、やがて衰退していった。
鬼にはある不思議な習性があった。鬼は、人が集まって住む場所を決して襲わない。そこから外に出た人間だけが狙われる。そして、殺された者の死体は決して見つかることはない。人々は、鬼が地獄へ運んでしまったのだと考えていた。
妖怪を封じる術が鬼には効かなかった。しかし、鬼は怪力の持ち主ではあるものの、妖術の類は用いなかった。人間や妖怪の中には、そんな鬼を退治することを生業とする者もいた。その中でも特に有名だったのが『白魂の鬼殺し』の異名を持つ剣生であった。
その剣生が亡くなった。鬼に倒されたのだ。守護する者がいなくなった後、白魂の地がどうなったのか、外部に知る者は誰もいなかった。ここで語られる物語は、剣生がこの世を去った後のことである。
小春が森神村を去ってから七日目になる。もう、旅程の半分は過ぎているはずだ。小春は峠を越えて窪地を歩いていた。
道の両側には山が迫り、木々が鬱蒼と茂っていた。ひんやりとした風が時折吹き抜けてゆく。峠を越えるまでは、蒸し暑い空気を助長するかのように蝉が騒がしく鳴いていたが、ここでは鳴き声が全く聞こえなかった。耳にするのは自分が地面を踏み鳴らす足音のみ。周りの木々は皆、異常な形にねじ曲がり、木皮が蛇の鱗のようにひび割れていた。雨が降ったわけでもないのに地面はぬかるみ、足を取られそうになることも度々あった。
(あまり長居はしたくないな。先を急ごう)
小春はそう考え、歩を速めた。
しばらく進んだときである。水の勢いよく流れる音が聞こえてきた。道を進むに連れてその音はだんだんと大きくなる。どうやら近くに滝があるようだ。
夕夏から以前聞いた、幽霊谷という場所の滝にまつわる怪談話を思い出した。
(ここが幽霊谷か)
滝があるのなら、そこで一休みしようと考え、小春は滝のある方へ行ってみることにした。どうやら、怪談話のことは全く気にしていないようである。
やがて目の前に現れた滝を見て、小春は感嘆の声を上げた。
「これは素晴らしい」
切り立った崖が高くそびえ立ち、その頂から大量の水が勢いよく流れ落ちていた。水煙があたりを霞のように覆い、まるで地響きのような轟音が鳴り響く。小春は、涼しい風を体で感じながら、その場に立ち尽くしていた。
大きな岩がいくつもあって、小春のいる場所からは滝壺が見えなかった。左手の方に川が流れているのを見つけ、小春はそちらの方へ行ってみることにした。
川は岩の間を縫うように流れている。川沿いに滝へ近づくと、深そうな滝壺がその姿を現した。この滝壺に身を投げた女性は二度と浮かんでこなかったらしい。そう言われるのも無理はないと小春は思った。
森神村を出てから、大きな川はどこにもなかったので、風呂はもちろんのこと水を浴びることもできなかった。ここまで人が来ることもないだろうと思い、この滝壺で水浴びすることにした。服を脱ぎ、かんざしを外して結った髪を下ろすと、小春は水の中に入っていった。水が体を心地よく冷やしてくれる。上を向き、しばらく水の上を浮かんでいた。太陽からの容赦ない日差しを浴びながら、目を閉じて流れに身を任せていると、だんだんと川の方へ近付いていった。体の向きを変え、滝壺の方へと泳いで近づき途中で水中に潜ってみる。水は青々として遠くまで見通すことができた。底は予想以上に深くて暗い。また水面に浮かび上がり明るい太陽の下で流れに体を預ける。そんな事を何度も繰り返した。もし、その光景を目撃したら、人魚が戯れているように思うかも知れない。黒髪は水の中でゆらゆらと漂い、白くて艷やかな肢体が、陽の光できらめく水面から露わになる。その柔らかな曲線は美しく、また扇情的であった。
そのうち水遊びにも飽きたのか、荷物を置いた場所の方へ近付いていった。そのとき初めて、その場所に何者かがいることに気が付いた。
完全に油断していた。水遊びに夢中になり、気配に気づくことができなかった。小春の目の前には、三人の男が並んで立っていた。
皮膚の色は黒ずんだ緑色で、丸い目を大きく見開き、その黒い瞳が小春の体を値踏みするかのように上下した。鼻が上を向き、口は大きく避けて、その間から牙を覗かせている。頭のてっぺんだけが禿げ上がり、その周囲にたわしのような剛毛が生えていた。
どう見ても人間ではない。河童だ。
伝説上の河童は、水中にいる人間を底に引き込んだり、尻子玉を引き抜いて殺したりすると言われているが、今の時代は野盗に身を落としているらしい。上半身は裸で、腰蓑だけを身に着けて、手には棍棒を握っている。
「こいつは上玉だ。きっと高く売れる」
河童の中の一人が口にする。
「売ってしまってはもったいない。俺らで味見しよう」
別の河童がにやけた顔でそれに応える。
「そんなことしたら壊れてしまう」
「なに、その時はその時だ。捨ててしまえばいい」
「せいぜい楽しませてくれ、お嬢ちゃん」
随分と好き勝手なことを言ってくれる。小春は動じることなく言い放った。
「失せろ、その汚い顔を二度と見せるな!」
河童たちのにやけた表情が変わった。明らかに怒っている。
「お前、楽に死ねると思うなよ」
さて、啖呵を切ったのはいいものの、武器は河童たちの足元に転がっている。素手で戦うしかないが、三人が相手となると少々厄介だ。相手は妖怪である。人間よりも明らかに力は強い。
河童たちは小春を囲うように分かれた。
「その綺麗な手足を砕いて動けなくしてやろう」
目の前にいた河童がそう言い終えるや否や、小春は前方に突進して相手の喉を思い切り突いた。
強烈な一撃を食らった河童がもんどり打って倒れたところで、小春は足元の大刀をすばやくつかんだ。
両脇にいた河童たちが一斉に棍棒を振り上げる。小春は地面に手を突いて前方へ回転しつつ体をひねり、向かってくる河童たちに相対するように着地した。棍棒が振り下ろされるより前に刀を素早く横薙ぎにすると、四本の腕がものの見事に切り離され、そのせいで二人の河童はバランスを失い倒れ込んでしまった。
しかし、その直後、最初に倒したはずの河童が小春めがけて突進してきた。小春は仰向けに倒され、河童がその上に覆い被さってきた。
両腕を押さえ込まれて小春は身動きが取れない。河童が顔を近づけてきた。生臭い息をかけられ思わず顔を逸らす。
押さえ込まれた腕を何とか振りほどこうと身をくねらせていると、急に河童の押さえつける力が弱まった。河童は体を仰け反らせて背中に手をやろうともがいている。見ると胸のあたりから刀の切先が飛び出していた。
河童の体はそのまま横に倒れていった。両腕を切り落とされた他の河童たちも胸を突かれて絶命している。
いつの間にか、誰かに助けられたようだ。周りを見ると、五人の男たちが囲むようにして立っていた。
その中の一人が小春に声を掛ける。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ。ありがとう、助かったよ」
声のする方を見ると、着物に身を包んだ男性の顔が目に入った。精悍な顔つきで、どこか野性味のある風貌は与一を思い出させるが、もっと洗練された雰囲気があった。長い髪を後ろで一つに束ねて馬の尾のように垂らしている。闘いの時に負ったのだろうか、左の頬に大きな傷跡があった。
小春は立ち上がって他の者を順番に見回した。皆、同じ衣装に身を包み、幅の広い腰紐には大小二振りの日本刀を差していた。なぜか誰もが目を逸らしているのを見て
「どうかしたのか?」
と小春が問うのに対して
「いや、目のやり場に困るのでな。早く服を着てもらえぬか」
と男は笑みを浮かべながら答えた。
小春が服を着終えて五人の下へ近づくと、最初に声を掛けてきた男が話を始めた。
「こんなところを女一人で旅しているのか?」
「まあ、そんなところだ」
「どこまで行くつもりなんだ?」
「今のところは大府を目指している」
「ほう・・・」
男は、少しの間を空けて再び話しだした。
「我々はその大府から来た者だ」
「そうか」
「大府には何用で?」
「人を探している。何か情報が得られないかと思ったんだ」
「誰を探してるのだ?」
「自分の父親だ」
「父親か・・・」
男はそれ以上は詮索せずに、小春が背負っている大刀に目を遣りながら
「あの河童どもとの闘いを見たが、見事な腕前だな」
と話題を変えた。
「しかし、もう少しでひどい目に遭うところだったよ」
「そんなに立派な刀を持ち歩いているということは、傭兵でもしていたのか?」
「一応、便利屋だよ。鬼退治も引き受けられる」
鬼という言葉に男は反応した。
「鬼と遭ったことがあるのか?」
「ああ、少し前に、東の方の森神村から南に下った森で鬼を退治した」
男はかなり驚いた様子だ。
「この辺りにも鬼が出たのか・・・」
一言つぶやいた後しばらくの間、男は頬の傷に触れながら思案顔で黙っていたが、やがて口を開いた。
「ここから北の方にある八角村という村が、鬼に襲われたという情報を得てな。それを確認するために向かっているところなのだが、我々は鬼と闘ったことが全くない。もしよければ、護衛をお願いできないか?」
思わぬところで仕事の依頼だ。寄り道することになってしまうが、急ぐ旅でもない。稼げる時に稼いでおこうと小春は考えた。
「別にいいけど、村が鬼に襲われたというのはおそらく違うな。鬼は村や集落は決して襲わないんだ」
「ふむ、それは俺も聞いたことがある。しかし、八角村の周辺で鬼が出没したという噂もあってな。それに、八角村から定期的にやって来る商人が全く来ないんだ。何かあったことは間違いない。皆、噂のせいで鬼を恐れて八角村を訪れようとはしない。そこで我々が様子を見に行くことになったのだ」
「わかった。それで報酬は?」
「そうだな・・・大府で使用されている貨幣で支払うというのはどうだ?」
「貨幣?」
「大府では、物を得るとき相手に貨幣を渡し、相手に物を与える場合は貨幣をもらう。それぞれの商品には交換する貨幣の量が定められている。高価なものほど多くの貨幣が必要になるんだ。どうせ大府に行くのなら、そのときに使うことができる。それに、あまり荷物にもならないぞ」
取り引きは物々交換が主流の時代に、大府では貨幣制度を導入しているようだ。小春は貨幣というものは見たことがなかった。
「ちょっと見せてくれないか?」
男が一枚の貨幣を小春に渡した。それは銀製で円盤の形をしていた。表面に複雑な浮き彫り細工が施されている。
「それ一枚で、米なら十袋分くらいになる。物で持つより楽だろ」
確かに荷物にはならないが、大府でしか利用できないというのが小春には少し気がかりだ。
「もし、鬼を退治してくれたら、一体につきその銀貨を十枚出そう」
米なら百袋分である。これは小春にとっては魅力的な取り引きだった。
「わかった。引き受けることにするよ」
小春は仕事を受けることにした。
八角村へ行くためには、東の山の峠あたりまで戻らなければならない。そこから北へ進み、二つほど村を通過すれば目的地に達する。それぞれの村で一泊ずつ、二日後に到着する予定だ。
「俺の名前は桜雪という」
桜に雪とは風流な名前だ。
「すまないが、名前は教えられない」
「呼び名で構わんさ」
「ならば小春と呼んでくれ」
他の四人も一人ずつ自己紹介した。
「俺は蒼太だ。よろしく」
樽のように太った男だ。糸のように細い目をして、いつも笑っているように見える。
「正宗と申します。お見知り置きを」
色白で、全員の中では一番小柄な体つきだった。小春と並んでもそれほど大差はないかも知れない。
「紫音と申す。いろいろと世話になると思うが、よろしく頼むよ」
鋭い目つきが印象的な男だ。肌は日差しのせいで黒く焼け、頭はきれいに剃られていた。
「龍之介だ。活躍を期待してるよ」
眼帯を付けているところを見ると左目が潰れているらしい。髪を肩のあたりまで伸ばしていた。
一通り挨拶を済ませたところで、さっそく桜雪から鬼に関する質問が投げられた。
「鬼が村や集落を襲わないというのは間違いないのか?」
「間違いない」
「なぜ襲わないのだ?」
「理由はわからない」
「不思議だな。鬼は人間を殺すことしか考えていないと聞いているが」
紫音がそう言って首を傾げた。
「その通りだ。出会った人間は果てまで追い掛けられる」
「もし出会ったら、どのように対処すればいい?」
龍之介の問いに、小春が
「鬼は力が強いから、攻撃を受け止めることは不可能だ。基本は攻撃を避けてうまく死角に入ることだな。頭上はあまり警戒しないみたいだ。自分より大きい奴なんていないからな」
と答えると
「なるほどな」
と桜雪がつぶやいた。
峠に達する前に左手に分岐する道がある。小さな石の標識がいくつかあり、左に曲がる方には『六道村』と彫られてあった。左に曲がり、さらに歩を進める。今度は小春が桜雪に質問した。
「なぜ、こんなに離れた村の様子を見る必要があるんだ?」
「八角村から商人が来ないと困るんだ。大府にとって重要なものが手に入らなくなる」
「重要なもの?」
桜雪は、小春の顔をじっと見つめていたが、やがて正面を向いて話を続けた。
「封術を知っているか?」
「ああ、妖怪を封じるための術だな。でも、詳しくは知らない」
「封術を会得するためには長く苦しい修練が必要になる。しかし、得られる力には限りがあってな。一人の力ではさっきの河童を封じることすらできないだろう。だから、たいていは複数の術者が一斉に術を掛けることで相手を封じる」
桜雪が、小春の顔を見て尋ねる。
「炎氷の雪女を知ってるか?」
「ああ、聞いたことはあるよ」
遠い昔、人間たちを恐怖に陥れた大妖怪がいた。炎すら凍らせたとの逸話から『炎氷の雪女』と呼ばれ、一夜にして村を人間ごと氷漬けにしたという。ある人間の男に恋慕したが、その男は他の女性を伴侶に迎えた。それを恨んだ雪女は、いつしか人間を根絶しようと企むようになり、そのせいで多くの人間が命を落としたと言われている。しかし、最後は封術で動きを封じられ、討たれた。
「炎氷の雪女を封じるために、百人以上の術者が必要だったと伝えられる。その術者を集めるため、先人たちはかなり苦労したそうだ」
桜雪は懐から一枚の札を出して小春に見せた。
「ところが、この特別な札を用いると、妖怪を封じる力が劇的に増大する。おそらく、炎氷の雪女を封じるのに十人もいらないだろう」
札には見たこともない記号のようなものが描かれていた。札自体は普通の蝋引き紙に見える。
「この札には、特別な配合をした香料が染み込ませてある。どんなものかは俺も知らないが。それに、文字を書くための墨も特別製だ」
「この札が八角村で作られているということか」
「そういうことだ。この札を作ることができる人間は限られている。一人前になるために何十年もかかるそうだ。現在、ほとんどの札は八角村で生産されている」
「その札は使い捨てなのか?」
「何度でも使うことができるが、術を掛けているうちに力を失ってしまう。書いてある文字が段々と薄くなって、最後には消えてしまうんだ。厄介なことに、力を失った札は元には戻せない。つまり、毎回はじめから作り直すしかないということさ」
そう言いながら桜雪は札を懐にしまった。
「妖怪を封じるだけじゃない。大府は妖怪が入ってこれないよう、何人もの術者が常に結界を張っている。そのためにも札が必要になるんだ。もし、札がなくなれば、妖怪の侵入を許してしまうことになる」
「なぜ、妖怪を排除する必要があるんだ?」
小春の問いに桜雪はこう答えた。
「ほとんどの妖怪は人間に対して敵意を持っているからな。全てがそうという訳ではないが」
小春はしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「残念だな。私は大府には入れない」
桜雪が小春の方を向いて尋ねた。
「どういう意味だ」
小春がそれに応えた。
「私には、妖怪の血が混ざっている」
五人の男が立ち止まり、一斉に小春の方を向いた。
小春も歩を止めて、桜雪の顔を見つめている。
「なぜ、そのことを明かしてしまうのだ?」
桜雪が真顔で問いかけた。
「別に隠すようなことでもない」
小春が無表情なまま桜雪に答えた。
沈黙の時間が流れる。やがて、小春が話を続けた。
「大府に入れなければ、貨幣をもらっても意味はない。ただ働きはごめんだ」
「心配はいらないさ。このあたりの村であれば貨幣は使える」
「本当か?」
「我々を見ろ。ほとんど荷物は持っていないだろう」
確かに、旅をするにしては荷物が少ない。必要なものは貨幣で交換できるということだ。
「わかった、信用するよ」
「それにしても、妖怪だったとはな。見た目は人間と変わらないが」
桜雪は、最初に小春と会った時の姿、裸体の小春を思い浮かべていたようだ。
「ふふ、あれでは誰も気づくまい」
小春が桜雪の顔をじっと見つめているのに気づき、桜雪は慌てて言い足した。
「まあ、安心してくれ。俺たちは、約束はきちんと守る。これからもよろしく頼むよ」
桜雪はそう言うと歯を見せて笑った。
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