異世界カウンセラーは恋をしない

華蘭蕉

第1話



 きっと、これは恋じゃない。

 僕の心がそう言っているんだ。僕がたとえ異世界から召喚されたいわゆる特別な存在だとしても、君に恋をする事は君に対してきっと良くないものを与えてしまう。

 だから、最後に感謝だけ。


「ありがとう。パムちゃんに会えて本当に良かった」


 目の前の少女は涙を浮かべていた。

 分かりました。と了承もした。


「じゃあ、カズヤを元の世界に飛ばすね」

「ああ、元気でな」


 これ以上、彼女の顔を見ると僕まで辛くなってくる。地面に描かれた魔法陣、そこに立ち僕は彼女に背を向けた。


 しばらく静寂が続いた後に彼女が我慢し切れず可愛らしい声を震わせながら言う。


「カズヤ! もし……もし……もう一度会うことが出来たら、今度はカズヤに迷惑かけないからっ! 私をっ!」

「ごめんな、俺はな最後まで『君のカウンセラー』でいたいんだ……」


 そう、僕はカウンセラー。そして、この話は日本という国のとある中学校でスクールカウンセラーをしていた僕ーー中塚和也がたった数年間、ひょんな事から異世界で魔法使いの少女のカウンセラーをしていて、ガールフレンドを作れる機会すら手放したただの間抜けな話だ。



 ◇◇◇◇◇◇



 さて、何処から話せば良いのだろうか。ここは僕の人生から話していこうか。

 えっ?要らない?いやいや大事でしょうが!誰も僕に興味がないって?悲しい事言うじゃないか。まぁ、結構それが正解かも知れない。


 先程、話したみたいに僕は日本のとある中学校でスクールカウンセラーをしていた。いや、別に自分から辞めたわけじゃないけどさ、今はしてない訳だしこういう言い回ししか出来なくてね。


 とにかく、中学校でカウンセラーしてたんだけど、誰も利用してくれないって事は誰も興味無かったって事なんだよね。それで、悲しいことにその学校でイジメが起きて自殺をした生徒が出たんだ。勿論僕にもその責任追及が来た。

 色々話を端折るけど、その時僕は教育委員会にトカゲの尻尾切りみたいに責任を押し付けられたんだ。


 それで職を失った後、気づいたら異世界にいた。うん、自分でも思うけど変わった経歴だよね、異世界転移って。

 でも、この異世界転移ちょっと不思議で、この世界に来た時に美女の声が聞こえたんだけど、姿が見えなくて周りに何も無い平原に放り出されたんだよ。色々魔法とか出ないか試してみたけど何も起こらなかったし。


 異世界ウキウキライフが始まるって思ってたのにこれだから、本当にびっくりしたんだよね。いやぁ、人生って大変だね。

 でも、この世界景色とても美しくて、ただの平原でも感動させられたのがまるで昨日の事みたいに憶えているよ。澄んだ空気の中に眩しい太陽によって照らされている花々やキラキラとそれを反射させている湖。改めて自然が美しいって思い知らされた。きっとこの世界を管理している神様は心が綺麗な人なんだろうなって思った。


 そして、僕は気を取直して、平原にあった道を辿っていくと、賑やかで人々の笑顔が溢れる中世ヨーロッパのような街に着いたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 さて、街に着いたは良いんだけど言語通じるかな?

 周りからは幸せに満ち溢れた笑い声が沢山聴こえてくる。

 とりあえず、すぐそこにあるお店らしき所に入ってみた。


「ヘイ、いらっしゃい! 兄ちゃん変わった服装だね! もしかして旅人かい? 話でも聞かせてくれよ!」


 どうやら、日本語でも大丈夫みたいだ。ここに召喚してくれた人のせめてもの心意気かもしれない。感謝しないと。

 スキンヘッドの陽気そうな店主のおじさんが僕に話かけてきた。


「元気ですねぇ! この街の皆さん。俺も元気では負けませんよ!」

「いい元気じゃねえか! 何か飲むかい?」

「あーごめん。この世界に来たばっかりで金が無いんだわ」

「ん? どういうことだ?」


 彼はその良く見える眉毛をへの字にする。


「いやぁ、俺一文無しなんですよ。この街で俺みたいなの雇ってくれる人とか居ないんすかね?」

「ん……とりあえず訳ありって訳か。道理で変な格好してるわけだ。兄ちゃん名前なんだい?」

「中塚和也だけど」

「カズヤ?変わった発音だな。よしカズヤ、ウチで働いてみるかい?」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「あぁ元気良いの旅人だからな。この国の神様はな、昔元気良い人間の旅人に生きる希望を貰ったんだってよ。それで、元気良い奴はどんどん歓迎してやれって訳だ。いい国だろ?」


 変わった神様だな。日本の神様も結構変わってると思うけど。まぁいい神様に越したことはないか。


「ええ。いい国ですね!」

「よし、決まりだ。少し大変だけどしっかり働けよカズヤ!」


 そして、ここから僕の異世界生活が始まった。



 ◇◇◇◇◇◇



 僕に与えられた仕事はとても大変で、食材の買い出し。特に安い物を大量に買い込んだりする為に朝早くから起きないと行けないのは辛かった。

 せめてもの救いは僕の喋った言葉や聞いた言葉が全て自動翻訳されている事だ。


 なぜそれに気づいたか、それは初めて買い物した時だった。値札には当然ながら日本語ではない言葉で書かれていて、これをどういう風に発音するか聞いた所日本語で返ってきた。そこでもう一度一文字ずつ指をさしながらどういう風に発音しているか聞いてみたら、聞いたことのない発音で喋った後、それとは違う発音の日本語が聞こえてきた。


 恐らくこれは僕自身に魔法のようなものがかかっている証拠なのだろう。でも、書いてある文字は読めないから勉強しないといけない。だから、お店に並んでいるような食品は優先的に暗記はした。


 ところで、僕が住み込みで働いている所は僕たちの世界で言う居酒屋みたいな所で、毎日繁盛していた。人のいいマスターの粋な計らいで僕はこの居酒屋の屋根裏部屋その1に住まわせて貰っている。


 基本僕の仕事は食品の買い出しや接客で料理は簡単なもの以外マスターがやっている。それだけ、マスターは料理に自信が有ったし、美味しいと思う。今度日本の料理でも紹介してみようかな。


 とりあえず、ここに来てから仕事に慣れるくらいの時間は経ったと思う。そんな頃に『彼女』が来た。



 ◇◇◇◇◇◇



 その日はいつも通り、居酒屋で接客をしていた。平日だと言うのにいつも賑わっているのはこの国の国民性なのか、とにかくみんな気の良いお客さん達だった。そんなワイワイとした雰囲気の中、ドアを勢いよく開けたお客さんがやってきた。


「へーい。いらっしゃーい」


 僕は誰が入ってきたのか最初はあまり良く確認せず挨拶だけして、さっと机の上を掃除した後すぐにそのお客さんの元へ向かった。


「お客さん、一人ですかい?」


 そう言いながら、ドアの方を向くと、そこには僕よりも背は小さくフードを被った一見子供の様な人がそこに息を切らしながら立っていた。


「もしかして君、子供かい?」


 そう、流石に異世界と言えどもここは未成年にはお酒は飲ませちゃいけない。個人的には自由にすれば良いと思ってはいるが割と元いた世界より厳しいというよりかは子供を大切にすると表現するのが正しい文化みたいだ。

 そして、目の前に立っているのはあからさまに大人というには背が足りていない気がした。


「どうした? カズヤ」

「あー多分この子未成年っすね。ちゃんと説明して帰って貰いますよ」


 僕は近づくと、その子が今にも消えそうな声を震わせながら言った。


「待って…… 私は……!」


 その台詞と同時にその子フードを外し、顔が見えた。白色の長い髪に、桃色の瞳。そして、人形のように整った顔立ちはまるで一輪の花が咲いているように思えた。


「お嬢ちゃん、ここは君が来るような所じゃ……」

「違うっ……私は……!」


 どんどん声がか細くなっていき、彼女は喉を抑えながら涙を浮かべ顔を下に俯いていく。その様子はまるで、伝えたい事があっても良いから事の出来ない子供の様なだった。ああ、これはまるで……。


「マスター。この子訳ありみたいだ。ちょっとか店抜けてイイっすか?」

「待て! カズヤ! 今日一人じゃ捌き切れないって! 割とお前が来てから助かってるんだ!」

「さーせん、後で埋め合わせするんで」

「あーもう! 分かったよ!」

「あざっす。ほら、行くよ君」


 彼女の腕を掴み居酒屋を出る。すっかり、太陽も沈んでおり、辺り一面は殆ど黒一色であった。


「さて、付き合ってられんのはちょっとだけだけど、こんな所に何の用だい?」

「どうして……分かったの……?」

「そんな表情してる子が困ってない訳ないじゃないか、大体今にも泣きそうだし」

「ヒッ……!」


 話しかける度に目に涙を浮かべていくのが見えてこれは重症だ。多分、年齢は中学生位か?かなりの対人恐怖症に見えるが。


「まぁ、俺みたいなオッサンは怖いよなぁ。それじゃあ、とりあえず景色の良い場所でも行こうか」


 腕を離すとそのまま背中にペタリとくっつくように歩いてきた。

 しばらく、街の中を歩くと建物の無い少し開けた場所にポツンとベンチがあって彼女にそこは座る様に促すと、ちょこんと行儀よく座り、僕はその隣に座った。


「とりあえず、今は落ち着いて、何もしないから。そうだ、上っていうか、空見てみなよ」

「そら……?」


 彼女が空を見上げるのを確認すると僕も空を見上げた。

 夜空には星が見えた。ここは異世界のだからもちろん星の位置は違うと思うけど、それでもそこには懐かしい物を感じ、そして元いた世界みたいに夜に光が無いからより一層綺麗に輝いて見えた。


「星が見えるよね」

「うん……」


 少女はまるでそれを始めて見たかのように目を輝かせ見ていた。


「俺の故郷にね、星を結んで名前をつける風習があったんだよ」


 僕は何気なく呟きながら空に指を指す。


「例えば、ほらあの一段と輝いている星。そこから下の細々とした星たちに繋げると何かの形に見えるそうだけど」

「うん」


 アドリブで必死に考える。


「ほら、振り子時計に見えないか? 名付けて時計座だよ!」

「いや……流石にそれは……」

「見えなかったかぁーじゃあ、あそこの三つの星、コンパスみたいに見えない?」

「全然……見えない……あっ……ごめん……なさい……変な事言って……」


 また、彼女は声をどんどん小さくしながら縮こまって顔を下に俯けてしまう。


「いやいや、別に変な事じゃ無いよ! 俺だって子供の頃から無茶苦茶な事言ってるって思ってたし。とりあえず、そのままにしてていいから俺の話に少し付き合ってくれない? 君にしか出来ない事なんだ」

「ほんとに……?」


 彼女は僕の顔を潤んだ瞳でギュッと見つめてきた。


「そうだよ。えっと、まずは自己紹介だね。俺は中塚和也、気軽にカズヤって呼んでくれ。さぁ、君の名前は?」

「トゥーリパム……ペンタス……」

「ペンタスちゃんって呼んでいい?」

「パム……」

「おーけー、パムちゃんで」

「それで、パムちゃん。一切君を責めている訳じゃ無いんだけど、君はどうしてこんな時間に子供一人でこんな所に居るんだい? もしかして、親とはぐれたとか?」

「違う……私は……そんな子供じゃ……」

「そうだよなぁ、親とはぐれて泣くような歳では無いよね。じゃあ君に何があったか教えてくれる? 自分のペースでいいから」

「私は……学校に住んでて……逃げてきたの」



 ……



 しばらく話を聞いていると、どうやら彼女ーーパムちゃんは全寮制の世界で一番の魔法学校に通う大体中学2年生くらいの子だという事が分かった。そして、彼女から出た大量の言の葉を端的に纏めるとこうだ。

 学校でいい成績は取れないし、周りは周りで秀才かつプライドの高い人が多い為毎日に気が滅入ってしまい、耐えられなくなって、しまいには好きだった魔法すら唱えられなくなってしまったらしい。更に彼女の場合、それに拍車がかかって人に対して話す事、関わる事すら恐怖の対象になっているようだ。


「よく話してくれたね」

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

「大丈夫だから。俺はパムちゃんのこと迷惑だなんて思ってないから」

「でも……お店……」

「君が気にするような事じゃ無いさ!」


 会話の様子見て分かるように、決して彼女は悪い子では無い。むしろ、状況や言葉一つ一つを丁寧に捉え過ぎていて、雁字搦めになった結果、人に怯えているのだと思う。周りの環境によってはきっと人の思いに寄り添える優しい子になっていたんだろう。


「カズヤ……さん……私……どうすれば?」


 一番僕が困ってしまう質問が飛んできた。普通なら「君の好きなようにすれば良い」か「学校をやめてしまえばいい」と答えるのが最良だと思うし、僕だってそうしたい。


 ただ、この状況がそうさせてくれない。想像すれば分かると思うけど、知らない大人に自分の恥となる様な身の上話をする事はとても勇気の要ることだと思う。いや、それを聞いたのは僕だけども! そういう事がじゃなくて、それはきっと僕という人間を彼女に信頼させてしまった故に起きた事だし、彼女は純粋に答えを求めている様に見える割にはただ信頼出来た人に話したかった様にも見えた。


 だから、この質問には僕が責任を持ちつつ尚且つ彼女が納得し傷付かない回答をしなくちゃいけない。

 まるで、問題を解決するためのアドバイスを渡して終わりではなく、心に寄り添った言葉を投げかけてくるカウンセラーみたいに。


「そうだね……うん、そうだ。その答えってさ、多分パムちゃんの『人生』を決める事だよね。だから、今から言う事を念頭に置いた上で聞いて欲しいんだ」


 彼女はコクリとその小さな顔を頷かせ、じっと僕の目を見つめる。


「『人生』は絶対に一人で決める事は出来ないんだ。俺だってそうさ……今のお店の手伝いも、昔の職業も自分一人じゃ出来なかった。人と人との関わり合いの中で道っていう物が、『人生』が出来ていくんだよ。これはきっと人が人である限り変わらない物なんだよ。この夜空にある星の位置みたいに」

「でっでも……星は……何千年か経てば位置は変わりますよ……?」

「うん、確かに変わる。そりゃ人間だって何千年も生きていれば価値観や文化によって引き起こされる『人生』は変わっていくでしょ?」

「確かに……でも……」

「ごめん、星で例えたのが悪かったね。でも、つまりは『人生』は人と人との混じり合いの中で生まれる一度しかないラッキーイベントなんだ。長過ぎてそんな気もしないけど」

「うん……」

「だから、自分でそのイベントを作ってもいいし、周りの縁や環境で協力してもらって一緒に作っていっても良いものなんだよ。きっとどちらが正解なんて無い。だから、俺は……」


 瞬間、夜風が強く吹いて星々の光に照らされた木の葉が巻き起こる。

 今の彼女にとって一番最良となるのは、彼女が安心して存在する事の出来る空間を作ること。だから……



「だから、俺はパムちゃんのカウンセラーになって君を支えたいと思ってるよ」



 たとえ、これが元の世界でカウンセリングが出来なかった僕のエゴだとしても、とんでもない勘違いを偽善だったとしても、ヒロイズムという名の酒に酔った楽観的な考えをと言われても僕は彼女のカウンセラーになる、そう誓った。

 そしてこの誓いを独善的で利己的な物にしない為に、彼女へ対する感情を全て消し去った。彼女から貰う物は何も無くて良い。それが僕の目指す、カウンセラーの理想像だから。



 ◇◇◇◇◇◇



 結局、僕とパムちゃん、そしてマスターの話し合いによって、パムちゃんは僕と同じく居酒屋に住み込みでお手伝いする事になった。マスターにはもちろん感謝しても仕切れない位の恩がある。


 さらに未成年を居酒屋で働かせるのはどうなのか?という意見もあると思う。それについては、マスターと僕で考えて、お昼だけ手伝いをしてもらう事にした。お昼なら、お酒を一切出さない為居酒屋ではなくただの料理屋になるし、お客さんも少ないから、パムちゃんにとっても僕らにとっても安心だし、特に法に触れる事が無いから良かった。彼女は屋根裏部屋の僕が使っていない方の部屋を使う事になった。


 そして、一週間1回彼女と話をする習慣を作った。それは、身近な話から、復学するか否かの話、今の生活において不安な所はないか。本当に様々な話をして、パムちゃんは僕にさらに心を開いてくれるようになった。


 そして、パムちゃんがどういう人か、魔法に対する熱意とか、将来の夢、今までの人生で苦労した事とか色々な事を聞いて、色々な事に共感したり、色々な事にアドバイスしたりした。


 次第に、お店にも慣れてきて、パムちゃんはお昼だけに現れる看板娘になりつつあり、昼には少なかった筈のお客さん達が彼女目当てで来る様にもなっていた。これにはマスターも大喜びで、益々僕らの生活に充実感が増していった。


 お店に出ない夜、パムちゃんは一人で魔法の練習をしていたりするそうで、魔法の調子も戻って来ているようだった。どんどん彼女が明るくなっていくのが分かった。それはとてもいい事で、僕も一先ず安心はした。


 しかし、その一方で彼女からの視線が信頼できる大人から、別の物に変わっている事に気付いた。いや、きっとそうなる事は分かっていたし、もうどうするか決めていた。彼女が打ち明け無ければもちろん何もしなくて、同じように大変だけど充実感のある暮らしを続けようと思う。


 だけどもし、彼女が自分の心に気付き始めて、それを打ち明けた時、僕は彼女の前から姿を消そうと思う。



 ◇◇◇◇◇◇



 数年が経った。


 マスターとパムちゃんとの生活にも随分と慣れて、様々な事があった。一緒に旅行に行ったり、魔法の勉強の手伝いをしたり、時々喧嘩したり、風邪を引いたり。


 本当に色々な事があった。僕たちの間にはもうさよならという言葉が無いくらいの関係になったし、もし別れてしまったら本当に惜しくなってしまうくらいの関係性になった。


 だからこそ、引き際なんだと思う。別れは惜しい位が一番良いってきっと誰かが言っていた。


 しかし何故、彼女達と離れようとしたか。それは、僕がなんでここに来たか、それが分かってより一層彼女と別れた方が良いと思ったからだ。


 そう僕がここにいるのは、どういう経緯で僕が異世界に存在しているのか……これは異世界転移なんかじゃなくて、異世界転生だった。この二つの違いは元いる世界で死んでいないか、死んでいるか。



『俺』はあの日、この世界に来る前、自殺した。



 死ぬ前の記憶を断片的にだが思い出したのだ。周りの人間から無能の烙印を押された絶望を。駅に迫る電車を。響き渡る悲鳴を。そこに飛び降りた『俺』を。

 きっと今いる自分はその残り滓みたいな物なのだろう。ずっと僕は『俺』と言いながらパムちゃんを救おうとする事で見たくない現実から逃げて来たんだろう。


 きっとどこかの気まぐれな神様が嫌がらせでこの世界に生き返らせた。自殺した僕にカウンセラーをやらせるなんて、なんて嫌味な神様だ。


 そして、もう一つパムちゃんはきっと僕が関わって良いレベルの存在じゃない事が分かった。それに気付いたのが、一年前。最初は魔法で花を作ったり、それで店をいい香りにしたりと可愛らしいものだった。


 だがある時、彼女と最初に会った夜の事を思い出すように一度店を抜け出して、あのベンチでもう一度彼女と星を見た。そして、まだあの時の「夜空の星の位置は変わらない」という僕の言葉に納得がいかなかったのか、思い出したように悪戯をして、彼女が魔法で"星を廻した"。


 それはつまり、因果が、全ての法則が、彼女を基にして動いており、そして時を空間をこの世のありとあらゆる概念を操る事を意味していて、まさに神にも等しい魔法を僕の目の前でしてみせたのだった。


 その後、マスターにそれを伝え、今後どうするか度々喧嘩した事が今ではもう懐かしい。最終的にはようやくマスターが折れて、僕の意見が僕にとっても、パムちゃんにとっても良いものだという事を支持してくれた。


 本当に、マスターには感謝しきれない程の恩を貰ったのに、何も返せなかったのは悔いが残るけど、僕みたいな死人の魂はあるべき所に行った方がいいという結論に至った。


 だから今日、僕はパムちゃんの魔法で元の世界に戻して貰い、死のうと思う。それでパムちゃんにはもう一度魔法学校に戻って貰い、マスターは元通り。それが、イレギュラーが自ら去る事が一番正しいと思った。



 ◇◇◇◇◇



 さて、もう夜だ。パムちゃんはこのベンチに既に呼んでいる。ずっと、カウンセラーとして接してきた為我慢していたけど、パムちゃんとっても可愛らしくて、とっても優しくて、精神的に強い子に成長した。きっと彼女ならこの先もやっていけるだろう。この我慢も後ちょっとだけ。


「カズヤ? どうしたの、こんな所に呼んで」


 彼女が来た。白色のロングの髪の毛が星に当てられてよりいっそう美しく見える。その様子はまるで白色のチューリップのようだった。そして、その彼女が僕の横に座った。


「懐かしくてね。もう、君と会って何年になるんだろうね」

「3年と8ヶ月くらいよ」

「よく覚えてるね」

「当たり前よ。私はカズヤと出会えて人生に希望を貰えたんだから」


 パムちゃんはその桃色の瞳を恥ずかしそうにずらす。


「ねぇ、パムちゃん。俺の願い事叶えてくれないかい?」

「願い事? 私に出来る事なんて限られてるけど……ってもしかしてエッチなお願い事じゃないわよね!?」


 こんな時に、やめてくれよ……どうして、どうして。この気持ちは恋じゃない!俺は……僕は……!


「どうしたの? いつものカズヤなら笑って誤魔化してくれるのに。また、風邪でも引いたの?」


 心配そうに顔を覗き込まれる。彼女の髪が、熱が僕に当たる。


 こんな時にどうして君が美しく見えてしまうんだ。どうして、君は僕に優しくするんだ。僕は偽善者だ!エゴイストだ!だから、どうか……どうか……やめてくれよ。


「大丈夫……。だから、今から俺が言う事を真剣にと聞いてくれないか?」

「うん」

「俺はこの世界の人間じゃない……俺は元いた世界で自殺した人間なんだ」


 その言葉を聞いた彼女は目を丸くする。


「何言ってんのカズヤ? 変な冗談やめてよ。そんな冗談、昔の私じゃあるまいんだし信じるわけ無いじゃない」


 彼女の目を真剣に見つめる。


「何……? その目、まさか本当にいってるんじゃ無いよね? ねぇ?」

「本気だ」


 久々に彼女は自分の目に涙を溜める。


「俺は中塚和也。地球という星の日本という国に生まれたただのスクールカウンセラーだ」

「言ってる事全然分かんないっ……!」


 彼女の手が僕の服を強く引っ張った。


「君なら、分かるだろ。僕の体が作り物だってくらい、変な魔法が重複にかかってる事くらい」


 あの自動翻訳もその魔法の一つだ。僕が死んでいるという事に気付かせてくれたキッカケの一つ。


「違う……違うっ……! 私のカズヤはそんな事言わない!」

「いや、もう俺もパムちゃんもお互いから卒業だよ」

「いやだ……いやだよぉ……だって私は……カズヤの事が……!」



「俺は!! 君の事が嫌いだった!!!!」



 違うっ!でも、僕はこうするしか無いんだ……こうするしか……



「なんで……なんで……急にそんな事言うの? 本当に私が嫌いなの?」

「ああ、そうさ! 初めて会った時はすげえ声小ちゃくて何言ってんのか聞こえなかったし! 機嫌取ったらすぐに調子乗ってタメ口叩き出すわ! なんだこのクソガキって思ってたよ!! だからさっさと俺を元の世界に戻してくれよ!!!」


 彼女にとって抉って欲しくない物を抉る。これに耐えれればきっと彼女は僕から離れてもきっと大丈夫だ。

 しかし、彼女はそれでも、目を充血させながら口を開く。


「分かった……分かったから……! もうやめて! 見てるこっちが辛いの……」


 僕の視界がぼやけていた。

 あぁ……涙か、僕もまだまだダメなんだな……

 だけど、これで良い。これできっと彼女は僕に幻滅してくれる。


 そう、これは恋じゃない。

 僕の心がそう言っているんだ。僕がたとえ異世界から召喚されたいわゆる特別な存在だとしても、君に恋をする事は君に対してきっと良くないものを与えてしまう。

 だから、最後に感謝だけ。


「ありがとう。パムちゃんに会えて本当に良かった」


 目の前の少女は涙を浮かべていた。

 分かりました。と了承もした。


「じゃあ、カズヤを元の世界に飛ばすね……」

「ああ、元気でな」


 これ以上、彼女の顔を見ると僕まで辛くなってくる。地面に描かれた魔法陣、そこに立ち僕は彼女に背を向けた。


 しばらく静寂が続いた後に彼女が我慢し切れず可愛らしい声を震わせながら言う。


「カズヤ! もし……もし……もう一度会うことが出来たら、今度はカズヤに迷惑かけないからっ! 私をっ!」

「ごめんな、俺はな最後まで『君のカウンセラー』でいたいんだ……」


 その言葉を最後に、この世界の星が廻った。



 ◇◇◇◇◇◇



 ここはどうやら、時空の狭間なのだろう。

 これでようやく、僕は死ねた。最後に涙を出してしまったのは本当に失敗だったけど、これが彼女にとって幸せならそれで良い。


 だが、一つ何か見落としているような……


 待て、俺は最初この世界に来た時、誰に転生させられた……?


 この世界の……神? こんな大それた力使える知り合いなんて一人しか知らない。


 まさか!?



「やっと……やっと会えたよ、4千億と1万936秒ぶりだね、カズヤ。何千年も君とこうして話す為に……! ううん、そんなことはどうでも良いよね。カズヤにとってはさっきぶりだもんね」


 そこにはまるで赤色のチューリップと表現する事の出来る髪を持った二十代前半くらいの魔法使いのような格好をした女性がいた。


「嘘……だろ、君は……まさか……」

「うん、あなたのトゥーリパム・ペンタスだよ」

「君が……俺をこの世界に?」

「そう、カズヤにとっては三年八ヶ月前、あの時、カズヤが死んだ時この世界に転移させたのは私だよ」


 一瞬こんなことをするのは僕に対する恨みだと思ったが、先程から彼女から出る言葉の重み、そして顔の表情でこの一連の出来事は悪意では無いと分かった。


「どうして……俺はあんなに酷い事を言ったのに!」


 そうだ、俺は彼女から恨まれても良いくらいの言葉を投げつけた。だからーー!


「だってカズヤ、泣いてたじゃない……今でも憶えてるよ、あの顔」


 彼女の顔が今にも泣きそうに見えた。


「カズヤの事ずっと探した、何千もの世界を超えて、何億もの次元を超えて……そして、ようやく見つけた。四角い箱みたいな乗り物に轢かれそうになったカズヤを」



「そうだ、俺は自殺したんだ、だからもう俺の事は!!!」



「違う!!カズヤは自殺じゃない!!!あそこに飛び降りた子供を助けようとしてた!!!!!」



 俺が……俺なんかが子供を助けた?


「嘘だッ!!!! 第一俺が他人を救うわけ無いだろ!!!」


 だが、彼女が口を震わせて言う。



「それでも、私はカズヤに助けられたよ?」



 また、視界がぼやける。どうして、いつも僕は肝心な時に泣いてしまうんだ。


「俺を……俺を……そんな表情で見ないでくれ……」

「もう、自分を嫌いにならないで」

「俺から離れてくれ……」

「大丈夫だよ。全部、私の為の演技なんだよね。分かってるから、もう私は大丈夫だよ」

「俺は君に恋をしちゃいけないんだ……!」

「ありがとう。こんなになるまで私の事を大切にしてくれて。自分の心を追い込んでまで私を救ってくれて」


 そして、彼女はもう一度口を開く。



「カズヤは私が立派に誇れるカウンセラーだよ」



 ずっと、言われては駄目な言葉だった。でも、ずっと言われたい言葉だった。



「だから、私はカズヤが好き。もちろん、私のカウンセラーじゃないカズヤも好き。困っている人がいたら放っておかない所とか、絶望しても誰かを助ける所とか。」



 救われてしまった。僕は彼女に。認められてしまった。僕がカウンセラーなのに。


「だから、私はカズヤと一緒にいたい。それがカズヤに教えてもらった私の『人生』だから。何処まででもついていくよ」


 だから、もう意味のない事はやめよう。自分に素直に生きよう。


「分かったよ。『僕』の負けだ」


 瞬間、彼女の顔が満開した花のように美しいものになる。本当に本当に、美しいその顔は僕に向けられたものだった。


「ありがとう、『僕』にもう一度人生をくれて」

「私こそ、ありがとう。人生に希望を持たせてくれて」

「君に会えて本当に良かった」


 これは人生の話。僕と彼女が互いの人生に関わりあった運命の話。


 僕は、異世界カウンセラーは最後の最後に恋をした。

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