第9話

 天空城の事件は斎の河原の二か月後に起こった。その間に二度ほど悪趣味なゲームに参加させられたりしたが、どれも百合をてこずらせるには至らなかった。金持ちたちの噂の周りの速さで御園生百合と言う探偵をどう困らせるかがブームになっていたらしいのだ。迷惑なものだと思う。一高校生をあちこち呼び出して、バリアフリーでない場所もあったので本当に面倒くさかった。天空城はその中でも一等に階段が多く、中身は豪華だがここにだけは住まないだろうな、と俺に思わせた。百合が歩けるようになったら考えても良いが、それは俺の望むところではなかった。百合はずっとあの細すぎる脚を使って、歩けても続けては二・三歩のままで良い。骨に皮が薄く張っているような足は、きっとそのまま歩けなくなる。それは百合が俺から逃げられなくなることと同意で、夢みたいな夢だった。十八歳になったら結婚して、またあの身体を貪れる。それまでは我慢だ。四年間の、我慢。百合が早生まれであることが煩わしいぐらいだが、どうせ卒業までは待たなきゃいけないんだから仕方ないだろう。閑話休題。

 天空城は隣県の名物の一つだった。湖畔に建てられた洋風の城で、おとぎ話にでも出て来そうな尖塔のあるシルエットは『近所のシンデレラ城』と呼ばれるほどだった。主は変わり者の建築家で、建築家だけに、手入れを怠ることもなく城はいつまでも美しいらしい。時間が経って出て来る黒ずみや汚れもなく、ひび割れもない。庭の一角にはバラ園があるが、その蔦も城には届ないようにしている。おまけに尖塔の中には外国から取り寄せた糸車まであるそうで、そうなってくるといばら姫の城じゃないかと突っ込みたくもなるが、アニメ映画を見ない俺達には城は城でしかなかった。ある意味悪趣味なメルヘンの城。

 そこからの招待状が届いたのは三月も終わろうと言うところで、俺達は同じ高校の普通科に揃って合格したころだった。胡乱な春休みを満喫していた頃、当家のパーティーにお越しください、との事だ。招待者は須田誠司すた・せいじ。例の城を建てた張本人。丁度タブレットに向かってネットサーフしていた百合に訊いてみると、落成二十周年とのことで内輪のパーティを催すようだ、とのこと。行くか? と招待状を見せると、こくんと頷かれる。学校すら否やの奴が珍しいと思ったが、女の子だしお城は憧れるよなと適当に納得しておいた。

「おや、お着きでしたか。連絡を頂ければ駅まで使いを寄越しましたのに」

 無表情な読めない感じの執事さんに言われ、バリアフリーのなっていない玄関のドアをまずは一人で開けると、それから執事さんが出て来て、百合を抱きかかえた。必然俺は車椅子を運ぶことになって、確かに自分の腕は貧弱かもしれないけれど、お姫様抱っこも出来ないけれど、嫉妬した。負ぶうなら結構軽々できるが、それでは百合を下ろすのが難しいのだ。ボーっとしている時の百合は車椅子さえロックを掛けない。すると滑って百合を落としてしまう。それはいけないので大人がいるのはやっぱり助かる。悔しながら。

 玄関ホールでは少数の人間がドレスアップして談笑していた。俺達は学生なので学生服とセーラー服姿なのだが、それがよくもまあ空間に似合わない事と言ったらない。談笑していた連中が途端にそれを止め、百合の事をじろじろ見て来るのが不愉快だった。検分している。そんな権利があるわけでもなしに。あれが、とか、噂の、とか、漏れ聞こえる声は不愉快だったが執事さんが奥の間へ通じるドアに向かった時、ふと違和感に気付いた。ホールが広すぎる。階段も狭い、と思ったところでドアが開く。自動式のそれはエレベーターだった。

 そして。

 須田誠司は、月球儀を手にそこで死んでいた。

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