トンネル

 トンネルの冷たい壁には堕ちた色であざやかな 落書きがされている。シンナーのあちら側の匂いが充満している。

 未確定な暗闇の中で死にかけた蛍光灯はそれらを時折りシャッターの光のように照らしてくれるが不確定な点滅の後、再び薄暗くなる。

 僕は冷えた手をコートのポケットに突っ込んで落書きを見ていた。その「落書き」には、所々スプレー特有のムラがある。ぴちょん、と天井の割れ目から染み出した雫が背後に落ちた。そのムラは緑や黒、オレンジ(意外と明るい色が多い)の波に、必ず点々としていて、独特の気持ち悪さ が浮かび上がっている。もしカラフルな腸があっ たら、こういうものなのかもしれない、と僕は思った。生命のうねりと言ってよい。

 死ねない苦しみに痙攣している蛍光灯が点滅を する度に、その落書きは生きているかのような反 射をもって応えるのだった。てらてらしく光を浴 び、鋭角的な闇が出て行と、もう別の反射が生まれている。 なるほどそうか、僕は気付いた。このトンネル は僕を排泄しようとしているんだ。僕はしわだら けのコートを見やる。そういうことか。このトン ネルは、落書きは、僕を何ら必要としていない。 それは僕にも言える。僕はくそ。僕のくそ。

 あの老いぼれた蛍光灯がとうとう死んだ。そしてそれは僕の罪悪に最も背くことだった。微かに香るシンナーを胸いっぱいに吸いながら、僕は排泄された。

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