ヤドグラシ
三石 警太
ヤドグラシ
これは、ある二人の物語である。
尚、その二人の青年のうち、一人は行方不明になっている。
証言をもとに、この物語を執筆する。
*
プルルルル
呼び出しのコール音が延々と鳴り続けている。
しかし、相手は一向に出ない。
「なんだよ、今日夜飯食べる約束してたじゃんか」
ディスプレイには正俊と表示されている。その横には19:00の文字。
ぴー、という発信音の後に、留守番電話につながる。
「あー、もしもし健一だけど、今どこ?俺今家だからさ、早く来いよな、じゃ」
と、伝言を残し通話を切る。
正俊は、中学で知り合った友達で、高2になった今でも交友関係が続いている。
たまたま家が近かったこともあり、よく外出などもしている。
今日もファミレスで夜ご飯を食べる約束をしていた。
しかし、約束の19:00を回っても来る気配はない。
まあ、あいつもそこまで時間を守るやつじゃないよな。
と、そこまで気にしてはいなかったが。
何回も遅刻をしているやつだった。
髪を直してた、だの妹の世話をしていた、だの何かと理由をつけて遅刻をすることが時々あった。
今日もそれだろうと思っていた。
毎回、互いの家に呼びに行く暗黙の了解があり、今日は正俊がうちに来る番だった。
「それにしても、今日はなんの理由で言い訳するのかなー」
妹か?
髪か?
それとも、親かな?
と、いくつも案を出していたら、電話がかかってきた。
非通知。
誰だ?
訝しげにディスプレイを見ながら電話に出た。
「…もしもし?」
「あー、健一?ごめんごめん遅れちゃって。ケータイが壊れちゃってさ、直してたら時間かかっちゃったんだ。もう少しで着くからさ」
「ああ、そうなん?わかった、待ってるよ」
「いや、もう着くからさ、家の前で待っててよ」
「え…?あ、うん」
あいつらしくないな、と思いつつ正俊の言うことに従った。
家の前で待機していると、1分もかからず正俊がやってきた。
「ごめんな、ほら替えたんだよ」
と、高々とケータイを掲げる。
そのケータイは見たことのない機種で、きっと最新の種類なのだろうなと思った。
正俊の家は、割と金持ちで、たくさんのものを持っていた。
靴もよく買い換えるし、財布もパンパンだった。
そもそも、この地区に住んでいる人達は、基本的に裕福な暮らしをしている。
しかし、今日の正俊は、なんというか、覇気を感じられなかった。
服装も、無地のパンツに無地のシャツ。
装飾品は一切無し。
いつも着ていたたかそうなシャツや、ネックレスはどうしたのだろうか。
「なー、健一。今日は何するんだっけ?」
「え、夜飯だろ?正俊が誘ったんじゃん」
キョトンとした顔が急にスイッチが入ったかのようにパッと明るくなった。
「そうだそうだ夜ご飯だね!でもさ、まだあんまりお腹減ってなくない?」
言われてみれば、まだ19:00過ぎ、あまり腹も減っていない。
「そうだな」
と、同調する。
「だったらさ、いいアイデアがあるんだけど!」
キラキラした顔で、正俊が言う。
「肝試しに行かない?」
ウキウキとした声とは裏腹にその肝試しというワードが浮き上がる。
そのギャップの大きさに、一瞬思考が止まる。
「え?肝試し?あの、廃墟とか回る?」
「そう!お腹も減るでしょ!緊張感で!」
普通は、体を動かそうとか、ブラブラしようとかを言うところ、正俊は肝試しによる緊張感で腹を空かそうとしている。
別に肝試しは嫌いじゃないし、この夏、一つも夏らしいことをしていなかったこともあり、そのアイデアに乗っかることにした。
「どこか、行く当てはあるの?」
「それがな、健一。穴場を見つけたんだよ、誰もいない、廃墟。ちょっと遠いんだけどな、行くか?」
肝試しの場所に穴場などあるのだろうか?と疑問を抱きつつ、半ば強制的に連れられ、その穴場の廃墟とやらに向かうことになった。
「ちょっと切符買ってくるから待ってて」
と正俊に言うと、駅構内に入り、「ここで待ってるよ」と背伸びしながら、少し大きい声で叫んでいた。
「あ、やっべ。ケータイ忘れた」
財布を出す際、ケータイを忘れたことに気づいたが、特段気にはしなかった。
切符を買い、駅構内に入ると正俊は壁に背を預けながらニコニコとこちらを見てきた。
不気味なやつ。
と毒づきながら列車に乗り込む。
列車の中は、割と空いており、座席に座ることができた。
「なー、正俊。こっからどれくらいなの?」
「うーんと、そうだなぁ。30分ってところかな」
「じゃ、俺寝てるから、着いたら起こして」
と、告げ、健一は眠り始めた。
「…い。…い。…いち。…んいち。…いたぞ」
ふわふわとした声が、辛うじて耳に届く。
「おい、健一、着いたってば」
「え、ああ、着いたか」
周りは人一人いなく、静まり返っていた。
駅名は錆びれて読めず、改札にも電気が通っていなかった。
「雰囲気すごいな」
と健一が言うと、曖昧に返し正俊は一心不乱に歩き始めた。
スタスタと歩く正俊についていくのがやっとで、急に止まった時はぶつかりそうになってしまった。
「え?ここ?」
健一が素っ頓狂な声を出す。
そこには、比較的新しい建物が建っていた。壁には、一面ツタが絡まり、錆びれていたが、俗に言う廃墟とは似ても似つかぬ風貌だった。
しかし、周りは邪悪な雰囲気に包まれ、頭上にはカラスが不気味に鳴いていた。
「そう、ここが穴場。さっ行こう」
正俊は、早く行きたいというような調子でうずうずしていた。
中に入ると、真っ暗で何も見えない。
ケータイを忘れたのが今になって悔やまれる。
ビクビクしながら奥へと向かう。
その家の匂いは無臭で、特に臭いというものもなかったが、なぜか、間取りに見覚えがある。
「な、なあ。ここ、前も来なかったか?」
「え?何言ってんだよ、ケンイチ。来たことナんてないヨ」
正俊はにたにたと薄気味悪く笑う。
「なんか、正俊口調変じゃない?」
そう言った時だった。
てんてんててんててん
と、聞き覚えのある着信音が鳴り響き、ひっ、という変な音を出してしまった。
その着信音は、健一のケータイの設定音だった。
ケータイは、家に忘れたはず…。
しばらくすると、その音が鳴り止み、伝言が再生され始めた。
『正俊さんから、伝言メッセージが届いております』
正俊…?
ケータイは壊れたんじゃ…?
『もしもし健一?ごめんな電話出れなくて。妹が吐いちまってよ、親もいねーから俺が看病してんだ。だからさ、今日の飯の約束、ごめん!行けねーわ』
この口調、正俊だ。
『この埋め合わせは、今度するからよ。じゃあな』
伝言が終わり、あたりが静まる。
もう一度冷静になり、あたりを見回す。
あの部屋、ダイニングだ。あのテレビは買ったばかりの4Kのテレビ。
あそこはキッチン。母さんがいつも料理を作ってくれていて、ああ、あそこに母さんが付けた傷がある。
少し黒ずんだ傷。
あそこは、風呂場。
あそこは、俺の部屋。
この玄関、この素材、靴の種類。
間違いない。
この廃墟は。
俺の家だ。
隣にいる正俊"だと思っていたもの"はなおもニタニタと笑い続ける。
「じゃあ、お前は、誰だ」
ヤドグラシ 三石 警太 @3214keita
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