第1話 召喚の儀式

 葉山優斗はやまゆうとは自分の頭を押さえた。

 目が開けられないほどの頭痛と吐き気に襲われていたからだ。


(何が起こったんだ)


 優斗は僅かに働いている頭を使って記憶を手繰った。

 

 学校帰り、自分は友人と二人で街を歩いていたはずだ。

 いきなり女の声が耳元で聞こえたかと思うと、目の前が突然真っ暗になったのだ。

 もしかすれば、自分の脳に何かの病気でも発症したのではないか。

 自分はこのまま死んでしまうのではないか。

 そんな恐怖を優斗は感じていた。

 だが、強烈な頭痛と吐き気は、すぐに収まってきた。強烈な痛みであったが、これまた急激にその痛みも消えてきたのだ。

 

 痛みが治まると同時に、周りから人の声が聞こえ始めた。


「御三方、ともに成功だ!」

「よかった。本当によかった!」

「おめでとうございます。陛下!」


(何を言っている?)

 

 優斗はゆっくりと目を開き、そこに広がった光景に驚愕した。


 優斗の目に飛び込んできたのは、一面石造りの広い空間だった。

 教会かと思ったが、教会にしては信者たちが座るような椅子はなく、肝心の十字架がなかった。その代わり、十字架があるであろう場所には人の形をした像のような物が安置してある。


(なんだ、これは?!)


 友人と一緒にコンクリートビルの間を歩いていたはずだ。いつの間にこんな場所に来たのか。それとも連れてこられたのか。


 優斗を驚愕させたのは、この場所もそうだが、この場にいる沢山の人々だった。人数だけで言えば、五十人近くはいる。

 まず、それらの人々の服装がおかしい。皆々が煌びやかな刺繍が入った服装をしているのがだが、明らかに現代の服装ではない。優斗はその服装をなんといえば良いのか解らなかったが、マントを身に着けていたりと、所謂映画やアニメで見る中世ヨーロッパを思わせる格好だった。


 だが、一番問題なのはそれらの服を纏っている人々だった。

 一番目につくのは、二メートルをゆうに超える巨体であり、その顔は緑色で口からは牙が生えている、どこか豚を連想させるような異形の存在。さらにその他の人々も優斗が知っている人間とは少し違う。まず、殆どの人々の耳は尖っていて、肌は異常なほど白い。また、形は山羊のようであったりおとぎ話の鬼のようであったりするが、角が生えている者もいる。

それら異形の人々の視線が優斗に注がれていた。


「なんだよ、これ……」


 優斗の口から自然と言葉が漏れた。


 何かの映画の撮影なのか。それともただのコスプレ集団なのか。問題は、どうして自分がそんな場所に紛れこんだのかだ。


「半分だ……」

「ああ、半分だけだ……」

「どうした事だこれは」


 異形の人々から、次々にそんな声が聞こえ始めた。コソコソと小さな声で陰口を叩くように。

 その声は、優斗を見つめながら言っているようだった。


「これは何だ……」


 状況についていけない優斗だったが、その声ではっとした。

 自分のすぐ真横に二人の人間がいること。そして、自分たち三人が立っている床の下には何かの円と幾何学的な模様がびっしりと書き込まれていることに。


(魔法陣?)


 優斗はその言葉が自然と脳裏に浮かんだ。


「あの……これってドッキリですか……?」


 優斗の隣にいる女性が、異形の集団に向かって声をかけた。

 優斗の隣にいる二人、それぞれ男と女は見慣れた服装だった。男の方は高校か中学の制服姿。女の方はつばの広い帽子とズボンにシャツだった。

 優斗はその姿に安心したが、すぐにぎょっとした。男の額から、一本の角が生えているのが見えてしまったのだ。


「皆の者――」


 優斗の背後で声が上がる。

 振り返ると、そこには教会であれば十字架のある場所、現在は像があるすぐ前に二人の人間が立っていた。

 他の人々と同じく耳がとがっていはいるが、それ以外は人間と殆ど違いはない老人。

 もう一人は若い女性。腰まで届く真っ黒な髪と黒い服装だった。その黒い服は、少し形が違う気がするが着物のようだった。だが何より、その女性の美しい赤い瞳に優斗は目を奪われた。

 その女性が言う。


「皆の者、此度は大儀であった。見ての通り儀式は成功である。この後はわらわに任せ、下がるがよい」


 その言葉を聞くと、大勢の人々は一斉に声を上げた。


「万歳! 偉大なる魔王陛下万歳! 偉大なる魔国に栄光あれ!」


 そして、深々と頭を下げて次々とその場から退室していった。


 大勢の人間は部屋から退室していまい、その場には五人だけが残った。優斗と隣の二人。そして、背後にいた二人。


「さて、色々と混乱しておろう。これより説明しよう」


 着物の女性が声を掛けてくる。

優斗はその女性の眺めた。年齢は、優斗より少し上のように見える。まるで人形のように整った顔立ちの美女だったが、その耳は尖っているものだった。


(人じゃない・・・・・・?)


 頭に浮かんだ考えを、優斗はすぐに打ち消す。

女性の隣の老人が優斗たちの前へと歩み出た。


「こちらへどうぞ」


 老人はそう促す。

 相変わらず状況は呑み込めないままだったが、優斗達三人はその言葉に従う他なかった。

 

 優斗と学生服の男、そして帽子を被った女の三人が通された部屋は、先ほどの部屋とはうって変わった小さな部屋だった。作りは同じ石造りだったが、大きなテーブルが一つあるだけだった。


 座ったのは優斗たち三人と、着物の女だった。老人は、女の後ろに控えている。

 先ほどの部屋より明るくなったおかげで、優斗は自分と向かいあっている三人の顔をよく見ることができた。


 まず学生服の男だが、優斗は自分と同じくらいの年齢だと感じた。神経質そうな目つきで、ここにいる人々の顔を覗き込んでいた。

そして自分の額の角をしきりと触り、そしてかすかに震えていた。

 優斗はその様子を見てハッとし、自分の額に手を当てた。優斗が危惧したような事態にはなっていなかった。


 次に帽子を被った女だが、大きめのサングラスもしていて、顔はよく解らなかった。うつ向いたまま、スマホを操作している。

 優斗はハッとして、スマホを取り出した。だが、電波状況は圏外となっている。

 ドクンと、優斗の鼓動が高鳴った。


 最後に着物の女だが、この部屋にいる人物の中で唯一微笑みを見せていた。その美しい顔に嫌でも目がいってしまう。そして、その綺麗な唇が開かれた。


「まずはお主たちの名を聞こうか。まずはお互いを知らねばならぬからな」


「俺は――」


 優斗はそこまで言いかけて、口を閉じ、違う言葉を吐いた。


「名前って、まずあなた達は何者なんですか? そもそも、ここはどこなんです?」


 このような得たいの知れない相手に名前を明かすことに抵抗があったからだが、今口にした言葉も言うべきか一瞬悩んだのだが、結局優斗は口にしてしまっていた。


「無礼な……」


 着物の女の後ろにいた老人がすぐに反応して、怒気を含んだ声でそう言った。

 一気に緊張感が高まり、恐怖と焦りで優斗の体が一瞬で熱くなった。そう、今まで出来るだけ意識しないようにはしていたが、優斗はこの状況にずっと恐怖を感じている。


「はっはっはっは――」


 そう大きく笑ったのは着物の女だった。


「爺、良いぞ。この場の非礼は許す。ふむ、お主たちの格好もそうだが、随分と文化、習慣も変わったようだな」


 着物の女は最後にくすくすと小さく笑い、言葉を続けた。


「わらわの名はトモエという。トモエ・ヴァルムス・アクターフそしてこやつはルキウス。わらわの小間使いだな」


 老人――ルキウスは小さく頭を下げた。

 

「混乱している事だろうから、肝心な事から話すとしよう。繰り返すが、わらわの名はトモエ・ヴァルムス・アクターフ。このアクターフ魔王国の代十二代国王。すなわち、今世の魔王である」


 優斗の胸がドクンドクンと高鳴る。


(魔王って、あの魔王か・・・・・・?!)

 

その言葉から、容易にゲームやアニメのイメージが湧く。


 トモエは、更に衝撃的な言葉を続けた。


「ここはお主たちの知っている元の世界ではない。ここは、お主たちの産まれた世界とは異なる異世界となる。お主たちは、わらわによってこの世界に召喚されたのだ」


 突然の見知らぬ場所。異形の人々。


 異なる世界。優斗もアニメや映画でそのような話は何度でも見聞きした事がある。これまでの出来事を見て、脳裏に全くなかったと言えば嘘になる。

 だが、はいそうですかと納得できるわけもない。


 とりあえず何かの反論をしなければいけないと、優斗は口を開こうとしたが、それは制された。


「分かっておる分かっておる。そのような事を突然言われても、信じることが出来ぬであろう。だが、わらわも多忙の身ゆえ、貴様たちが納得まで説明する暇もない。よって、この方法が一番良いであろう」


 そして、トモエは皆に見せつけるように右手を差し出す。そうすると、手に平からオレンジ色の光の玉が突然現れた。


「なっ?!」


「えっ?!」


 ずっと黙っていた学生服の男と、サングラスの女もこの光景には驚いたらしく、殆ど同時に驚愕の声を上げた。

 光の玉はふわふわと優斗達の前を漂い始めた。

 さらに、その火の玉は同じ大きさを保ったまま三つに別れると、それぞれ優斗達三人の目の前に動いて静止した。

 目の前の光景に優斗は言葉を失い、呆然とその火の玉を見つめていた。


「触れるな。かなり抑えてはいるが、触れれば火傷では済まんぞ」


 優斗ははっとして手を止めた。無意識のうちに、火の玉に手を伸ばしていたのだ。


「これは、こちらの世界では魔法と呼ばれている物だ。元の世界にはない概念であろう。まあ、あちらの世界では妖術とか言う物があったな。あいにく、あちらの世界で目にしたことはなかったが」


 やがて三つの火の玉は集まって再び一つとなり、その後トモエの眼前へと浮遊して、そして消えた。

 

 異なる世界。

 召喚された存在。

 魔法。

 

 そのような、ゲームやアニメのような話を現実だと聞かされても信じられるわけがない。

だが、トモエはその魔法なるものを目の前で実現してみせた。確かに、言葉で説明するよりも遥かに効率の良い方法だった。

 

 優斗の額に汗が浮き出てきていた。

 異世界に召喚されたというあり得ない出来事による焦りも勿論あるが、それ以上に、魔法などという初めて目にする概念を扱うトモエへの恐怖が溢れてきていたのだ。


(その気になれば、俺たちなんか簡単に殺せるんじゃ)

 

「まずはお主たちの名を聞こうか。わらわから先に名乗ったのだ、あまり無礼はするなよ。そうだ、年も聞いておこうか」


 トモエは頬杖をつき、円卓の三人に視線を送った。

 それに促され、最初に口を開いたのは学生服の男だった。


「俺は荒川相馬あらかわそうま。十七歳だ」


 つられて、優斗も口を開いた。


「葉山優斗。十六歳」


 最後に、帽子とサングラスをとった女が名乗る。


「あたしは神月美奈こうづきみな。十八歳です」

「あっ」


 その顔、そして名前を聞いて優斗は思わず声を上げていた。

 まず、その女――神月美奈は雑誌やテレビに引っ張りだこの人気アイドルだったからだ。

 優斗も漫画雑誌のグラビアで何度も目にしていた。

 だが、写真やテレビで見た神月美奈と、今目の前にいる人物とでは少し違う点があった。

 帽子とサングラスがなくなって解ったのだが、神月の耳もトモエと同じように長くとがった形になっており、両目は赤い物だった。


「どうして、俺たちがこの世界に呼ばれたんだ」


 荒川がトモエに訊ねた。


「その言い様は正しくないな。わらわに訊ねるならば、どうしてこの世界に呼んだか、だ。爺――」


 トモエがルキウスに目配せすると、ルキウスはトモエと優斗達の前にそれぞれ銀の杯を置いた。


 杯の中には赤い液体が入っていた。


「これからの話は長い。ワインでも飲みながら話すとしよう」


 そう言ってトモエは杯を傾けた。


 優斗は杯をとって匂いをかいだ。飲んだ事はなかったが、確かにワインの匂いだった。


(飲むか。いや、まだ未成年だし)


 優斗が迷っていると、荒川は勢いよくワインを飲み干した。それと殆ど同じタイミングで、神月も静かに杯を傾けた。

 まるで自分だけがこの状況に適応できていないような気になり、優斗も慌ててワインを喉に流し混んだ。

 初めて味わう渋みと、喉が焼けるような感覚に襲われて咳き込みかけたが何とか耐えた。




 長い時間が経った。

 優斗、荒川、神月は何度かワインの追加をルキウスから受けながら、時にはトモエに質問をぶつけながらその話を聞いた。


 優斗は再度の頭痛を起こした頭をそっと抑えた。

 アルコールを摂取したせいか、それともトモエの話に頭がオーバーヒートしているのかは優斗には判断が出来なかった。


「ふう、さすがに疲れた」

 

トモエは小さくため息をつき、背もたれに大仰に体を預けた。



 優斗はトモエの話を整理した。


 最初に、この世界について。

 この世界にはいくつかの種族がいるという。


 まずは、このアクターフ魔王国、通称「魔国」を形成する主な種族である魔族。姿形に僅かな違いはあるが、優斗の知っている人間と殆ど同じであるという。ただし、魔法を使うには特殊な訓練が必要である人間と違い、軽度な物ではあるが誰しもが魔法を使えるという。


 次にオーク族。屈強な肉体と強靱な力を持った、産まれながらの戦士であり、いくつかの部族に別れているが魔国の南部に暮らしているという。


 次にエルフ族。全員が長命だが非常に数は少なく、人間との友好関係を築き、独自の小さな国に暮らしている。魔族に次いで強い魔力を持つという。


 最後に人間族。肉体の力も魔力も寿命も他の種族に比べれば弱いが、この世界で最も数が多い種族であり、訓練によって強力な魔法を使用する事が出来るという。人間はいくつもの国を作って、それぞれの文化の中で暮らしている。


 次に、国家について。

 ここアクターフ魔王国——魔国は魔族の国であるが、人間とオークも暮らしている。

 魔族と人間は長い間対立しており、魔国も周りを取り囲んだ人間の国々と何度も戦争を行ってきたという。だが、百年前の戦争を最後に、周辺国との大きな戦争は起こっておらず、周辺の人間の国とも一定の外交のやりとりをしながら現在に至るという。だが、人間と魔族のお互いへの憎しみと恐れは未だに心の奥で燃えているとトモエは説明した。


 最後に、この世界に召喚された理由について。

 この世界に優斗達を召喚したのは、トモエである。

 トモエは代々の魔王に伝わる召喚魔法で、優斗達をこの世界に召喚した。その理由は次代の魔王を決める儀式のためだという。

 

 魔国の魔王は、代々異世界より召喚された者が次ぐという。異世界から三人の魔王候補を呼び出し、その中から次の魔王を選びだす習わしであり、トモエ自身も百年ほど前にこの世界に召喚された人間だという。

 

 魔王候補の中からただ一人の魔王を選ぶ方法は決めっていない。トモエが言うには、時が来れば魔族の信じる神、魔神ガルスによって相応しき者が選ばれるという。


「すなわち、お主たちはこれからは魔族の王子、王女様というわけだ。栄耀栄華えいようえいが、思いのままというわけだ」


 そう言って、トモエはクスクスと笑った。


「質問がある」


 そう口を開いたのは荒川だった。


「次の魔王は俺たちの中から選ばれるそうだが、俺以外を残して他の二人が死んだらどうなる?」


「無論、残ったお主が次の魔王となる」


「じゃあ、例えばこの場で俺がこの二人を殺したら、俺が魔王になれるのか」


「なっ?!」


 荒川の衝撃的な発言に、優斗は身構えた。神月も荒川をにらみ付ける。


「それは下策であろう。よいか、次の魔王は魔神ガルスによって相応しき者が選ばれる。同胞である魔王候補を殺した者が相応しいと思うか?」

「天罰が下るって事か?」


 荒川が顔を顰める。


「それは解らぬ。だが、お主たち三人は、今はわらわの家臣だ。現魔王であるわらわ、そして民衆と貴族の支持は失うであろう。そのような者が次の魔王に相応しいと思うか?」

「なるほど。次の魔王になるには、貴族と民衆の支持を得なければならないというわけですね。ともすれば、魔神によって相応しき者が選ばれるという言葉の意味も変わってきます。相応しき者が相応しき時に選ばれる。魔神に選ばれるというような言葉とは裏腹に、現世的で現実を見た儀式のようですね、陛下」


 そう言ったのは神月だった。トモエに対しての言葉遣いや態度は、トモエの話を聞いていく中で激変していた。


「ふむ、ミナよ。お主はなかなか慧眼けいがんのようだな」


(相応しき者が選ばれる。それは民衆と貴族の支持を得て、功績を挙げた者が自然と次の魔王になると。儀式でも何でもない。ただの実力主義、権力者の自然淘汰じゃないのか)


 優斗がそう考えると同時に、荒川も口を開いた。


「つまり、俺達三人で功績を競えと? そしてその功績によって次の魔王を決めると?」

「いやいや。次の魔王を決めるのは魔神ガルスだ。最も相応しき者を、最も相応しい時にな」


 トモエはそううそぶいたが、これらかの働きで最も相応しい者が自然と次の魔王となる、という事はこの魔国の通例なのだと優斗は感じた。だからこそ、次代の魔王が選ばれる方法が決まっていないのだ。


「もう一つ聞きたい。後継者である俺たちが呼ばれたという事は、魔王の交代時期が近づいているという事か?」

「不敬よ」


 荒川の質問に、神月がそう返した。だが、トモエは表情を変えることなく質問に答えた。


「悪いが、その質問に今は明確な答えはしないでおこう。ただし、わらわはこの世界に召喚された後、二十年近く先代の魔王に仕えた」


(トモエがもうすぐ死ぬという訳ではないのか? トモエは百年ほど前にこの世界に来たと言っていた。でも、トモエは若い姿のままだ。魔王に寿命はない? ではなぜこのタイミングで召還を?)


 優斗はいくつか思案したが、答えを自分で導く事は出来なかった。


「さて、次にやらねばならぬ事を済ませよう」


 トモエはそう言い、何やらルキウスに目配せした。

 すぐに、ルキウスはあるものを持ってきた。それは、小さな宝石箱のような物だった。

 ルキウスは蓋を開けて中身を優斗たちに見せた。

 箱の中には綺麗な布が敷かれ、その中央には何やら黒い物が置かれていた。


「炭……ですか?」


 その黒い物は、確かに優斗にも炭のように見えた。しかも、その炭は燃えているのか一部が赤くなっている。だが不思議な事に、下に敷かれている布は燃えていない。


「これを握ってみるがいい」

 

 トモエがそう言う。


 だが、燃えている炭を手にすればどうなるか誰でも知っている。


 優斗が躊躇する中、真っ先に手を伸ばしたのは相馬だった。

 手にした相馬は何ともないようだった。


「強く握れ」


 トモエに言われて相馬が手に力を込めた瞬間だった、相馬が手にした炭から――いや、相馬の手から炎が燃え上がった。


 美奈が小さな悲鳴を上げ、優斗はまじまじと相馬の燃える右手を見つめた。


「何ともない。熱くも何ともな」


 驚く優斗たちを尻目に、相馬はそう答えた。

 

「これは、我が魔国に一つしかない国宝だ。『原初の残り火』と言われている。これは、手にした者の魔力に応じた大きさの炎を生み出す。これを使うことによって、その者の魔力を測る事ができる。魔力はその名の通り、この世界では魔法の力、威力そのものになる。魔力の強さは産まれついた時点で決まっておる。この残り火を使う事によって、お主たちが次の魔王に相応しい魔力を持っているかどうかがわかるというわけだ。ちなみに、魔族の平民ならば、炎はせいぜいくすぶる程度だ。ソウマよ、お主の魔力は十分強い」

 トモエはそう説明した。


「わたしが――」

 

説明を聞き、美奈はすぐに相馬の手から残り火を奪い取った。

すぐに、美奈の手も燃え上がった。大きさは、相馬と同じくらいのバスケットボール程の炎だった。


「ふむ。同じ程の魔力だ。見事だ、ミナよ」

「あ、ありがとうございます」


 そうは言うが、美奈はどこかしら納得していなかったようだった。


「さあ、ユウトよ」


 トモエに促されるまま、優斗も残り火を手にする。

 確かに、熱も何も感じなかったが、すぐに優斗の手が燃え上がった。


「ふふっ」


 美奈が小さく笑った。

 優斗の炎は確かにメラメラと燃えてはいる。しかし、炎の大きさは相馬や美奈と比べるまでもない、正にくすぶる程度のものだった。


「残念ながらユウトよ、お主の魔力は最も弱い。市井の者たちと同じくらいのようだな。あまり魔力を頼みとすることなく励むがよい」


 トモエにそう言われても、優斗は悔しいとも何とも思わなかった。まだ頭が追い付いていないが、そもそも優斗は望んでこの世界に来たわけではない。すべての出来事は、まだ他人事くらいの認識しか持てない。


「ま、頑張りな」


 相馬がにやりと笑った。



 残り火をルキウスが箱に仕舞ったあと、トモエは言った。

「さあ、三人の魔王候補達よ。お主たちはこの魔国の王子、王女だ。わらわの子であり、臣下である事が今までの説明で解ったと思う。さすがに今日はわらわも疲れた。この後のことはそれぞれ、お主達の後見人に尋ねるが良い」


 後見人、ということもトモエが説明していた。

 後見人とは、「始祖の四家」と言われている、この魔国の名家のことだ。優斗達は召還順によって定められているそれぞれの名家に預けられ、その一族を率いて魔王を目指す事になるという。

つまり、次の魔王の選定とはこの魔国を牛耳る次の一族を選ぶ儀式でもあるということだ。


「では、本日最後の儀式といこう」


 そう言ってトモエは立ち上がった。


「三人の魔王候補達よ。この場でわらわに忠誠を誓え。それが時期魔王としての第一歩だ」

 

 トモエは微笑を優斗達に向けた。


(忠誠だと?!)


 優斗は無意識に立ち上がっていたが、それとほぼ同時に荒川と神月も立ち上がっていた。

 そして、真っ先に動いたのは神月だった。

 神月はトモエの前に歩み出て、床に跪いた。


「あたしをこの世界にお呼び頂けた事に、心より感謝致します。魔王陛下、忠誠を尽くします。どうか、あたしをお導きください」


「うむ。そなたの忠義とこれからの働きに期待する。コウヅキミナ。二番目に召還に応じたそなたは、これよりはオレストス家の当主として励むがよい」


 その後すぐに荒川もトモエの前に跪いた。


「召還に感謝する、いえ、感謝致します、陛下。これから忠誠を尽くします」


「そなたの忠義に感謝を。アラカワソウマ。最初に召還に応じたそなたは、これよりはアリアバネ家を率いてゆくがよい」


(馬鹿な、こいつらは何を言っている?!)


 優斗は目の前の光景に困惑していた。


(次の魔王だって? どうして俺たちがそんな事に)


 トモエは、無言の視線を優斗に送っていた。


「ま、待って下さい。俺が魔王になるなんて何かの間違いではないんですか? 俺にそんな気はありません。元の世界に返してください!」


 その言葉を聞き、トモエの眼が一瞬だけ見開かれたように優斗には見えた。だが、トモエはすぐに、何の感情も読み取れない落ち着いた口調で言った。


「ルキウスよ。魔国建国二千年以来、魔王になることを拒んだ魔王候補はいたか?」

「いいえ、ございません陛下」


 ルキウスは即答する。


「だったら尚更、俺がこの世界に呼ばれたのは間違いでは?! だからこそ、魔力も弱い俺が!」

「いいや、魔神ガルスの力を借りた召喚に間違いはない。この時代に必要な魔王候補が召喚されているはずだ。その証もある。ルキウス、鏡をもて」


 トモエに言われると、すぐにルキウスはどこからか鏡を持ってきて、その鏡を使って優斗に自分の顔を見せた。

 鏡に映った自分の顔を見て、優斗の息を詰まらせた。


 鏡に映っているのは間違いなく、今まで毎日眺めていた自分の顔だった。だが、一つだけ違う点があった。右の瞳のみが、トモエや荒川、神月と同じように赤くなっていた。

 ある程度予想していた結果だったが、実際に目にしてみると優斗の心に恐怖とも不快感ともとれない感情がわき上がってきていた。


「その赤い瞳こそ、魔神ガルスに選ばれし魔王と、その候補に現れる証だ。魔力の強さなど関係ない、些細なことだ。確かに、ミナやソウマと違って片目だけというのは珍しいかも知れぬがな」


(そうか、この眼の事を半分、と言っていたのか)


 ルキウスは、優斗の次に荒川と神月にも鏡を見せていた。


「確かに、もう人間じゃあないみたいだな」


 荒川はそう言って笑った。神月は何も言わなかったが、微笑を浮かべ、喜んでいるように優斗には見えた。


「ば、馬鹿な。いきなり異世界とか、魔王候補だとかついていけない。そもそも、魔王なんて悪の親玉じゃないか」


 魔王と言えば、ゲームならば最後に倒されるべき存在だ。

 優斗はこれまで普通の高校生として生活してきたのだ。突然次代の魔王になるなどという事は受け入れられなかった。

 二人とは初対面ではあるが、優斗からすれば今の状況を受け入れている荒川と神月はどうかしているとしか思えなかった。


「俺は魔王になるつもりはありません。元の世界に返して下さい」


「悪いが、元の世界に戻す事は出来ぬ」


「ど、どうして」


 トモエの言葉に、優斗は嫌な汗が流れ始めた。


「この召喚魔法は一方通行だ。お主たちの世界からこちらの世界に呼ぶことは出来ても、その逆は出来ぬ。そのような魔法はどこにも伝わっておらぬ」


「そんな・・・・・・」


 優斗に流れていた汗の量が多くなる。また、自分の息が乱れてきている事が優斗には解った。

 ここで、優斗は荒川と神月が呆れたような顔をしている事に気づいた。

 神月が口を開く。


「陛下、すでに一人は次代の魔王となる意思がないようです。これはすでに脱落とみて良いのでは」


「ああ。ライバルが減るのはいいことだ」


 荒川もそう言って笑った。


「あ、あんた達はどうかしているんじゃないのか? 元の世界に未練はないのか? 家族は?」


 優斗の脳裏に、数ヶ月前に最後にあった両親の顔が浮かんだ。


「ふふふ。あの世界に未練? 確かに芸能界に未練がないことはないけど、この世界の方がずっと楽しめそうよ。あたしが魔王候補、王女様。素敵じゃない」


 神月は、雑誌やテレビで優斗が見たことのある美しい笑顔を見せた。


「俺も同感だね。この異世界で魔王として暴れられるんだろ。面白いじゃないか」


 荒川もそう言って笑った。


「ど、どうかしている。俺はまともだ! 魔王になんかなるか!」

 

心底呆れたように、神月は大きなため息をついた。


「あなた、向こうの世界で何かやりたい事でもあったの? 見たところ高校生みたいだけど。なあに、恋人でもいたの?」


 優斗に付き合っている異性はいなかったが、友達と家族はいる。それらを忘れる事など出来なかった。


「そんなの関係ないだろ。俺は・・・・・・」


「お前、向こうの世界にいて何があるんだ? 向こうの世界じゃあ、俺達はとるに足らない存在だ。ゲームで言うなら、村人Aってとこだぞ。でも、こっちの世界じゃ魔王。どっちが面白いか解るだろ?」


 荒川もあきれ顔でそう諭してくる。


(何なんだ。俺の方おかしいのか?)


 優斗は目眩に襲われた。


「俺にはお前らが理解できない! 魔王なんて悪の親玉だぞ! どうしてそんなもんになりたいんだ!」


「その魔王を目の前にして、大胆なやつよ。いや、ただの愚か者か」


 トモエが口を挟む。赤い眼で、優斗の眼を覗き込んだ。

 その眼に僅かな怒りを優斗は感じた。


「魔王が悪か。確かに、わらわが向こうの世界にいた頃もあまりいい言葉ではなかったな。だが、それはこの世界での魔王の役目を知らぬだけだ」


「俺はそんな事・・・・・・」


 どうでもいい、と言おうとしたが、最後まで言葉を発する事は出来なかった。

 突然、体中から力が抜け、その場に両手をついて倒れた。

 声が出せなくなり、息も出来なくなっていた。


「ぐっ、あ・・・・・・」

 

 体が異常に熱かった。それこそ、体中の血液が沸騰でもしてしまうように。


「今日はもう黙っておれ。これ以上の無礼は許さぬ」


 トモエがそう呟く。

 優斗は、トモエが何かをしていると察したが、どうにもならなかった。


「最後に召喚されたハヤマユウトよ。お主はこれからフレイスフェン家の一員となる」

 ようやく、体の熱が少し収まったような気がした。


「っ・・・・・・はあっ・・・・・・はあっ・・・・・・」


 優斗は息を整えながら、顔を上げてトモエをにらみ付けた。精一杯の虚勢だった。

 そんな優斗など気にしていないように、トモエは言葉を続けた。


「貴様のような男が召喚されたのも、魔神ガルスの御意志だ。お主は元の世界に帰る事は出来ぬ。この世界で、己がこの世界に来た意味を探すことだな。ゆっくりとな」

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