入れ替わりの道

暗藤 来河

入れ替わりの道

 夜中にタクシーの運転手が客を乗せたら幽霊だったとか、車で走っていたら人を撥ねたと思ったら死体が無いとか。

 そういう類いの怪談話を聞いて、俺たちは車を出した。

「入れ替わりの道、か」

「そう呼ばれてるらしいよ」

 助手席に座っている大悟の言葉に、後ろの沙奈が答える。

「具体的にどういう話?」

 詳しいことは聞かされていないので沙奈に聞いてみる。沙奈の隣の宗介は基本的に無口で、今も聞き役に回っている。

 俺たちは同じ大学のサークル仲間だ。入学してすぐサークルの新歓で出会ってなんとなく仲良くなった。

 沙奈は恐怖映像とかホラー映画が好きで、実際に心霊スポットに行ったりもするらしい。普段は同じ趣味の女友達と行ってたが、向こうに彼氏ができて付き合いが悪くなった、と居酒屋で散々愚痴を聞かされた。

 その流れで、じゃあ一回だけ付き合ってやるよ、と言ってしまったのが今回の旅の発端だ。

 俺の質問に、待ってましたとばかりに沙奈が説明を始める。

「夜道を車で走ってたらいつのまにか一人増えてた、とかはよくあるじゃない。それとは違ってね……」

 ここで少し溜める。大悟がごくりと唾を飲む。沙奈は大悟が怖がりなのを知っていて、わざと出来るだけ怖く話そうとしている。それに気づいている俺と宗介は逆に冷静になったが。


「トンネルを抜けると、人が入れ替わってるの」


 大事なところなのだが、いまいちピンとこない。

「入れ替わるって、どういうこと?」

「車で通ると入れ替わりが起きるらしいよ。乗ってる人数は一緒なの。でも一人が減って、一人が増える」

「突然知らない奴が乗ってるっていうのかよ。なんか手品みたいだな」

 俺が笑うと大悟も渇いた笑い声をあげる。精一杯強がっているのが分かって、沙奈と宗介もくすくすと笑う。

 大悟には悪いが、沙奈に満足してもらおう。そしてこういうのは今回だけにしてもらおう。心霊スポットなんて近場には無くて、今日も二時間車を走らせてきた。旅行気分で楽しいのは賛同するが、免許を持っているのが俺だけなので気が抜けない。

「もう暗くなってきたね。運転大丈夫?」

 沙奈が気を使って聞いてくるが、

「大丈夫だよ。それに明るかったら雰囲気出ないだろ」

 と返しておく。

「ごめんな、まだ仮免で」

 と宗介も謝る。普段はあまり喋らないが、こういうところはちゃんとしている。

「それより、そろそろじゃないか。そのトンネル」

 後ろの沙奈に尋ねる。本当は助手席の大悟にナビゲートしてほしいが、すでに怖さで使い物にならない。

「えーっと、ちょっとまって……。もうすぐだよ。あ、見えた!」

「み、見えたって、何がだ!?」

 急に後ろから大声を出されて大悟がビクッと震えた。

 トンネルの前で一度車を止める。個人的には走り抜けてしまってもいいのだが、

「こういうのは入る前と出た後が大事なの。一番楽しいところなの!」

 という強い訴えがあったのだ。

「もう行っていいか?」

「ほ、本当に行くのか?」

 沙奈に聞いたのだが、大悟がびびって反応する。当の沙奈は、

「そうそう。そういうのが欲しかったのよ」

 と楽しそうに呟いている。

 満足したようなので、再び車を走らせた。


「トンネルの中暗いな」

「だ、大丈夫だよな。みんないるよな」

「まだ入ったばっかりじゃない」

「でもこういうのちょっとテンション上がるよな」

「みんないるよな!?」

「いるって」

「あ、出口見えてきた」

「なんだ、けっこう短いな」


 ギャーギャー騒いでいたら、すぐにトンネルを抜けた。ついさっきまであんなにうるさかったのに、今はみんな黙り込んでいる。

 最初に沈黙を破ったのは大悟だった。

「……は、ははは。なんだ、たいしたことなかったなあ」

 それを聞いてみんなが一斉に噴き出す。

「なんだよ、ずっとびびってたくせに」

「そうだよ。みんないるよな、いるよなって」

「もう怖いどころか面白かったわ」

「う、うるせえ!」

 みんなで笑って、また騒ぎ出した。もちろん四人乗っていて、顔も別人になったりなんかしていない。

「はあー、なんかお腹空いてきちゃった。ご飯は宿で出るんだよね」

「おう、けっこう豪華らしいぞ」

「へえ、楽しみだな。俺も腹減ってきたよ」

 宗介も珍しくよく喋っている。大悟もそれに気づいたようだった。

「なんだ、宗介もテンション上がってんな。ていうかいつもと口調違ってね?」

「ああ、やっぱりそう思うよな。宗介もけっこうこういうの好きなんだな」

「えー、そりゃ楽しいよ。だってさ……」

 ルームミラーに宗介が写る。その顔は、ひどく歪な笑顔だった。


「やっと生身の体に入れたんだからな」

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