第5話 逆行までのプロローグ
土曜日のパーティーは、夜の七時頃にはじまる。パーティーの会場には、多くの生徒達が集まって、懇意の相手とダンスを楽しんだり、あるいは気心の知れた相手と楽しくお喋りしたりした。
エルス王子と連れ立って会場の中に入ったネフテリアも……最初は周りの生徒達に快く挨拶していたが、王子が男子達の所に移動すると、それを見計らったように「クスッ」と笑って、周りの生徒達に王子との仲を自慢しはじめた。「私は、あのエルス王子と付き合っている」と。少しも遠慮する事無く、その事を自慢げに話しつづけた。
周りの生徒達は(特に女子生徒達は)、表面上では「すごい!」と褒め称えつつも、内心では「どうして、コイツばっかり」と悔しがっていた。エルス王子は、みんなの共有物なのに。それを独り占めする彼女の事は……少女達の表情を見ても分かるように、あまり良く思っていなかった。
素晴らしいモノは、より多くの人と共有すべきだ。
恋に臆病な乙女達は、口には出していなかったものの、それを共通のルールにしていた。そのルールを守る限り、今の自分が置かれている地位と、学園での人間関係を維持する事ができる。
学園での人間関係は、自分のステータスであると同時に、その立場を保障するお守りでもあった。そのお守りがあるからこそ、自分達は平和な学園生活を送る事ができる。それなのに! 彼女は平気で、そのルールを破った。誰もが憧れる王子を独り占めして。その罪は、文字通りの万死に値する。
だが……。彼女の家は、国でも有数の大貴族だった。大貴族の家に逆らえば、自分の家が潰されてしまうかも知れない。少女達は彼女の振る舞いに怒りを覚えながらも、その独裁には誰一人として逆らう事ができなかった。
ネフテリアは満足げに微笑むと、自分の周りを見渡して、王子が何処にいるのかを探した。
王子は、周りの男子達を仲良く話していた。
彼女は彼の所に歩み寄ろうとしたが、会場の扉からある声(「王子!」と叫ぶ声だ)が聞こえた瞬間、「ハッ」と驚いた顔で、声のした方に視線を移した。
視線の先には、まさか! 信じられない。あれほど来るなと言ったのに。フィリアが扉の前に立っていた。
フィリアは王子の姿を見つけると、我を忘れたように走り出して、彼の身体にサッと抱きついた。
「フィリアさん」と、王子が戸惑う。「どうした」
の? の言葉は要らなかった。ユエの話を聞いてしまった以上、彼にはフェリア気持ちが痛い程分かった。「フィリアさん」の声が優しい。「君も、彼女に苦しめられたいんだね?」
「はい」と、フィリアはうなずいた。「そ、そうです。私も」
周りの生徒達は、彼女の言葉に唖然とした。彼女とエルス王子の会話(あの二人は、そう言う関係だったのか!)はもちろん、ネフテリアがその二人を睨みつけていた事にも。
彼等は互いの顔を見合ったが、ネフテリアが「王子!」と叫ぶと、不安な顔で彼女の方に視線を戻した。
ネフテリアは、二人の前に歩み寄った。
「これは一体、どう言う事ですか! それに」
の声は、フィリアを震えさせた。
「どうして、貴女が? 『パーティーには、来るな』って言ったのに!」
「それは……」
フィリアは王子の顔を見、それからまた、彼女の顔に視線を戻した。
「やっぱり、無理だからです。王子の事を諦めるのが」
「くっ、なっ!」
「ネフテリア様!」
フェリアは真っ直ぐな目で、彼女の目を睨みかえした。
「私は、王子の事が好きです」
会場の中がどよめいた。特に「好き」の言葉を聞いた女子達は、互いの顔を見合ったり、王子に向かって「私も王子の事が好きです!」と叫んだりした。
王子は彼等の声に驚いたが、視線の方は彼女から逸らさなかった。
「ネフテリア」
「はい?」
「君の事だから……たぶん、もう分かっているかも知れないけど」
緊張の一言が発せられる。
「僕も、彼女の事が好きだ」
「なっ!」の言葉が、言葉にならない。「くっ!」
ネフテリアは、取り乱した心を何とか落ち着かせた。
「ご冗談ですわよね?」
「いや。僕は、本気だよ。僕は本気で、彼女の事を愛している」
絶望の一言を聞いた瞬間だった。
「そんな」
「ネフテリア」
ごめん、と、王子は謝った。
「君とは、結婚できない。この先、恋人になる事も」
「待って下さい!」
必死の抵抗が痛々しかった。
「王子は、それで良いのですか? そんな女と結婚して。王子は、イヴァン公国の第二王子なんですよ?」
「ネフテリア!」と、王子の方も必死だった。「自分のフィアンセは、自分で見つける。君とは昔、結婚の約束をしたけど」
「王子……」
「その約束は、なしだ」
婚約破棄、そんな言葉が頭を過ぎった。
「そんな」
「ネフテリア」
王子は、彼女に頭を下げた。
「今までありがとう」
を聞いて、ネフテリアの身体が震えた。
「許さない」
「え?」
「許さない!」
ネフテリアは恋敵の女に飛び掛かろうとしたが、運が悪かったのだろう。彼女の身体に飛び掛かろうとした瞬間、王子が腰から抜いた剣に胸を貫かれてしまった。
「なっ、ぐっ、なっ」
床の上に倒れるネフテリア。その胸からは、真っ赤な血が流れていた。その光景に総毛立つ生徒達。彼等は(特に取り巻きの少女達)はオロオロしながら、お互いの顔を見合ったり、その身体をブルブルと震わせたりした。
王子は慌てて、彼女の身体を抱き抱えた。
「おい、しっかり! おい」の声に反応はするが、ネフテリアは既に朦朧としていた。いつ死んでもおかしくないくらいに。その手からも……限界が来たのか、力が抜けてしまった。
ネフテリア王子の顔を見ると、悔しげな顔で彼の顔を睨み、そして……。
天国に旅立つと思ったが、天は「それ」を許さなかった。
朝の日差しを受けて、ベッドの上から身体を起す。
ネフテリアは自分の胸に触れて、そこが何ともなっていない事に驚いた。
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