第24話 欒成
魯と宋の国君が暗殺され、国君が変わった頃、北方の地では晋統一を巡る新たなる戦が始まった。
翼の哀候が曲沃に属する陘庭の地を攻めたのである。
翼の軍勢は陘庭の北方を占領し、南部へと進行これを受け、南部の人々はこれに激しく抵抗、曲沃の武公に援軍を要請した。
援軍の要請を受けた武公は父・荘伯の弟である叔父の韓万が兵車を御し、梁弘を車右に任命し、軍を動かした。
「これは先の喪に服しているにも関わらず戦を仕掛けた悪しき翼への報復戦であり、陘庭の人々を救う戦でもある。全軍出撃」
武公の号令の元、曲沃軍は翼軍に襲い掛かった。翼軍は相手の武公が以前の戦で自分たちに無様に負けたことを知っているため、曲沃軍を舐めていた。
だが武公はあの時の敗北を忘れず、兵を鍛えていたため曲沃の兵は強兵である。
そんな彼らに油断している翼軍は曲沃軍の前に敗北し、撤退し始めた。
「このまま一気に攻め込みますか」
叔父の韓万が武公に問いかける。
「敵は我が軍の前に大敗をしており、被害は甚大であります。追撃してみては」
車右の梁弘は武公に提案する。この提案に武公は首を振り、却下した。
「いや、まずは陘庭の人々の心を落ち着かせ、軍の再編を行う。翼はこの戦で大きな痛手を負った。その被害を回復するのは時間がかかるであろう。戦うのは来年で良い」
そう言って武公は陘庭に駐屯し、軍の再編と治安を命じた。
そして、年が越し、
紀元前709年
春、武公は再編した軍を翼に向け、進軍を開始した。これを受け、翼の哀候は被害が回復しきっていない軍を率いて汾隰の地で対峙した。だが、先の戦で勝ち自信も付いた曲沃軍の強さに被害の爪あとの残る翼軍では相手にならず、翼軍は敗北してしまう。
翼軍が退却する中、哀候の驂(車をひく四頭の馬の内左右の馬のこと、因みに間の馬を服と呼ぶ)が木にぶつかり、夜、翼軍は動けなくなった。この隙を見逃すような武公ではなく、暗い夜の中、夜襲を決行し、翼軍は大混乱に陥りもはや軍としての形は保てなくなった。
それを武公は軍営から見ていたがそこに伝令が走って来た。
「報告致します。我が軍は大勝、翼君と大夫・欒成を捕らえました」
「そうか、よくやってくれた。下がり、捕虜の欒成を連れてくるように伝えよ」
伝令はその言葉を受け、武公から離れた。その後、武公の元にやって来たのは捕虜の欒成を連れた韓万であった。武公はもう一人の捕虜である哀候には会おうとは思わなかった。哀候は祖父と父の悲願の相手であり、許すべき相手ではなくこの後の扱いは死刑のみである。一方、欒成はと言うと、武公は彼の父、欒賓に世話になったという思いからできれば欒成を救いたかった。
そこで武公は欒成に
「もしもそなたが巡視せず、私に仕えてくれるというのであれば私はそなたを天使に会わせ、上卿に任命し、政治を任せたいと思う」
こう持ち掛けた。それに対し、欒成は拒否し、こう言った。
「私が聞いたところ民は三者のおかげで生きることができ、生涯それに仕えるものだと言います。親は私を産み、師は私に教え、君は私に俸禄を与えてくれました。親がいなければ私は産まれず、俸禄がなければ私は生きていけず、教えがなければ私は自分の氏族を知ることもできません。故に人はこの三者には生涯仕え、死をもって報い、臣として国に尽力するのです。これは人の道です。私が自分の利のために人の道を廃し仕えれば、君はどうやって人の道を人々に説くつもりなのですか。君は私を活かすことしか知らず、二心をもつ私が君に仕えるようになった時のことに考えが及んでいません。君に対し二心を持つ者を用いて、何の役に立つのですか。」
この欒成の毅然とした態度を前に武公は何も言うことはできず、韓万に欒成を連れ下がらせた。その後哀候と欒成の処刑が発表され、二人は処刑された。
翼の人々は子・小子を立てた。これを小子候と言う。
「なぜこのまま翼を攻めないのですか」
梁弘が武公に問いかける。
「まだ滅ぼす時ではない」
武公はこう答えた。今回の戦いは素早く事を運ぶことができたがこの後もすんなりと翼を落とすことは難しいと考えた。
(父の時に周王の横槍が入った)
そう考えるとこのまま戦いを続けるとまた余計な横槍があるかもしれない。そのために
(もっと力を付けてからだ)
彼は次なる戦に向けて国力を高めることにした。その点彼は慎重な男である。
(それに・・・)
武公の頭に欒成の姿が浮かんだ。彼は最後の欒成の姿に共感する部分があり、そんな男が守った国を今は攻める気にはならなかった。
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