二十年越しの逆上がり

白ラムネ

短編

「はぁ、これで十五社目も落ちた........」


面接を受けた会社からのメールを受け取り、落ち込む私。

家に居ても暗くなるだけなので外に出て気を紛らすことにした。

この町で生まれ、二十四年間すくすくと育った。

当然、彼氏も居なければ、会社だって決まらない。


「不運だなぁ........」


私はある公園にたどり着いた。

近くで焼き鳥屋さんが屋台をしている。

誰もいなかったので少し立ち寄ってみた。


「いらっしゃい、ご注文は?」

「ねぎま二本ともも一本ください」

「かしこまりました」


店員さんは同い年くらいの好青年。

あ~あ、私もこんな彼氏が居れば、もっと人生エンジョイできたのかな。


「お客さん、元気なさそうだけどどうかしたんですか?」

「聞いてくれますか?」


青年は枝豆と生ビールを出した。


「これ、頼んでない」

「お通しです、全部話しちゃってください」


青年の笑顔に癒されながら、ありがたく頂戴する。

それから私は洗いざらい最近のことを話した。

十五社も落ちてしまったことや大学での不満などたくさん。


「それでさ~、あの教授がうざいったらなくてね~w」

「色々と大変なんですね」


私は少し酔っていたのでお冷をもらう。

いつの間にか焼き鳥もたくさん食べていた。

青年も手を休めながら、水を飲んでいた。

落ち着いてから我に返る。


「ごめんなさい、長時間私情を話しまくっちゃって」

「いいんですよ、自分も暇だったのでいい時間になりました」


イケメンかよ、こいつ!!!

私は少しドキッとしてしまう。

私はお代を出そうとすると、「いいですよ」と言われた。


「さすがに、それは.......」

「面白いお話聞けましたし、それがお代ってことで」


彼の優しさに泣きそうになる。

彼の屈託のない笑顔に癒されて屋台を出る。

酔いが抜けきってなかったので公園で一休みすることにした。

ベンチで座っていると目の前に鉄棒があることに気が付く。


「懐かしいなぁ」


ちょうど二十年前私が保育園に通っていた頃、ここの公園に母親と立ち寄り逆上がりの練習をしていたことを思い出した。

触ってみると少し冷たかった。

季節はちょうど夏が終わり、秋に入ろうとしていたところだ。

私は一度だけ逆上がりをする。

久しぶりにやったが上手くできた。

少し楽しくなる。


「もう一回!」


調子に乗ってもう一度やろうとした時だった。

足が上がりきらず、手が滑る。


ヤバい!!!


私は走馬灯を見た。

二十年前のまだ逆上がりが出来なかった頃の思い出。

他の園児にバカにされて悔しかった私は一人で練習していた。

何度やっても成功しなくて、手も豆が出来て痛かった。

そんな時に突然、後ろに居た男の子が声をかけてきたんだっけ?


「逆上がりの練習してるの?」

「そうだけど.......」

「僕も一緒にやっていい?」

「う、うん」


不思議な子だった。

話を聞くと彼も逆上がりが出来ないらしい。

そして、必死に練習している私を見て一緒にやりたくなったそうだ。

私達は空が夕暮れでオレンジ色に染まるまで練習した。

凄く楽しかったなぁ。

あの男の子って今何してるんだろう。


私の走馬灯が終わり、頭に痛みが走ることを覚悟する。

しかし、いつまで経っても痛みはこなかった。


「あれ?」


私は上を見るとさっきの青年がいた。


「危ないよ、ビックリした........」


青年が私を支えてくれていた。

彼は心配そうに私を見ていた。


「会社だけじゃなく鉄棒からも落ちちゃうなんて、何かに呪われてんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね」


私は青年にお礼をする。

彼は安堵するように大きなため息をつく。


「よかったです、大事が無くて」

「本当にありがとうございます」


彼は一番大きい鉄棒を掴む。

そして私に空中逆上がりを見せてくれた。

私は思わず拍手をする。


「小さい頃、僕ってまったく逆上がりが出来なかったんです」

「そうなんですか、意外です」

「それで出来っこないって諦めかけた時、この公園で逆上がりしている女の子に会ったんですよ」


え?それって........。


「彼女の必死に頑張ってる姿を見て感動したんです」


私の鼓動が速くなる。


「その子に会ったのはその日限りだったんですけど、鉄棒を猛練習して今はある劇団の空中ブランコをやってるんです」

「そ、そうなんですか.........」

「いつかその女の子に会ってお礼が言いたいなって思ってるんですけど、そう簡単には会えませんね」


彼が苦笑いをしながら頭を抱えていた。


「あれ?少し顔が赤くなってますよ、お冷持ってきましょうか?」

「だ、大丈夫です.........」



心臓の音が聞こえそうなくらい大きくなる。

それって私です、とは恥ずかしくて言えなかった。

あの時の彼が目の前にいる。


「その劇団いつやってるんですか?」

「見に来てくれるんですか!?」

「時間があえばですけど.........」


彼は少ししわくちゃになった一枚のチケットを私に渡した。


「いつもはすぐに売り切れちゃうんですけど、来週のは一枚だけ余ったんですよね」


彼はまた笑顔になる。

そういえば、あの時の男の子もこんな表情してたような。


「少しでもお客さんのリフレッシュになると幸いです、就活も応援してます!!!」

「ありがとうございます」


彼は一礼して屋台の方に歩いて行った。


彼に貰ったチケットには劇団の名前が書いてあり、後で調べてみると世界的に有名な劇団の一つらしく二十年ぶりに日本公演が決まったらしい。


私はそのチケットを大切にしながら、今日の奇跡を思い返していた。





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