第18話 Beyond the time limit(次元を超えて)

ニャンに案内されながら、遺跡の奥へと入り込んで行った。奥へ進むに連れてなんだか寒くなってきた。このカンボジアの季候で寒くなってくるのである。その寒さは、水の中で体が冷えてくる感じに似ていた。風邪をひく前の悪寒とは、全く別物であった。なんだか心臓から冷え切っていくような感じを受けた。


僕「なんだか、この遺跡の奥へ奥へと行くにつれて、体へ寒さが増してくような感じがします。これって何でしょうかね。」


山田「俺もこの遺跡の奥へ行くにつれて酒井さんと同じく、この南国の暑さから真逆の寒さを感じちゃうんですよ。」


ニャン「僕もですね。こんな体験をするのは、初めてなのですけどね。どうしたのでしょうかね。」


僕は、三人が三人ともに違う次元の世界へ導かれたような印象を受けた。これって呼ばれているような感じを受けた。おそらく三人が三人みなおなじ感覚だった。カンボジアの土地柄、血のにじんだ土地から何かを感じ取っていたのだろうかと思った。


三人が同じ方向を向いた瞬間、遺跡の通路の暗闇から、なんだか白い靄のような塊が四方から集まり何かの形になろうとしていた。その瞬間、僕は、「ぞっと」としたインスピレーションを受けたので、山田とニャンへ「逃げろ」と叫んだ。


僕は僕の気を集中し、その塊が近づいてこないように結界をはった。僕たちに近づいてきた塊はその結界をさっと避け、どこかへと行ってしまった。この気配はさすがに山田とニャンも感じ取っていたようだった。


山田「酒井さん、今のは?何なんですか。」


ニャン「今の何なんですか。酒井さん。」


僕「よくわからないけど、あの塊は僕たちを別の次元の世界へと連れて行こうとしていたようなインスピレーションを受けたよ。」


山田「そうなんですね。よかったですよ。酒井さんがいらっしゃって。」


ニャン「山田君の言う通りですね。僕と山田君だけだったら、ちょっとまずいことになっていたかもしれませんね。」


僕「あの白い靄の塊は、悲しさと憎しみが重なり合ったものでしたよ。僕たちに助けを求めて来たのか、何かを伝えたかったのかってところでしょうかね。」


僕たちは、導かれるように、更にその場所から奥へ進んでいった。ひんやりとした空気が僕たちの体を包んできた。普通考えたら、先ほどのようなことがあったのならば、すぐに引き返すって思いになるだろうが、僕と山田とニャンは、そのような感情にはならなかった。そのまま遺跡の奥へ奥へ導かれるように進んでいった。


僕は、ふと思った。この感覚って、昨年訪れたハノイの最終日の食事の時に感じたレストランの感覚とすごく似ていた。


磁場がゆがんできて、その隙間から邪悪な輩ができてきている感じなのだろうか。確かにこのような遺跡では、その土地の磁場が何かのきっかけで、現在と過去を結ぶ時空が乱れてくる可能性はあった。


僕は、先ほどの靄の塊の光景へ意識を集中させた。


そうしたところ、見えてきたものがあった。この遺跡に足を踏み入れる前に僕の意識に入ってきた男女の意識の塊のように感じたが、更に意識を集中させるとその後ろについているものが彼らの意識を使い、僕たちに時空を超えさせようとしているインスピレーションが感じ取れた。


僕は、山田とニャンへ休憩を取りたい旨を伝えた。横たわっていた遺跡の石柱に腰を掛けた。周りの景色は閑散なもので、こんな感じのところならば、何か出てきてもおかしくないと思った。おそらく、僕だけではなく山田とニャンの二人も同様に感じていた。


山田「酒井さん、この景色ってなんだか落ち着くっていうか、次元を超えて何かが出てきそうなインスピレーションを持ちますね。」


ニャン「僕もそう感じますよ。」


僕「実は、もう、この空間自体が先ほどまでいた現在の空間ではないかもしれないね。」


山田「酒井さん、怖いこと言わないでくださいよ。それでなくても先ほどのことがあったばかりなんですから。」


ニャン「周りを見渡すと観光客は誰一人としていないことに気づきませんか。」


僕「そうなんだよね。僕が、休憩を取りたいって言ったのは、周囲の様子を少し伺いたいってことだったんですよね。」


山田「そうなんですね。」


ニャン「そうですか。」


三人が三人、周囲の様子を体で感じ取っていると、急に僕の意識だけが、遠ざかっていった。


僕の意識の中で気が付くと、そこには少し前に僕の意識の中で思いを伝えてきた男女の時代のような印象を受けた。僕は意識の中で、周囲を歩いていると、先ほどの男女が僕に映像を見せ始めた。


その景色とは、カンボジアのポルポト時代の景色と僕は認識した。今回は、川の中を歩いている景色だった。川の中から見える景色は、土色の川の水。幅は、おそらく10メートルぐらいあるであろう川であった。


両岸からは葦の葉が生い茂り、川の水はところどころしか見えない茂み状態であった。あたりに耳を澄ますと、銃声の音があちらこちらから聞こえてくる。おそらく、銃撃戦の中を川に沿って逃げている様子であった。


二人は息を殺し川に沿って逃げていた。二人のそばの岸辺には、子供を抱えた女が身を潜めていた。ポルポトの戦士に気が付かれないようにしていたのだった。子供は、息をしていない様子だった。


というのもこの緊張した状態で子供が泣かないことなどないからだ。女も子供が死んでいることには、気付いていた様子だった。でも、自分の子どもの亡骸をそのままにしていくことはできないと僕へインスピレーションを送ってきた。


僕は何も返す言葉がなかった。女は必死にその子供の亡骸を抱きかかえていた。ついにその女は、兵士に気が付かれてしまった。子供の亡骸を腕から取り上げられ、兵士は子供の亡骸を道へ叩き落した。母親の女は泣き叫んでした。


クメール語だから何を言っていたかわからないが、おそらく子供の名前を叫んでいた様子に見受けられた。その兵士は、女を引きずり連れ去っていった。その光景を川の中にいた夫婦は見ていた。女の目からは涙が零れ落ちていた。夫は、妻の肩を抱き寄せ二人でしっかりと手を握りしめていた。こんな残酷なことを人としてできるのかと僕は感じた。


この景色から、すぐにまた別の景色が眼に浮かんできた。その景色は、どこかの田園風景だった。田んぼの中に一軒家が立っていた。その家から、子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。子供は家から走り出来てきた。その後ろを若い兵士が追いかけていた。子供の足では若い兵士にはすぐに追いつかれた。


追い着かれた子供は兵士に抱きかかえられて家の中に戻されていった。家の中からは子供泣き叫ぶ声が漏れてきた。僕がその家の中へ意識を集中した。その子の兄弟姉妹、両親、祖母は鉈か何かでめった刺しにされた光景が目に入ってきた。


子供は小学校5年ぐらいの男の子だった。その男の子に兵士は、惨殺された家族の死体の前で、淫乱な行為をしていたのだった。目を覆いたくなるような光景だった。


僕の意識が、また、別の場所へ移った。そこは田舎の田園風景が見える丘の上であった。

そこで僕が目の当たりした光景もまた、切ないものだった。おそらく中学生ぐらいの年齢の男の子と、6歳ぐらいの双子の女の子が見えてきた。三人は途方に暮れてただ歩いているだけのようだった。


中学生ぐらいのお兄ちゃんは、ぼろぼろの茶色くくすんだTシャツに短パン姿。二人の女の子は、薄汚れたワンピースを着ていた。靴は履いていかった。その様子から僕は、彼らがどこからか逃げてきたようなインスピレーションを受けた。


僕はその中学生ぐらいの男の子に意識を集中してみた。そうしたところ、彼がここ数日で体験した光景が僕の意識の中で映像化され僕の意識の中へ入ってきた。その様子は、市場に母親と中学生の男の子と双子の女の子で朝の買いものをしていた。その時、数台のジープが乗り付け、市場にいた人たちを機関銃のようなもので撃ち殺し始めた。


その中、彼らの母親も撃ち殺されてしまったようだ。最後の母親からの言葉が男の子に告げられた内容は、逃げて逃げて逃げ切って妹たちを守ってほしいというものだった。


母親は、最後の言葉を言い残すと、中学生の男の子の目の前で、息を引き取った。三人は泣く間もなく、ジャングルの雑木林の中を裸足で走り続けたという。


次に僕の意識にアプローチをしてきたのは、ポルポトの若い兵士の意識だった。彼からのインスピレーションは、彼自身が今まで殺めた命への懺悔の気持ちであった。


彼自身、出身は、カンボジアとベトナムの国境近くの山間部の出身だといった。実家のある田舎では、農業で生計を立てていたという。


ところが、ある時、村にポルポト派の兵士のグループが押し寄せてきた。もちろん、食料を略奪のためだ。日中だったため、村には女子供、老人しか残っていなかった。あっという間に村は全滅させられ、あちらこちらで火の手があがり、人々は逃げまどっていた。夕方になり、男たちは村へ戻ってきたときは、あたりは焼け野原と変わり果てた村の景色だったとい伝えていた。


若い兵士はその景色を見て、力が抜けその場に座り込んだという。どれくらいの時間が経ったかわからないが、ふと、意識が戻り家族を探し始めたという。彼の自宅があった場所も、もちろん焼かれていた。その焼け跡から、妻、と思われる焼死体の腕の中に、子供が抱え込まれ守るように二人焼け死んでいた。どんなにか熱かっただろうかと兵士は思い、心臓が張り裂けそうな気持になったという。


脱力感へ襲われていたところにポルポト派の兵士に拉致され、彼もポルポト派の兵士に自分の意志とは関係なく、兵士にさせられたという。


彼は、本当は人や命あるものを殺したくはなかったと伝えてきた。だんだんと現状に麻痺していき、殺す相手が命ある人とは思えなくなり、ただの無機質な物体を破壊している気持ちになっていたという。


確かにそれはあるかもしれない。よく言われるのが、人を一人殺すと犯罪者だが、何百、何千という人々を殺すと英雄になるといわれることがある。


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