第12話
拳と平手は同時だった。
拳は保志氏が、平手は佐々未亡人が。
「何もかも悪いよ。あんたの美意識で父親殺されたこっちの立場はどーなる。帰る場所がなくなった俺はどーなる」
「私達はお友達でした。とてもいいお友達でした。でもお互い元のパートナーを忘れられない者同士だった。寂しいだけの人生に光をくれた人を、あなたは、あなたはッ」
「誰か警察呼んでください。全部終わったので」
はっとした誰かが警察に電話をする。と言うか一一〇番をする。本来ならば執事の役目だろうに、彼はそれを放り出した。主人を殺す執事か。執事も感情があるからには美意識もあろう。それにそぐわなくったって殺す理由にはならないけれど。
「じゃ、帰るか百合。とその前に、保志さん」
「んー?」
電子タバコをまた嗅いでいる彼に、一応俺は確認する。
「須田誠司の息子だったんですか?」
「そ。だから名簿には筆頭に書いてたろ。実子よ俺。元々須田がペンネームみたいなもんだったんだ。星。保志。star。須田、ってね。奇抜で面白い親父だったから、君らにも是非会って欲しかったな。っと、外階段はバリアフリーじゃないけど下りられる?」
「百合を背負って一度下まで行ったら戻って車椅子運ぶ予定です」
「めんどくさいね。人の力は借りても良いんだよ。椅子は俺が運ぶからさ」
百合を負ぶい、ドアを開ける。バラの芳香がどこからか漂っていた。だけどもう眠っていた百合にそれは解らない。ちょっとだけ重い身体を階段下まで運ぶと、保志氏が車椅子を用意して持っていてくれる。
「そう言えばこの子、親父の前では立ってたけど。心身症?」
「まあ、そんな所です」
それじゃ、と頭を下げて俺は駅への道を戻った。
「また遊びに来てねー」
保志氏の言葉に二度と行かねーよと思いながら、俺は百合の車椅子を押す。
いっそ電動車椅子にでもすれば行かない理由が出来て良いかもしれない。でもあの人すぐにスロープ作っちゃいそうだしなあ。面倒な大人とかかわってしまったと、俺は溜息を吐いた。
この城は欲しいかもしれないけれど――なんてったってエレベーター付きだ、これは美味しい――あのおっさんは要らないなあ。始末するかとポケットに念のため入れていたナイフをぺんぺん叩くと、百合のすぅすぅ眠る音が聞こえた。
しまった。駅まで送って貰えばよかった。なんて思っていると、車が一台俺達の前に止まる。
「送ってくよ。でかいから車椅子ごと入れられるからね」
保志氏は言って、スライドドアを開けた。
確かに何も積んでなくて、これなら百合も入れるな、と思わされた。
しかし。
「どっから出したんです、この車」
「晴海から鍵を奪って」
てへっと笑うこのおっさんには、本当二度と会いたくない。
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