第12話 彼女の事を調べましょう

 調べると言っても、それは容易な事ではなかった。ネフテリアとの接点が無い以上、周りの人に色々と聞く事はできるが、確実な情報は得られない。今のユエに出来る事と言ったら、ネフテリアと(できるだけ)親しい人に話しかけて、その人から情報を聞き出す事だけだった。


 聞き出した情報はどれも似たようなモノで、「ネフテリアはおそろしい」、「アイツとは、できるだけ関わらない方が良い」と言う情報だけ。それ以外の情報は、ほとんど得られなかった。焦りだけが募る。彼女の事を知りたいのに……集まるのは、彼女に脅える生徒達の声だけだった。


 彼女は右手の備忘録を閉じ、悔しげな顔でベンチの上に座った。ベンチの上は冷たく、座っていると、何だか虚しい気持ちになった。「このまま彼女の情報が集まらなかったからどうしよう?」と。


 彼女の秘密がもし、分からなかったら? 

 多くの人が不幸になってしまうかも知れない。


 ネフテリアの毒牙に掛かって。彼女がエルス王子に好意を抱いているのは有名な話だが、それ故に彼女と関わるのは恐ろしかった。エルス王子と仲良く話すだけで、彼女に睨みつけられる。最悪の場合は、文字通りの標的にされた。


 ネフテリアの嫌がらせはしつこく、相手がエルス王子を諦めるまで絶対に諦めない。文字通りの粘着質。彼女から嫌がらせを受けた所為で、エルス王子を諦めた女子達は、決して少なくなかった。


 ユエは右手の備忘録を握り、自分の足下に目を落としたが、遠くから聞こえて来た足音に「ハッ」とすると、その足音に視線を移して、ベンチの上からスッと立ち上がった。視線の先では、エルス王子が歩いている。何かを考えるような顔で。ユエがその様子を見ている間も……彼女の視線に気づかないのか、学校の庭を黙々と歩きつづけていた。

 

 ユエはその様子をしばらく見ていたが……彼女の中で何かが閃いたのだろう。普段の彼女なら決してやらないが、エルス王子の所に駈け寄って、その王子に「あの!」と話しかけた。彼女の声は意外と大きく、王子を驚かせるには十分な勢いがあった。

 

 王子は、彼女の声に振り返った。


「なに?」


「お話があります」


 ユエは、彼の目を見つめた。


「ちょっとお時間よろしいですか?」


 王子も、彼女の目を見つめ返した。彼女の事はもちろん、知らない。制服の帯で同じ学年であるのは分かるが、それ以外の情報はまったく分からなかった。「灰色の髪が美しい」と言うくらい。彼女に抱いた感情は、「恐怖」よりも「緊張」の方が勝っていた。


「ごめん。ちょっと一人になりたいんだ」


「彼と……ネフテリア様の事で?」


 王子は、その質問に目を見開いた。「どうして、知っているのだろう?」と。彼女とは、初対面の筈なのに。王子の中で、緊張が走った。


「君には、関係ない」


「関係あります!」


 彼女の瞳が震える。


「あなたが彼女を好きなように、私も彼の事が好きなんです!」


 心が動いた、気がする。彼の名前は、ぜんぜん分からないのに。王子には、その名前が本能的に分かってしまった。「彼女もまた、自分と同じ想い人なのである」と。


 王子は心の動揺を抑え、あくまで冷静に、彼女の目を見つめた。


「君の名前は?」


「ユエ・パープルトンと言います」


「ユエさん、か。良い名前だね」


 エルス王子は、お世辞を言わない。だから、素直に嬉しかった。


「ありがとうございます」


 ユエはベンチの前まで戻って、空いている方に左手の掌を向けた。


「座って下さい」


「うん、ありがとう」


 二人は丁度良い間を置いて、ベンチの上に座った。


「オーガンは……」


 数秒の間。


「彼女の親友なんだ」


「そう、なんですか」


「うん。驚くかも知れないけど、僕が彼女と婚約していなければ」


「彼が彼女の婚約者になっていたかも知れない?」


 無言でうなずく王子が切なかった。


「運命の悪戯さ」


「運命の……」


 ユエは、その言葉にイライラした。


「それの所為で、多くの人が苦しめられている。王子もご存じでしょう? 彼女があなたに言い寄る女子達を」


「……それは」


「私は、彼女の事が嫌いです。みんなを苦しめる彼女の事が。だからこそ、今の彼女が許せないんです。『あなた』と言う人を忘れて。アレは、女の子が男の子を見る目です。今はまだ、『恋』は芽生えていないけど。その芽だって、いつ芽生えるか分からない。私は、それが悔しいんです。自分の召使いにも、格好いい男の子を選んで。彼女には、『恋』に対する誠実さが無いんです!」


 そうまくし立てた彼女は、微かに涙ぐんでいた。


「私だって、彼に愛されたいのに……」


 王子は彼女の隣に近寄り、その背中を優しく摩った。


「君の気持ちは、痛い程分かる」


 二人は、午後の風にしばらく佇んだ。


「エルス王子」


「ん?」


「私、このままじゃ嫌です。彼が彼女に盗られるのは」


 無言ではあったが、王子も内心でうなずいていた。


「でも……」


「王子!」


 ユエは、王子の目を見つめた。


「協力しませんか? 私達」


「え?」と、驚く王子。「協力?」


「はい。二人で協力して、それぞれの想いを叶えるんです。あなたは彼女を独り占めし、私は彼の心を射止める。その為には!」


 ユエは、ベンチの上から勢いよく立ち上がった。


「彼女の秘密を調べましょう」


「ネフテリアの秘密?」


「はい、彼女の秘密を。彼女には、私達の知らない秘密を持っています。昨日のアレを見ても分かるように。彼女は、誰も知れない彼の秘密を知っていました。『彼が心臓病である』と、普通なら絶対に知らない筈なのに」


 王子は彼女の疑問に反論しようとしたが、最後は「分かった、協力する」とうなずいた。

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